議員はアバターに駆逐されました

万事めぐる

短編

 そこは2柱を除き、全てが黒だった。音も動きも存在しない漆黒の中、そびえ立つ2柱の中にはそれぞれ演壇がおかれ、男と女が向かい合い交互に弁を振るっている。今は何を主軸に置くのかを論じているようで、褐色肌の男が口角から泡を飛ばす勢いで語っていた。


「―――であるからして、政府が掲げるこの方針は経済面を優先するという視点からは正しい。しかし、人あっての経済!負担増や失職により可処分所得が減少すれば、その分消費が抑制される。これは将来的な経済的衰退の主要因たりえるのはあきらかだろう!にも関わらず何故このタイミングで国民ではなく国に公費を投げ入れようというのかを問いたい!」


 照らされている壇上で熱弁を振るう男の前にはウィンドウがいくつも浮いており、発言のたびに文字が勢いよく流れている。


「経済活動は、例えるなら人の血とおなじであります。血流が滞れば、その時点で何もなくとも徐々に損傷し始め、気づいた時には手遅れになることもあります。その点ではお困りの方々を救済すべきであるのはごもっともではありますが、残念ながら我が国の資源は輸入頼みであります。様々な要因による輸入減少が顕著である現時点においていくら造血剤を注入しようと、果たして国という人体が回復できるか考えていただきたいところであります。それよりは血管や臓器、即ちインフラや事業を通じて雇用と後世に残る資産を作り、その恩恵を以て救済する事こそ、中・長期的にみての良策であると具申するであります」


 対面の壇上にて冷静にカーキ色の軍服を着た女が返しつつ、展開されていたウィンドウの1つを虚空に向けスワイプする。勢いそのままに飛んで行った先でウィンドウは大きく拡大され、女の主張を補助する情報が表示された。


「ご覧のように、現在ある資源を国民の救済措置に充当した場合と経済活動に投資した場合では、国内総生産においてかなりの開きが出てくると予想されるであります。貴殿の主張もごもっともではありますが、酷な言い方をすれば日々の糧を抑え、その分を糧の生産に充てる事で、我慢した分以上の利益を生み出すことが未来の国民も含めた救済と国際競争力の確保につながると言えるであります。」

「キサマは数字だけしか見ていないのか!今キサマが抜かしている数字は意志を持ち、今まさに血が通っていて貧困に喘いでいるのだぞ!」


 制服の女は冷静な表情を崩さずに主張したのに対し、こめかみに青筋を浮かべた男はウィンドウ群から幾点かをタップし、振りぬくように宙へスワイプする。すると、今男が述べた意見を裏付けるコメント達が大きく浮かんだ。


『家族が飢えないよう、自分は何時も家族の食べ残しで食いつないでいる。』

『生菓子店のショーケースは本当に見るだけのもので、もう味も食感も忘れてしまった』

『電車で1往復するだけで時給が半分消し飛ぶ』

『光熱費を抑えるために家のブレーカーをできる限り落として極力外にいる』


「余裕があればキサマの言う通り投資するのもアリだろうよ。しかしこんな声が噴出している状況で、更に国民に節制を強いるのか!インフラやら事業創出に金を突っ込もうが、それを動かす人間が存在せねばそんなのはただのハリボテよ!そもそも、生活すら削っている状況下でお国の未来に働けなどと奴隷同様の扱い笑止千万!焼野原から、マイナスから立ち上がった先人たちの時代と今は違う。マイナスになりつつある今をどうにかせねばならんのだ!」

 

「はいはーい。ヒートアップ&タイムアップしているのでステーイステイ」


 男の弁に熱が入りすぎ、今にも演壇を蹴り倒しそうなほど激高し始めた所で突如としてウサギの頭巾を被った人物が暗闇から現れ、天秤が描かれた旗振り降ろしつつ両者の間に割って入る。すると、虚空に浮いていた情報は全て消え、討論していた2名の主張が表示された。

「さて、楽しい楽しいトークタイムも一旦おしまーい。二人とも今の国の在り方を大真面目に考えているのはすっごく伝わってきたねー。ここまで熱く語り合ってくれた両名に大きな声援をー」


 間延びた声と共に旗を振り上げると世界は明転し、マイク越しに伝えられたリスナーの声や、色とりどりのコメントであふれかえった。やはり、このご時世において大変注目されている内容だったためか歓声は轟続け、収束までにかなりの時間を要した。

