第2話 出会い

「ふぁ~……。」


起きたばかりの脳を覚ますように、両手を上げて屈伸をする。

今日から明日の夜まではお休みなので、朝から起きて用事を済ませる事にした。


俺が働く叶屋は定期的に休みが設けられている。

全員が一斉に休むわけではなく、何人かで交代制となっているのだ。


「えーっと、この客は……。あの客か、だったらと……。」


今まで自分を買った客で、馴染になった客のリストを確認する。

それにはその客の好きな物や、貰った物などが書いてあり、次にその客が来た時にもてなしとして客の好きな物を用意したり、貰い物が消耗品ではない場合はその時に身に付けたりして、今後も長い付き合いをして貰うための予習をしていた。


俺はこの叶屋で1、2を争う売上を出しており、客の数はとても多い。

それを一人ひとり覚えるのは無理なので、自分でリストを作ったのだ。


「ふぅ……、次の休みまでの客はこれでよし、と。次は…。」


ちらりと窓から外を見る。

日が高く、空には雲一つ無い快晴で出掛けるにはもってこいの日だった。



といっても、華街からは出られないのだが。



「銭湯に行って、着物とか香油見てくるか……。」


それぞれの妓楼に風呂はついてはいるが、やっぱりたまには大きいお風呂に入りたいという遊女、若衆の要望で、華街には遊女、若衆専用で銭湯が造られた。


そして、出掛けるには楼主に行き先を伝えに行って、許可を得なければならない。これも脱走防止の対策の一つだ。


「葵さん、お疲れ様です。お出掛けですか?」


「ああ、お疲れ様。銭湯に行ってちょっと買い物してくるよ。」


ちょうど奉公人の1人に会ったので、楼主は今部屋にいるのか尋ねる。


「あー……。わかりました。けど、今楼主にお客様が来てまして……。」


「客?」


客なんて楼主なんだから多いだろうに、なんだかそいつの歯切れが悪いのが引っかかった。


「なんだ?厄介な客でも来てるのか?なら、許可書を書いとくから落ち着いたら渡してくれ。」


出掛ける時の許可は、楼主にしなければならないが、楼主が忙しく許可をもらう暇がない場合は紙に何処に行って、何時に帰るかなど具体的な事を書いて渡し、その許可を得た事の証明書を貰うという手段もある。


だから、俺は奉公人の奴の返事に引っかかりはあったものの、気にし過ぎも良くないので、紙をさっさと書いて許可証明書を貰い、それじゃ、と行ってしまおうとした時、楼主の部屋から大きな声がした。


「お願いします!この商品を買ってください!」


その声は廊下まで響き、よく通る高い声だった。


「なんだ…?女の声……?」


その声が気になって、結局楼主の部屋の方へ足を進める。


「あっ!葵さん!」


制止するような声には耳を傾けず、部屋の前にたどり着く。

楼主の部屋の障子は少し隙間が空いていて、そこから中の様子が覗けた。


「だから、ウチはムリだって言ってるだろう?」


「そこをどうにか、お願いします…!」


どうやら商談をしているらしい。

けど、楼主の前に座っているのは年端もいかない女だった。


「ん?そこに誰かいるのか?」


障子の隙間から覗いていたのが直ぐにバレて、しまったと思う。

仕方なく、俺は障子を開けた。


「すみません、楼主。話の邪魔して……。」


盗み聞きしていたのが気まずく、バツが悪そうにする。


「なんだ、葵か。どうしたんだ?何か用だったか?」


怒られると思ったがそれは無く、俺は内心ホッとした。


「いや……ちょっと出掛けようとしててさ。だけど、楼主の部屋の方から大きな声が聞こえたから何だと思って見に来たんだ。」


特に隠すこともないので、ここに来た理由を素直に話す。

そして、楼主からチラリと視線を外して女の方を見る。


「!」


すると、向こうも俺を見ていたらしく目がバチッと合った。

あどけない顔立ちだが、成長すれば化粧が映えるようなバランスのいい顔だった。


その子は俺と目が合うと少し頬を赤らめて、パッと顔を逸らした。


「えっと……。」


「ちょうどいい、葵もこっち来て座ってくれ。」


どうしていいか分からず、立ち尽くしていたら楼主が自分の隣を指し手招きしてきた。


(出掛けようとしたのに……。)


面倒事に巻き込まれたとため息を小さくつき、言われたとおりに楼主の隣に座った。



この時の出会いが、後の俺の生活を変えていくとは知らずに。









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灯の籠 大月みつき @amber_mi2

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