第9話

「……え、アオちゃん子持ち!? 十三歳で!?!?」

「アホを言うんじゃない。前の話だ、前の」


 いつかの自主練終わりのストレッチ中だった。

 暇つぶしに野球以外のことをなんかしゃべってと言われ、俺は深く考えずこんな話をしたのだ。


「支配者としてある種当然の行いとして、魔王アスールは子をもうけた。周囲に期待されたのは権威のバックアップ……後継者を作ることだったが、魔王本人は必ずしもそうじゃなかった。結局勇者に体制をしっちゃかめっちゃかにされた挙句殺害されるまで王位は譲らなかったしな」

「アルティメットに老害だったってこと?」

「その通り。最強のアルティメット老害だ。やばいだろ」


 隣り合った庭越しに率直すぎる感想を返してきた真昼に、俺は笑いながら続けたはずだ。


「では魔王本人は自分の子に何を期待したか? 簡単にいえば固有能力の継承、とくにだった」

「しかい」

「魔王が人よりよく見える眼を持っていた話はしたな?」

「あ、うん。因果のなんたら? クラスの男子が昨晩どの女子をオカズにして、既婚の担任がどの学年主任と不倫してたか一目でわかっちゃう感じのおめめ……だっけ?」

「大体合ってるけどその覚え方はちょっとやめて」


 妙に具体的なたとえをするんじゃない。確認しそうになるだろ。


「精神活動は孤独を基本に成り立つものだけど、魔王の眼はそれをさらに際だたせた。なにしろ稀な能力だったからな。だから本当の意味で同じものを見て、同じものを語れる相手を欲したわけだ」

「……みんな無料会員でやってるのにひとりだけ有料会員サブスクなのはさみしいから、同じコンテンツを楽しめるサブスク加入者を増やしたかった……的な……?」

「真昼は異世界トークを現代的に陳腐化させる天才だな……」


 当たらずとも遠からずなのがまた困る。なるほど、因果の魔眼はぼっち有料会員サブスク……そうか……


「結論から言うと成果はなかった。在位三百年間で様々な種族を母体に成した297人の魔王の子供達には、ひとりとして魔王と同じ眼を持つ個体は現れなかった。よって魔王は生涯ぼっち有料会員サブスクのまま勇者に殺害されましたとさ。めでたしめでたし」

「うっわ最低……」

「親としてはその通り。ただそいつは親である前に王だったからな。親や家族としての理想像なんて求められず知る由もまたなかった。だとしても作りすぎだアホ、って話だけど」


 永遠の命を真剣に目指していたから血みどろの跡目争いなんて考えもしなかったのだろう。結果どちらの未来もどこぞの勇者に阻まれたのはある種の幸運でもあったか。


「アホで済ませていい話じゃないでしょ! もう、なにやってんのよアオちゃん!」

「……前は前、みたいなこと言ったの真昼じゃなかった?」

「前だけど! 今の話はちょっと許せんメーター振り切れました! アオちゃん、そのこども達とちゃんとキャッチボールはしてあげたの!?」


 真昼はたいそうご立腹な様子でなにやら言い出した。


「いや、してないけど……前世に野球なかったし……や、似たような娯楽はあったかもしれないけど、あいにく当時はそういうのに興味が……」

「いい? お父さんってもんはね、自分の子供とキャッチボールしてあげることが存在意義の9割を占めるの! わかる!?」

「お父さん像がかたよっている……」

「だからね、もしも──そう、もしもだよ?」

 

 それこそ野球をやっているときよりも真剣な表情で、真昼は庭の境界越しに小指を立てた右手を差し出してきて。


「そのたくさんいるこども達の誰かと、アオちゃんみたいにこの世界に生まれ変わってまた会えたなら──そのときこそ、ちゃんと『お父さん』をやってあげること。いい? 約束して」