 しばらくして勢いが弱まったタイミングを見計らい、ウサギ頭巾はまとめに入るべく口を開く。


「さて、今回は“今国が迎えている苦難についてどう立ち向かうか?” というテーマに対し、男(ミドルマン)は “国民の飢えと心を満たし、立ち向かえる体力と活力を”といった主旨。で、女(アーミーガール)は “インフラ整備などを通じて固定資産を残しつつ、お金を循環させる” といった感じの内容だったと思うけども?」


 頭上に展開された主張を見上げつつ、横目で確認をしたウサギ頭巾に対し、両名は首肯した。


「おーけー。それでは早速リスナーの皆さんに投票してもらいましょー。果たして民意はどっちなのか。Show your opinion!」


 合図とともに、頭巾男の背面から天井に向け、投票率を示すバーが伸び始める。その勢いは甲乙付けがたく、集計の成り行きにあわせて激しく競り合っていた。

 しばらくして勢いが落ち着き始め、リスナー全員の投票が完了したことを示すシグナルがポップした。


「さて、今回の結果はー…ごらんのよーになりましたー。やはりどちらも一理あるから接戦だったねー。見方の違いって大事!あ、皆さんも既にわかってるだろうけども、これはこのセッションの結果であって、同じテーマでも今回優勢だった意見が劣勢になることもあるからねー。決して国民の総意とはおもわないよーに!」


 端末の向こうにいるリスナーに話しかけるウサギ頭巾。その表情は声に似てノンビリしているようだが、その目だけはアバターであってもどこか知性を感じさせる雰囲気を出していた。


「それでは今回はここまでー。ここまでは行政府、一国党、国耀建設などご覧のスポンサーの提供で。進行はわたくし、兎面(ラビットヘッド)が担当しましたー。それでは、より良い政(まつり)のためにもKeepJoin!」


 ―――――――――――――――――――――


 ウサギ頭巾が閉会の口上を述べると同時に動画が停止され、画面上にインジゲーターが表示される。再生が完了したのを確認した彼は手元に浮かんだパネルからホワイトボードタブを展開し、生徒の方へ向き直った。


「みんなおつかれさま。今回の内容は少し難しかったかもしれないけれど、各自が得意な分野を見つけ出せば、きっと自分の意見をしっかりと伝えられるようになる。難しいと感じる必要はないよ」


 彼は目の前に座っている、ワイヤーフレームだけのアバターたちに語り掛ける。


「さて、実際のところどのようにして議論が進められているかは、今の動画で見た通りだ。次に、どうすれば討論者として参加できるのか。その条件をおさらいしてみよう」


 教師である彼にとっては慣れたものだった。予め用意していたスライドをホワイトボードへ表示し、強調表示を用いながら説明を始めた。


「先ほども触れたけれど、今見たような大きな議論に参加するための条件は2つだけだよ。この国の国籍を持っていること、そして“その討論に関係する分野のランクを参加できるレベルまで上げること”だ。ランクというのは、例えばプールの授業でいう級のようなものだと思ってもらえばいい。今回の場合、政治と経済がSレベルだと参加できるけど、内容としては、国際関係も強い人が望ましいかな。とても上手に話していたけれども、話していた人たちの中には、実は君たちみたいな小学生もいるかもしれないね?」


 そう言いながら彼は微笑んだが、その心は真剣そのものだった。可能性は極めて低いが、ゼロではない。どんな分野でも大人を凌ぐ能力を持つ子供が一定数存在する。自分の教え子たちの中からそういった才能が出るかもしれないとは思うものの、それが国のためになると信じている。


「ランクを上げる方法は、そう、プールの授業と同じだね、とにかく参加することさ。ほら、そこの君、聞こえるのが先生だけだからって大きな声を出さないでね。僕は本気で言っているんだ。君たちが初めて参加するときは、どの分野でも最低ランクからスタートする。内容もたとえば、家でのおやつはどれくらいまでがいいか、お手伝いをしたらお小遣いをもらってもいいか。そういう身近な所から始まるんだ。そして、ランクが上がるにつれて、このスライドのように話題の範囲が広がっていくんだよ」


 そう言って次のスライドを表示させると、それはまるで子供が成長するにつれて広がる生活圏を示しているようなイラストだった。中心の円には最低ランクのアルファベットと共に「家」とだけ表示され、幾重にも重なった円は外周部に向かうにつれ教室、学校、地域、そして最も外側の円にはSと国の文字が併記されていた。


