第12話 月と星が交わる夜空の果て

ーエピローグー


 中秋の名月は西の空ではっきりと輝いている。金色に染まった月は、深い藍色の夜空から私たちを見下ろしている。10年前と同じ空。

 二人で眺める月。

 私たちは展覧会会場を出て近くの小さな公園にいた。夜も更け、人々は家路に着いたようだ。誰もいない公園で静かに月を見上げる。

 月明かりに照らされた公園内は閑散としていた。小さな噴水の水が月の光を受けて静かに輝いている。


「ミツキ。ずっと姿を消して、すまなかった」

「いいの」

 こうして心が通じた今、この10年を責める気にはなれなかった。

「テルは何をしていたの?私はずっと絵を描いてた」

「大学院に行ったよ。卒業後は職を求めて全国の大学に赴任した」

「地理学の?」

「そう。歴史地理学と言って、昔の地図を復元するんだ。測量技術のない時代の地図をね」

「面白そう」

「面白いさ。俺は空と陸の両方に興味があるみたいだ」

「星は今でも見るの?」

「ああ、田舎の土地はすごいんだよ。夜空が満天の星で埋め尽くされる。天の川も見える」

「私も描きたい」

 そんな夜空を二人で飽きるまで眺められたなら。

 月はゆっくりと西に傾いていく。私たちを見守りながら。

 しばらく私たちは月を見つめながら黙った。心地の良い沈黙だ。

「なあ、ミツキ」

「うん?」

「また10年後も一緒にあの月を眺めたい」

「うん。私も。今度は黙っていなくならないでね」

「ああ。10年後も20年後も、この先ずっと一緒に満月を見よう」

「うん」

「意味わかってンのか?」

「うん?」

「ずっと一緒にいたいって言ったんだ」

 テルの声がうわずったが、視線を離さずじっとこちらを見つめる。真剣な眼差しだ。

「私も、ずっと一緒にいたい」

 テルの唇が私の唇に重なった。

 突然のことに驚いたが、抵抗はしなかった。



 帰り道。テルがタクシーを呼んでくれた。

 車中からも月が見える。もうだいぶ西に傾いている。そろそろ沈む頃だろう。空が白んできた。

「ところでミツキ」

「うん?」

「一緒に住まないか?」

 テルは顔を背けて言った。顔は見えなかったが、耳まで真っ赤だった。

 月と星が交わる夜空の果てに、新しい未来が見えた。

「もちろん!」

 私は笑顔でそう答えた。

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月と星が交わる夜空の果て 檀(マユミ) @mayumi01

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