 有無を言わさぬ圧力に、俺は戸惑いながらも「お、おう……」と応えながら自分の小指を絡めたのだった。



「中二のとき、女子野球のクラブチームで練習試合中に事故があった。攻撃中にね。わたしはランナーで、二塁への進塁中にゴロを処理しようとした相手のセカンドと接触した」

「……んー、その場合ってどっちがわるいことになるの?」


 スパン。スパン。声の合間に響く小気味いい音。

 白球と言葉、ふたつのキャッチボールがふたりのあいだを交互に行き交う。

 俺の練習場だ。

 家から徒歩十分ほどの場所にある廃工場を俺の空間魔法で補強・人払いのうえで野球用具や電気設備を持ち込み、夜間利用可能な屋内練習場として利用している。使い始めたのは小学三年生のころからだったか。

 言ってしまえば堂々たる不法占拠だが、老朽化した建物を解体もせず長年放置している方もわるいということでまあここはひとつ。

 ともあれ、野球部との勝負が終わってからそこに三人で移動した。こみいった話をするにはちょうどいい場所だ。

 夏目と真昼のふたりは十五メートルほどはなれてキャッチボールしていて、俺はそこにまざらず古びたベンチに腰掛けていた。杖のようにしたバットのグリップエンドに手のひらを重ねて顎を乗せたりしながら。


「場合による。わたしのときは走塁妨害だって起きてから聞いた」

「え、気絶したってこと? 大事故じゃん」

「たいしたことはなかったよ。けがも軽い打撲程度。ちょっとうっかり前世の記憶を思い出す程度に頭の打ち所がわるかっただけで」


 そのときのことは覚えている。後から聞いて肝を冷やしたものだ。

 ……しかしそうか、思えば真昼との交流が途絶えたのはそのときからだったか。


「ははあ、それがきっかけかあ。でも奇遇だね、あたしも思い出したの中二のときだった。告白と同時に押し倒そうとしてきた先輩の顎を頭突きで思い切り打ち抜いたときに記憶がぶわぁっってさ。おかげで後から仲間と一緒に報復されそうになっても返り討ちにできて助かったのなんのって!」

「やたら治安わるいなこいつの中学時代……」


 思わずつぶやく。そしてよく告られてんなこの女。


「記憶と一緒に眠っていた魔力経路が賦活されて、呼吸も同然に強化がめぐるようになった。打っても守っても走っても、かつてない性能が発揮できるようになって……クラブチームを辞めた」

「……なるほど。そういうことだったのか」

「?? え、なんで。普通逆じゃない? 強くなったってことでしょ? むしろそこからじゃん。無双できるわけだし」


 夏目は納得いかなそうに首をかしげた。俺は受け取った所感を述べる。


「真剣にやったら女子野球という枠組みそのものが壊れかねない力が降って湧いてきてしまった。かといってレベルを合わせて手を抜くのは女子野球に対する冒涜のようで耐え難かった。ちがうか? 真昼」

「……相変わらず言葉をえらぶのがうまいねアオちゃんは」


 真昼は俺とは目を合わせず肯定する。まだすこしぎこちない。


「うまくなるのも強くなるのも望むところだけど、野球は一緒にやる人がいてこそだもん。わたしのせいで誰かが嫌な思いをして、ただでさえ多くない女子の野球仲間を減らしちゃうのは……本当に、本当にイヤだった」


 苦悩のにじむ声。ともすれば傲慢な言いぐさにも聞こえかねないが、あのツーランホームランを見た後では説得力しかない。明らかにバランスブレイカーとなる打撃能力だった。

 スポーツで勝つことは大事だ。勝てる力はより重宝される。しかし過ぎた力はときに不幸も呼ぶ。高校時代、すでに突出しすぎた実力を持っていたがゆえに全国大会という大舞台で全打席敬遠され、盤面そのものから排除されるという何十年経っても語り草となるような事件に遭ったプロ選手もかつていた。

 誰よりも野球が好きだからこそ、そこに自分がとどまり続ければ誰かを不幸にしかねないと真昼は思い詰めてしまったのだろう。


「……よく決断したと思うよ真昼。つらかったな。──いいか夏目、これはおまえにとっても他人事じゃない。まちがっても女子野球でやろうなんて心変わりするんじゃねえぞ。打者と違って投手はマウンドに立たれた時点で勝負を避ける手段がない。輪をかけて手の付けられないバランスブレイカーになりかねないんだからなおまえは」

