新鮮組 ~妖を喰らう者~

ネギ侍

第1話

廃刀令が発布され、一般人の帯刀は禁じられていた。


しかし、どんな規則にも例外というものは存在している。

その例外というのが「新鮮組」と呼ばれる組織である。


彼らだけは一般人でありながら帯刀を許されていた。いや、一般人と表現するのは少し違うかもしれない。

彼らは消して一般人と呼ばれる庶民とは、かけ離れた存在である。

それに、そもそも彼らの持つ刀は、刀であって刀ではないのだから。


新鮮組の持つ得物は刀ではなく包丁だ。

そして新鮮組の任務とは妖怪退治。

包丁で妖怪を捌き、それを喰らうのが新鮮組の任務である。




日が沈み、江戸の街に闇が訪れる。妖たちが活動を始める時間だ。

江戸の街は昼間とは打って変わり、大通りすら、がらんどうである。


しかし、人気が全く無いと思われた大通りにも、足音が二つばかし響いている。

その足音に目を向ければ、浅葱色の羽織を着て、腰に刀を携えた男が二人ばかりいた。


新鮮組隊士の沖田総一朗と坂本兵馬である。


新鮮組隊士の沖田総一朗は「兵馬、感じるか?」と、仲間の坂本兵馬に声を潜めて言った。眼の前には、しだれ柳が立ち並び、音を立て風に揺れ、不気味な空気が漂っていた。


「あぁ、近くにいるな。気をつけろ」と、坂本兵馬が答えた。

彼の目は鋭く細まり、手にした刀、正確には刀ほどの丈のある包丁を強く握りしめた。


二人が足音を立てないように慎重に歩みを進める。

ついに妖の姿を捉えた。

まるで真っ白な布のような、二人の背丈はありそうな程に巨大な何かが、ひらりひらりと不気味に宙を舞っていた。


「一反木綿か」


沖田総一朗は妖の招待をすぐに見破った。


幽霊のようなその妖は、煙のように闇夜を漂っていた。


「兵馬、準備はいいか?」と、沖田総一朗が低く問う。


「いつでも行けるぜ」と、坂本兵馬が不敵に笑う。彼の手には既に抜き身の包丁が握られていた。


二人が目配せをすると、一斉に二人は駆け出した。


「俺が先に行く。後ろから援護をしてくれ!」

叫ぶと同時に、沖田総一朗は包丁を抜いた。彼の動きは雷のように疾く、一反木綿との距離を一気に詰めた。


「了解だ!」

坂本兵馬も包丁を構え、一反木綿との距離を詰める。


沖田総一朗は素早い動きで一反木綿との距離を更につめ、その煙のような姿に包丁を突き立てた。

しかし、一反木綿はひらりとその刃を躱し、煙のように宙を漂っている。


「クソ!ひらりひらりと躱しやがって!」

沖田総一朗は思わず叫ぶ。


ただ闇雲に包丁を振っていては勝てないと判断した坂本兵馬が一反木綿の端を足で踏ん付け、包丁を持っていない左手で掴み、その動きを拘束した。


「沖田!今のうちだ!」

「言われなくたって!」


そう叫んだ瞬間、沖田総一朗の包丁は下段から冗談にかけてを一閃し、一反木綿の上半身を両断した。


すると、絶命したのか、一反木綿は風になびくのを辞め、地面にヘタリと落下した。


妖を倒し、動きを封じて居たのもあり、一気に疲れが出たのか、坂本兵馬は地面へとへたり込んだ。


「何へばってんだ?ここからが本番だろ」と、沖田総一朗は言った。そうだ。妖は首を断ち切ろうとも死ぬことは無い。一晩もすれば体は再生して動き出すだろう。


ではどうするか。


食べて消化すればよいのだ。


そういったわけで、二人は一反木綿の亡骸を調理場へと運び込み、調理をすることにした。


「今回は無難に茹でて醤油でいただくとするか」

沖田総一朗は一反木綿の亡骸から、まず皮を剥ぐことにした。


歪な形に両断されてしまった一反木綿は、先に五枚おろしにしてから皮を剥ぐのがやりやすい一般的な調理方法だとされているのは周知の事実だと思うが、沖田は極度の面倒くさがり屋であると同時に包丁の達人だ。

歪な形に切り刻まれていようとも、そのまま皮を剥ぐ。なぜなら、その方が早いから。

巧みな包丁さばきで一反木綿の真っ白な皮は剥がされ、中身の赤色の肉が姿を見せる。適度にさしの入った上等な肉だ。

これが妖であると聞かされなければ誰しもがよだれを垂らすだろう。


お次は、骨から身を外し、五枚おろしにしていく。

捌き方の基本はデカいヒラメやカレイを捌くのと、そう大差は無い。

鱗を取る必要がない分、行く分かコチラの方が楽かもしれない。

肉に包丁の刃が入り、4つの切り身が出来た。

倒したときに傷をつけてしまったので、少し不格好なところはあるが……。


骨だって捨てるところはない。水から炊いて、出汁を取るのだ。

あんなにひらひらとしている妖にも骨はあるのだなと、横で見ていた坂本兵馬は思った。

そんなことをつゆ知らず、骨を鍋に入る大きさに断ち切り、鍋に放り込む。

水を入れて火にかけてじっくりと煮込んでいく。


五枚ににおろした身のをぶつ切りにして、鍋にいれ、一緒に煮込む。

水が沸騰してもそのままにし、じっくり煮込み、最後に味噌を入れて刻んだネギをまぶすと――。


一反木綿の水炊きの完成である。


「「いただきます!」」


二人は調理した妖の肉を口に運んだ。

ほろりほろりと身が崩れ、噛みしめるたびに肉汁が溢れてくる。

一反木綿の淡白な味が、塩味にとてもあう。

骨からもいい出汁が出て、旨味があふれるスープが、戦ったばかりの体に染み渡り、夜の闇で冷えた体が温まる。


半刻ほどたち、鍋の中は空になった。


「これで妖怪の魂も消え去ったな!」坂本兵馬が満足そうに言った。


「あぁ、これでまた一つ江戸の平和を守ったな」と沖田総一朗も笑顔を見せた。


「だが、まだまだ江戸には妖がいる。俺達新鮮組が戦い続けなければな」と沖田は険しい顔になった。


二人は包丁を始めとする、調理器具を収め、帰路についた。

新鮮組の任務は終わりを迎えることはあるのだろうか。江戸の平和を守るため、彼らは今日も妖退治に挑み続けるのであった――。


続く?

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