アルファードくん

空の子供たち

アルファードくん

 僕は博士。


 ある動物を研究している。


 それは————


 ヒューマノイド・レイン・オー。


 まあ………、僕がそう名付けたに過ぎないが。


 動物といっても人間のように二足歩行ができるから、かなり特殊だ。


 たしかに二足歩行できる動物は他にもいるが、レイン・オーの場合は二足歩行だけでなく、人間のような細かい足の動きができるため、他の動物に比べて、走るだけでなく、木登り、山登り、それから浅い湖なら泳ぐこともできる。


 もちろん個体差はあるが………、


 僕が研究しているレイン・オーのオスのアルファードはレイン・オーの中でも格別だった。


 彼は、今まさに人間のしゃべる言語を理解しようとしている。


「アルファードくん。これは、り・ん・ご。だよ?」


「あるふゎーーくん。んんれは、り・り・ご、だよ」


「そうそう。よくできたねー」


 僕はそう言って、干し草を一束彼に手渡す。


「んっーー、んふふふ」


 アルファードくんはそれを機嫌よさそうに受け取って、むしゃむしゃ食べる。



 僕はアルファードくんを日常会話ができるまで育てて、レイン・オーにも人間と同じだけの知能があることを学会で証明するつもりだ。



「アルファードくん。君を学会に、世界に、連れていく。そしたらみんなが君を認めてくれるはずだ。もしかしたら人権を手に入れることもできるかもしれない。がんばろう。アルファードくん」


「………、」


「そうだ。これからは………、アルファードくんも僕以外の人間に慣れていく必要があるかもね」


「………、」


「いきなり、大勢の人の前は緊張するかもしれないし」


「………、」


「まあ、君はレイン・オーの中でも特殊だから。あんまり気にする必要はないかもしれないね」


「………、」


「僕にも威嚇行動ひとつもとった試しがないからね。アルファードくん。すっごくいい子」


「………、」


「じゃあ、アルファードくん。またね。明日もよろしく。おやすみ」

 


 僕はそう言って研究室から出ようとした。


「おやすみ。博士」



 ん?


 き、気のせいかな。


 アルファードくんに平然とおやすみと言われたような………、


 僕は振り返ってアルファードくんをもう一度よく観察する。


 そこには眠たそうにあくびをしたアルファードくんがいるだけだった。


 うん。さっきのは気のせいだったね。


 僕は研究室から出ることにした。




 翌日。



 研究室の中にいたはずアルファードくんは姿を消していた。どこにも見当たらない。


 いつもならベッドで寝てるか、椅子に座っておもちゃで遊んでいるか、窓の外の景色を呆然と眺めているか、そのどれかなのに。今日はそのどれでもなかった。


 アルファードくんはどこにもいないのである。


 研究室はまったくの無人だった。


 おかしい。


 ドアに鍵をかけたはずだ。


「アルファードくんーー」


 そう読んでも声は帰ってこない。


 もちろん、この部屋のどこにもいないのであたりまえだ。


 少しだけあわてていた僕は研究室のテーブルに昨日にはなかった一枚の紙きれが置かれてあることに気づく。


「ん、なになに。ぼくはアルファードです。いままでだましていてごめんなさい。ぼくはレイン・オーではありません。ここより遠い星からやってきて、地球を学ぶためにレインオーに変身したのです。あなたのおかげで。この地球のことがよく分かるようになりました。でも、もうここにはいられない。ずっと博士をだますことはできない。今ままでありがとう、博士」


 僕は啞然としていた。


 まさかアルファードくんが、レイン・オーではなく、異星人だったなんて。


 すぐには信じられなかった。上手く吞み込めなかった。


 アルファードくんがいなくなったことも、アルファードくんが実は異星人だったことも。


 でも、何度もアルファードくんの置き手紙を読み返すうちに、だんだん理解できるようになった。


 そうか………、


 悲しいなあ。


 アルファードくんともう一緒に遊んだり、話したり教えたりできないなんて。


 よく悩み事があると、アルファードくんに聞いて貰ってたっけ。


 アルファードくんは僕が落ち込んでいるとき、一度僕の手を握ってくれたことがあった。


 あの時はすごく救われた。


 アルファードくん………、


 僕はアルファードくんが異星人でも話してくれたら受け入れたのに。


 たしかに最初は驚くかもしれないけど………、


 でも………、話してくれたら。


 もう………、会えないのかアルファードくんとは。




 それから3週間後———


 僕はレイン・オーの研究を続けるために新しい助手を雇うことにした。


 僕が昼飯のカップ麵を食べていると、研究室の扉がノックされる。


 どうやら、新しい助手がやって来たらしい。


 面接は委託していたので、これが初対面。


 なんだか緊張する。


「どうぞー、入ってください」


 僕はそう言って助手を手招きする。


「こんにちは。僕は相内碧音あいうちあおと。今日から助手として精一杯がんばります。よろしく、博士」



 目の前にいる白衣を着た青年は元気よくそう言った。


 僕は何故かあの時初めてアルファードくんが僕に「おやすみ」を言った時のことを思い出す。


「うん。よろしく。碧音くん。今日から君は僕の助手だ」


 僕はそう言ってカップ麵をすする。


 そういえば………、今頃なにをしているのかな、アルファードくんは。


 僕はそう思うのだった。

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