「大切なのは、正しいかどうかではないんだ。ちゃんとした根拠を持って自分の意見を説明できるかが重要なんだよ。例えば、友達同士が喧嘩していたときに、どちらが悪いか聞かれたら、「この子が先に手を出したから悪い!」という説明は正しいかもしれない。でも、なぜ友達を叩いたのか、叩く前に相手が何かをしたのかも重要だよね。このようにちゃんと自分の考えを、“これがあったからこう思った”と言えることができればランクは上がりやすくなるんです。…ランクはね?」



 意味深に2度繰り返した彼は、タブを先ほどの動画へと切り替える。そして冒頭の2名が対峙している画面まで巻き戻すと、唐突に切り出した。


「さて、いきなりですがここで問題です。この二人の中身は、どっちが男でどっちが女の子でしょうか?ふむ、早速答えが集まっていますね…。正解は…先生にも分かりません。いえ、冗談は言っていません。本当に分からないんです。こらそこ、先生デベソとか余計な事言うとスピーカーをオフにしちゃいますよ?」


 ワイヤーフレームのアバターたちが光乱れて不満の意を表示する中、彼は咳払いをして場の空気を仕切りなおす。


「ちょっと意地悪をしてしまってすみません。ですが、これは今の仕組みに関わる大切なことです。少し難しいかもしれませんが、しっかりと聞いてくださいね」


 彼の声質が今までの柔らかなものではなく真剣そのものであるのを感じ取ったのか、アバターたちはピタリと発光をやめ、見えずともそのフレームの網目から射出された視線が彼に集中するのが感じられた。場が落ち着いたのを感じ取った彼は再度ホワイトボードに切り替え、過去の政治体制を模した図表を表示させる。


「何故、答えがわからないのにこの問題をだしたか。それを説明するにはまず歴史を知る必要があります。この仕組みが始まる前、この国には議会制民主主義という仕組みがありました。この仕組みはイラストのように、みんなの中から代表になりたい人を集めて、その中から投票をして、その数が多い人たちに政治をお願いするという方法でした。この仕組みを取り入れる前は王様や貴族という昔から偉い人たちだけしか国を動かせなかったので、議会制になった時は皆がより良い国にするために一生懸命に取り組んだんです。中には考えが行き過ぎた結果、力や暴力で進めようとする人も出たぐらいです。そうですね、信じられませんよね。今では暴力を振るう先がないんですから」


 生徒の一人が驚いたようで、そこに相づちをうつ。しかし残念ながら、と前置きした彼がスライドをめくるとそこには、かつて繁栄の礎となった民主主義の末路が記されていた。


「悪い言い方をするわけではありませんが、腐ってしまったんです。この仕組みの問題点は、投票されたもの勝ちということ。そして投票した後にもまた投票が待っていたことです。そのため、投票の時だけ頑張って後は知らんぷりする人が出てきたり、頑張って代表になっても代表同士の投票で負けてしまい、必要なことが決まらない。酷いときは大きな企業が自分たちの利益のために社員を動かして投票させることもありましたし、政治や特定の分野に全く詳しくないのに、有名人だからという理由で代表になる人も出てきました。そのせいで国の成長は止まり、一部の人たちが利益を得るだけの場所になってしまいました」


 先生が子どもの頃は大変だったんだよ。と、彼はボードを睨みながらつぶやく。ろくなことをしない癖に、いざまともな政治家が現れたと思ったら徒党を組んで足を引っ張る古株の政治家。若者たちは彼らの二枚舌を連日のように見て投票に行かなくなり、一部の若者たちがネットを介して組織票を試みるも、人口の逆ピラミッド現象のせいで太刀打ちできない。万が一成功しても、送り出した国会でまともに議論してくれるのかが不透明な状況に、大人たちは失望し家で愚痴を言っても動かない。結果として低い投票率の中で組織票がひしめき合い、しわ寄せは一般家庭に来る。その影響を大きく受け、苦渋に満ちた幼少期を過ごさざるを得なかった彼にとってこのスライドはまさに悪の化身であり、負の象徴であった。


「でも、そこで転機が訪れました。皆さんも知っている通り、E.D.E.N解放運動事件の発生です。別名デジタルの夜明けですね。これにより当時の代表たちのほとんどが職を失い、彼らが自分たちのいいようにしていた議会という仕組みも消え去りました。そして今、私たちは人を選んで政治を代わりにやってもらうのではなく、直接意見を選んで政治に関わることが可能になったのです。討論に使用するアバターもE.D.E.Nからくじ引きのように貸し出されるため、私たちは誰が討論しているか知る方法はないし、知る必要もありません。男の子がおばあちゃんの姿を借りているかもしれないし、女優さんみたいな人が怖いおじさんを演じているかもしれません。でもそれは意見を決めるうえで関係ないことですよね?」


