夜に依る
「光太」
はにかんで笑うその顔が、俺の名前を呼ぶただ一つの声が、あの夜の眠気と人工の明かりをフラッシュバックさせる。
彼女に縛られてしまわないように、と名前を呼ばないようにしていたのも、今となっては無意味だ。
「紗夜」
彼女の名前を呼ぶ。
きっと今度は離さなくてもいいから。
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、笑う。
「どうだった、わたしがいない間」
情けない記憶が蘇る。
『君は、もういないのか』
君に届かないように願ったその言葉。
『もし彼女がいたら、俺は進めていただろうか』
押さえきれなかった弱音。
彼女——いや、紗夜を前にそれを恥じることはあれど、取り返しのつかないことだと思うことはない。
「正直に言うと、紗夜のことばっかり考えてた」
「そっか。嬉しいけど、ちょっと複雑」
やっぱり紗夜も、俺は独立すべきだという考えだったのだろう。
ただ、言葉の通りに喜びも強いらしく、笑顔は隠しきれない。
「わたしも、光太のことばっかり考えてた。だから、頑張ってここまで戻ってきた」
「そうだ、どうやってここに?」
家庭の都合でここには戻って来れないはずだった。それなのに、どうして彼女はここにいるのか。
「引っ越しこそしたけど、戻って来れないわけじゃないから。わたし、ここに一人暮らしすることにした」
「一人暮らし」
まだ学生だというのに、そんなことできるのだろうか。
「だから、光太も手伝ってね」
紗夜が笑う。
夜闇でよく見えないけど。
俺も、それに釣られて笑う。
「もちろん」
昼が明けた。
紗夜のとびきりの笑顔は夜に隠れて、初めて夜が邪魔だと思った。
君に恋う ナナシリア @nanasi20090127
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