「え、なんか急にめっちゃひどいこと言われた気がする。差別じゃない? 泣いていい? ……んー、まあマヒルちゃんの辞めた理由はわかった。わかったけど」


 シームレスに下の名前呼びを始められて真昼は面食らいながらも「……まあ、変なアダ名で呼ばれるよりは……」という空気で受け入れ態勢だった。巧妙なにじり寄りだ。


「春日井くんと疎遠になってたっぽいのはなんで? 春日井くんが魔王アスールだったってこと知ってたなら、むしろ相談しにいきそうなものだけど」

「────」


 相変わらず察しのいい女だ。ずけずけと踏み込んでいく夏目の無神経さがしかしいまはありがたい。俺は黙って流れを見守る体勢に移る。

 真昼はイヤそうに顔をしかめてため息をつき、


「……想像してみて夏目さん。ちょっと口は辛いけど面倒見も頭も良い、それでいて献身的に手際よく多面的に好きなことを手伝ってくれるお隣さんで男子のおさななじみがあなたにいたとして」

「──ふむ。どうぞ続けて?」


 夏目がキャッチボールの手も止めて興味深そうにうながす。


「別に付き合ってるわけでも将来を誓い合ったわけでもないけど、ああわたし競技引退したらなんだかんだで最終的にこのひとにお嫁さんにもらわれちゃったりするのかな、まあそれもわるくないかなうひひ、いやでもそれまで向こうは独り身でいてくれるのかな早めに動いた方がいいのかなぐぬぬとかこっそり楽しく妄想してたりもした相手があなたにいたとして」

「わーおあまずっぺえ……」

「ところがある日突然自分の記憶に言われるの。『そいつ父親だったぞ』って。どう?」

「うっっっわ無理。ごめん春日井くん、こりゃ無理だ! 残念でした!」

「うるせえこっち見んなバカヤロウ」


 言い返しながらしかし深く腑に落ちた。無理にもなるわなそりゃ。

 

「あ、ていうかごめん。実はあたしってばその父親をぶっ殺しちゃってる感じなんだけど……だいじょぶそ?」

「べつに。わたしが生きた時代と勇者イサナの時代は離れてるから。途中で読むのをやめたお話の続編で『あーそのキャラ死んじゃった?』ってネタバレくらったくらいの感覚」


 ひどい会話だ。ぶっ殺された当人キャラここにいるんすけど。


「そか。ならよかった。でも一応ごめんね」


 夏目は苦笑しながらそういうと、ボールを俺の方に軽く放ってきた。ワンバウンドしたそれを素手で受け取る。


「? どうした急に」

「あたしの聞きたいことは大体聞けた。ので、次はそっちのターン。親子としてかおさななじみとしてかはわからないけど、水入らずの時間は必要でしょ。──いい場所だねここ。秘密基地みたいでこのみ。また今度お邪魔させてよ」


 ベンチに置いていた自分の鞄にグローブを──教科書でつぶれないよう丁寧に──しまうと、鞄を肩に下げて帰ろうとする。


「…………。……夏目、ちょっと待て」


 俺は立ち上がり、自分の左肩に手を置いて言った。

 

「その持ち方はよくない。肩に下げるならせめて右を使え」

「……はい?」

「肩肘は替えの利かない消耗品だ。とくに投手は利き腕という繊細なガラス細工を金床にたたきつけるがごとく酷使するのが仕事といっていい。壊れるときは一瞬だ。そうならないよう常日頃からわずかずつでも負担を減らすようこころがけろ」

「あ、はい。気を付けます……?」


 なんか急におっかないこと言い出したな、という顔をしながら持ち方を変える夏目。


「もうひとつ。あたりまえだけど、野球は九人でやるスポーツだ」

「? うん」

「つまり、試合をするなら最低でも必要になる」


 言葉の意味が伝わったのか、夏目の瞳がまんまるに見開かれる。


「実際は控えも含めてもっと人数がほしい。学校で野球部との勝負を撮影している連中がいた。何人かは顔も覚えてる。そいつらから動画を拝借して広報に使えば多少は人も集めやすいはずだ」

