第5話 気持ちのほころびに虹がかかる

 ずっと、自分を慰めてくれようとしていた男の人が言った。なんのことだろうと思った。 

「あなた自身の輝きを取り戻すために、まさに今信じぬくすべとして、至らぬ私のことをぶってください 」

と言われたのである。彼自身は死にたいと所望しているのに、自分をぶって欲しいとは、どいう事か?

「ワタシにそんなことは出来ませんよ第一、これは僕の問題であって、あなたの問題じゃない。」

必死にあえぐ自分の気持ちを慰めたいのかもしれない、この男のお願いを、自分がかなえることに、抵抗を感じるのは、いささか、検討違いに思えたからだ。

 この先、何があろうとも、自分が信じるがことのなかに、こんな事があってはならないと、頑なに思いかえしたくない事実である。

「あなたはくじけているんです。だれにも、あなたを救う手だてはないですよ。

もしもの話があるのなら、しかと肝に銘じたい。もしも、立場が逆ならば、こんなこと俺に言えただろうか?うかつに人の死を占ってしまうことに恐れ、遠のいてしまっていただろう。俺は一体何をしてきたんだろうか?

こんな、けなげな申し出に自分の意味を問いただせた俺は、自分の悩みにピリオドを打てたのだった。

「先ほどは、うかつに死にたいなど申し出て申し訳ありませんでした。もう2度と言わない約束の代わりに、あなたをぶつのは勘弁してもらえませんか?」

「ありがとう、そう言っていただけて光栄です。」

「この先の、どこかで一杯どうです?」

「よろこんで、お付き合いしましょう。」

空には、雨の上がった後に、大きな虹がかかっていた。

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竹内昴 @tomo-korn

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