未来がまだまぶしかった時代、少し変わった少女とのひと晩の記憶

 二〇〇八年、グーグルの「ストリートビュー」のサービスが始まり、初音ミクが爆発的人気を獲得したあの年…。
 予備校に通っていた主人公は、その教室内で、他の女子とは違う、目立つ容姿をした少女に声をかけられる。
 少女は太陽系外から来た人工生命体だと自称する。そして、宇宙に帰還するために、自分を相模湾まで「移送」してくれるように主人公に依頼するのだ。
 およそ現実にありそうもない設定…それは事実か、それとも少女が身を護るために考え出したフィクションなのか(私はここで押井守監督の昔の作品『御先祖様万々歳!』を思い出しました)。
 ともかく、同年代の少女といっしょにひと晩を過ごせる。主人公は自分の自転車を引っぱり出し、その夜、少女とともに、少女の希望どおり東京都心から相模湾へと向かう…。

 この物語で圧倒的なのは、主人公が自宅を出てから目的地へ向かう途上、通過するさまざまな街の表情の描写である。二〇〇八年時点の、それぞれの場所の夜の表情が、主人公が少女に向ける思いと交錯しつつ、詳細に描写される。東京の都心から近郊へ、そして郊外へ。けっして無個性ではないそれぞれの土地の夜の姿が映し出されていく。

 三年も経たないうちに東日本大震災が襲い、十二年後に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが襲うなんて想像もしなかった、未来がまだまぶしかった二〇〇八年の「青春の一こま」を切り取った物語(なお二〇二三年からの回想という形式なので、昨年のいまごろに記された手記ということになります)。
 ある世代の少年の、かけがえのない青春の物語です。