「うん。……うん、うん!」


 よっし、よっし……! と夏目はその場で小刻みにガッツポーズを繰り返し、足踏みによろこびをにじませる。


「なあに春日井くん、急に爆デレ期突入じゃん! アオ……はマヒルちゃんとかぶるからハルちゃんって呼んでもいい!?」

「ああ。好きに呼ぶといい」

「え、やば。……うっそこれまさか言えば全部通る? じゃ、じゃあじゃあ、あたしのことこれからユウナって呼んでくれたりも……?」

「わかったよユウナ」

「連絡先もちゃんと交換してくれたり!?」

「このアプリでよかったか?」

「ガチのフリーパスじゃん! こわ! さすがになんで……!?」

「真昼と向き合うチャンスをくれたことへの俺なりの礼だ」


 自分だけでは解決の糸口にもたどりつけないものだったから。

 俺は背筋を正して、かつての仇敵に深々と頭を下げた。

 

「──ありがとうユウナ。本当に感謝してる」

「は」

 

 しばらくして頭を上げて顔を見ると、夏目は錦鯉のようになっていた。

 耳から首元まで肌を朱色に染め上げて、ぱくぱくと開閉する口からは言葉未満の空気ばかりを吐き出している。

 

「なん、ちょ、…………っっ、か、かえる!!」


 しまいには上ずった声でそれだけ言ってバタバタと練習場の出口から飛び出していってしまった。

 夏目の足音がしっかり遠ざかって聞こえなくなるまで待って、俺はつぶやく。


「なるほど。これくらい殊勝に接した方がコントロールしやすそうだな」

「うっわ……チームに入るって決めたとたんに支配の算段立てはじめてる……」


 真昼がじとっとした目を向けてくる。失敬な。


「支配なんて人聞きのわるい。野球はチームスポーツだぜ? 連携のためにチームメイトとうまくやる方法を模索するのは当然のことだろ、

「あーあ、夏目さんも運がないね。こんな根っからの支配者気質を自分のチームに引き入れちゃうなん──…………今なんて?」

「サラ=ゼノケアス。アスール=ゼノケアスが大陸統一する以前に生まれて以前に死んだ魔王の第一子にしてじゃじゃ馬王女。おまえの前世だろ」


 転生者と知られてなおかたくなに口にしようとしなかった、自分がかという部分。それを見抜かれて真昼は強い疑惑と憤りの視線を向けてくる。


「……たんだ。最低」

「あいにく封印中。というか不要だ。消去法でわかる。弟妹が生まれ始める前に死んだおまえは知らないだろうけど、魔王の子のほとんどは魔王を『お父さま』なんて親しげに呼びはしなかった」


 大体陛下とかそのへんの呼び方だった。在位が長くて偉大になりすぎたせいもあるだろうが。統治の終わり、つまり勇者の出現前後くらいには一周回って近い呼び方をする子もいたけれど、それでは『わたしが生きた時代と勇者イサナの時代は離れてる』という発言に矛盾する。

 あの突き放し方はかなりの距離を感じさせた。本当にかすりもしていないのだろう。となればもう該当者は一名しかいない。


「はっ。それはそれは、よほどみなから嫌われていたのねお父さまは」

「畏れられていたと言え。……まあ似たようなもんだが、そうなった原因はぶっちゃけおまえにある」

「はあ? 何を根拠に──わっ!?」


 バシン! と俺の送球を胸元で受け止めた真昼のグローブが音を鳴らす。

 投げた俺は自分の練習場に保管していたお古のグローブをはめて、先ほど夏目がいたあたりに立ちながら言う。


「『魔王の子らよ従順であれ。偉大なるかの者の剣は血の縁にすらその鋭利を鈍らせぬものなれば』。……今思ってもバカな流言だ。野心剥き出しで挑みかかってきたどこぞの娘のを俺がどれだけ不問にしたか知らんのか」

「だっ……」

「そして俺なりに甘やかしていたその第一王女ときたら、大陸統一時の戦争であっさり敵に討ち取られやがった。未熟は未熟なりに後ろで控えていればいいものを、俺のマネをして最前線になぞ出張ったせいでな。結果『大陸統一直前に反骨王女が死亡した』という事実だけが後に残り、経年で尾ひれがついていつのまにか俺の粛清扱い。畏怖の材料にまでされる始末だ。おいどうしてくれやがるこのバカ娘」