 当時抱えていた黒い炎が未だ燻っていたかのようにまくし立てた彼は一息つくと、断りを入れて現実の喉を湿らせる。更に深呼吸をして整えた後、「だから」と前置きをして再開した。


「参加条件は国民であることと、必要なランクを持っていることです。が、アバターの中が誰なのかを分からなくさせるために、与えられた外見通りに振る舞いつつ、自分の意見を伝えるという学芸会のような部分も必要になってきます。これもふざけているわけではなく、真剣な話ですよ」


 学芸会という言葉に反応し、にわかにちらつき始めた生徒たちに対して嗜めるような口調で話し続ける。


「関係ないということは必要ではない。つまり自分自身を出してはいけないということです。口癖や身振り手振りなど、個人を特定する可能性のあるものは出さないように気を付けなければなりません。ある程度はE.D.E.Nが修正してくれますが、もし繰り返しやるとか、悪質だと判定された場合は最悪追放処分となります」


 つまり、お小遣いを稼いだり、将来的に討論者として働くことができなくなるという意味です。

 言い換えた言葉は子供たちにとって想像以上の衝撃だったらしく、アバターの点滅どころか、彼の手元にある情報パネルでも一切の挙動が無くなったのが読み取れた。今の世の中においてE.D.E.Nを通じた副収入はもはや生活の一部と言っても過言ではなく、討論者という職業は現代における花形職となっていた。自身が興味を持つ分野を追求し、公の場でスターのように舌戦を繰り広げる。そしてそれはただのエンターテインメントではなく、時として歴史の分岐点になり得、時には弱者を助ける勇者にもなり得る。その道が自身の一挙一動で絶たれるかもしれないとなれば、彼らが凍り付くのもやむを得ない話であった。そんな彼らの情報を読み取り、本来の温厚な小学校教師に戻った彼は、緊張を解きほぐすように語りかけた。


「でもね、君たちは小学生なので難しいことは当たり前ですよ。いきなり君たちがここでそんな振る舞い出来るとは思っていません。だから君たちのアバターはそんな虫かごみたいで、どんなに動き回ってもライトのようにチカチカするだけ。声だって僕には聞こえますが、お互いの声は聞こえないでしょう?実は僕が聞いている君たちの声も、本当の君たちの声じゃないんですよ。だからここでどれだけ鼻をほじろうとも、いつかは討論者になれるかもしれませんね」


 途端に全てのアバターが全灯した。上手く緊張を解きほぐせたようだと感じた彼は、授業の締めに入る。


「さて、長い授業もそろそろ終わりにしましょうが、最後にまとめますね」


 最後のスライドを表示させながら、彼は生徒に呼びかけた。そのスライドには授業のまとめとしてランクシステムや今の民主主義の成り立ち、匿名の重要性等に加え、E.D.E.Nに参加する際の注意事項が箇条書きで記されていた。

 ・E.D.E.N内で自分だと分かるような言い方、行動はやめる

 ・自分が討論者として参加する前、後に関係なく、自分が討論者だったことを言いふらさない

 ・一人一人の決定を邪魔するようなことをしない

 ・誰が討論者だったかを見つけるようなことはしない


「今ここに書いてあることは、難しい言い方をすると匿名・独立の原則と呼ばれているものの一部です。簡単に言えば、その人が投票する1票はその人だけのもので、E.D.E.Nで語られる意見は誰のものか分かってはいけないということです。これに反した場合、悪質だと判断されると追放となるわけです。さて、授業はここで終わりです。質問がある人は匿名で構いませんので、投稿してください。それではお疲れ様でした!」



 まぁ、残念ながら悪質な人もいるし、巻き込まれる人もいるんだけど。と内心思いつつ、授業を閉会した。悪意ある人間たちについてはこの授業の範疇ではないし、ニュースでも時折報じられている。そもそも今の小学生たちのリテラシーは前世代のそれを上回っているというのが現実である以上、その部分について語るまでもないというのが世の中の共通認識だった。

 最後の生徒がログアウトしたのを確認し、彼もVRのフォーマットを始める。机を含めた教室のテクスチャを撤去し、自身のアバターをセーブする。一連の作業が完了したのを2度確認した後、“彼女”はログアウトした。

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