「ねえ……、ああ、いないのか」


 椅子に座りながら後ろを振り返る。誰もいない布団だけがそこにはあった。


 どうしても、隣に彼女がいるような感覚で呼びかけてしまう。そこに彼女はもういないのに。


 それだけで、心を抉られる。あとどれだけ耐えられるだろう。それとも、いつか忘れてしまうのか。


 どれほど想いが強かろうが、感情はいつか去ってしまう。感情の源から遠くにいる限りは。


 仕方なく溜息を吐いて俯く。


 俺はいつか彼女と会えるのか。


 終わりの見えない昼に、今度は天を仰いだ。


「この辺にしとくか」


 彼女がいない以上、頑張る理由も見いだせず――テキストを閉じて席を立つ。


 外は、晴れ渡っていた。


 彼女がいる時は、一緒に散歩なんかもよくしていた。彼女いわく、お金がかからないし気分がよくなるから、結構好きらしい。


「もうここにはいないけどな」


 言ってから、自嘲する。記憶のほとんどに彼女がいて、どれだけ俺が彼女に依存していたのかを実感する。


 どうしてだろう。


 出会った時期が早かったから? いや、きっとそれだけではない。同時期に出会って、離れてしまった人もいる。


 優しかったから? 違う。彼女くらい優しい人も、他にいっぱいいた。


 どれだけ考えても、並の理由ではなくて、彼女にしかなかったなにかがあるように思われた。彼女がここにいない以上、それを実証する手段はないけど。


 俺の笑いを、日差しが乾かした。




「君も、もっと社会参画すればいいのに。本当はコミュ力あるんだろ?」


「社会参画って」


 クラスメイトの独特な言葉選びに、俺は曖昧に笑う。


 もしかしたら彼らとも仲良くできるのかもしれないが、俺はそうしようと思わなかった。コミュ力のない陰キャだと思われてもいい。


 クラスメイトと仲良くなることは、俺からしてみれば意味のある行為だとは思えない。俺は鞄を背負って、制止を受け流して教室を出る。


 逆に、なにに意味があるのか。


 結局どれだけ言い訳をしたって、俺は進めていないだけなんだろう。


 覚悟を決めたとか言っておきながら、結局一人ではなにもできない。


「……********、***********」


 最後だと誓ったはずの弱音も、結局抑え込むことはできなかった。


 長い息を吐く。


 彼女なら、と切望するたび、日の長さを実感する。


 夜が好きだ。一人でいられるから。


 少し曇った空の下、意味もなく淡々と歩く。


 近頃はずっとそうだ。家に帰る気分にならない。だから、昼を漂うことになる。


 ——あたりが、一気に暗くなった。


 昼の光に隠れたシルエットが黄昏に浮く。


 見慣れた、でも見慣れないその姿に、俺は胸いっぱいに夜を吸う。

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