「~~~~~っ、るっさいわこのハゲオヤジ!」


 バシン! 今度は俺のグローブに白球がたたきつけられる。いい送球スローイングだ。スピードはもちろん、胸元ドンピシャでコントロールも抜群。遊撃手として申し分ない肩だ。打撃だけでなく守備フィールディングにも期待が持てる。それはいいとして、俺は言葉とともに白球を思い切り投げ返す。


「いや全然ハゲてはなかったが!? 終生フサフサだったわ!」

「毛根の具合なんて知るか! 戦って命落とした娘にそんな言葉しかかけられないところがハゲだっつってんの! もっと他に言うことあるでしょ!?」


 言葉と白球が往来する。キャッチボールと呼ぶのもはばかられるような強い捕球音が屋内にこだまする。


「弔いもねぎらいも墓前で済ませた。聞き洩らしたのはおまえの手落ちだ。耳ふさいで寝てんじゃねえぞアホが」

「がっ、この、言うに事欠いて……! アオちゃんさあ! わたしだってチームメイトになるんですけど! 同じように接し方考えようとかないわけ!?」

 

 おっと、口で勝てないと見たら娘からおさななじみにモードチェンジか。

 それを理解しながら斟酌せずに俺は言葉を投げた。


「よく考えてるさ。と生前学ばされたからな。なあ?」


 バシン!! ひときわ大きい捕球音は俺のグローブから発せられる。

 ボールとともに返ってきたのはここまででいちばん容赦のない送球、そして刺すような怒りのまなざしだった。


「────あったまきた」


 真昼は左手からグローブをはぎ取ると、練習場保管のバットケースから一本選んで引き抜いた。

 そのまま俺の頭をカチ割りにかかってきそうな足取りでずんずんとこちらに歩いてくるが──しかし真昼は俺の横を素通りする。

 向かった先はバッターボックスだった。

 ここには投球練習用にマウンドやホームベースといったものも部分的に再現してある。もともと俺が一人で感覚を突き詰めるために作ったものだが、中学時代には真昼のバッティング練習用に使わせていたこともある。


「前は前。今は今。……最終的にそれで呑み込むつもりでいたけど、いまのは完全にライン越えた。──勝負しろ春日井藍。生まれ変わってもまだ魔王気取りのその鼻っ柱、わたしのバットでへし折ってやる」


 ホームラン予告のようにバットのヘッドを向けながらの宣戦布告。

 のその行動に俺はぞくりと震えた。口元に歓喜の笑みがこみあげる。同時に獲得したのは深い理解と納得。

 ──夏目はつまりのだ。

 野球で死なずに殺し合うことで因縁を清算する。殴れば殺せるバットを握り、ぶつければ殺せるボールを握り、しかし互いに打つことと投げ勝つことこそ望む。それが命のやり取りに等しいものだと渇望しあってぶつかり合う。

 なるほど滑稽だ。滑稽で、おもしろい。相手が土俵に乗ってくれるかさえあいまいなところまで含めて。

 キャッチボールをしてあげて、といつだったか真昼は言った。それが父の役目だと。

 と今ならいえる。どうせなら殺し合えばいいのだ。野球なら死なずにそれができるのだから。

 

「いいぜ。受けてやるよ秋本真昼。ただし、やるからには手加減ナシだ。バッティング練習みたいにいかなくて泣きべそかいても知らねえぞ」

「のぞむところだよ。──来い。吠え面かかせてやる」


 俺はマウンドに上がる。十八メートル向こうの敵を見据える。肩はさっきのキャッチボールで十分あたたまっている。

 夏目との勝負をゼロ回戦とするなら、これは初戦。


 観客ゼロ。球審なし。タイム待ったはあり。転生者同士の草野球、そのはじまりを告げる第一球。

 真昼がかまえているのをたしかめて俺はモーションに入り、セットポジションから、投げた。

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転生草野球 南篠豊 @suika-kita

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