『汚え川に挟まれた公園で』

小田舵木

『汚え川に挟まれた公園で』

「仕事見つかったか?」

「ねぇよ。37のおっさんが何処で雇われるよ?」

「…湿気た世の中だわ」

 

 魔の街福岡。大型商業施設と風俗街の近くの三角州の公園で俺達はボヤいている。

 那珂川なかがわと博多川に挟まれたこの公園。名を清流公園と言うが。何処が清流なのか?汚え川2つに挟まれたクソ公園である。

 そんな公園の喫煙所でストロングの酒をキメながらたむろする俺達は社会の底辺だ。間違いねえ、生まれてきた事を後悔している。

 

「あーあ。今日も親のカネでストロングキメて、煙草吸って…」

「俺達は真性のクズだわ」

「まったくだ」

 

 俺達は500ミリのストロングの缶を傾ける。じゃねえとやってらんねえ。

 街はネオンで輝き出す頃合い。風俗街の下品なネオンサインが男を誘う。

 だが。俺達のような底辺には風俗なんて縁もねえ。カネがありゃストロング缶に消えるからな。

 

 カネがねえから、税率の安いリトルシガーをキメる俺達。

 いや、親のカネで無駄に納税している場合じゃないのだが。煙草でも吸ってねえと落ち着かねえのだ。

 

「今日も一日が終わっていくな」そう、相棒が呟く。37の彼は。俺の唯一の友達で。貴重な無職仲間でもある。

 俺達は福岡の引きこもり矯正事業、『更生会』で数年前に出会い、それからコンビを組んでる。別に仕事とかしてねえが、なんとなくつるんじまっているだけだ。

 

「『今日も』な。何も出来ずに酒喰らって…生きてる価値あるのかね?」

「ねぇわ」

「あーあ。死にてぇ」

「だが。死ぬのも面倒だ」

 

 俺達はなんとなく生きてしまっている。

 それもこれも愛情深い親の成せる業だ。まったく、恵まれた家庭に産まれたもんだ。

 だが。俺達はそんな恵まれた環境に甘んじて、30を超えても無職で過ごしちまっている。

 

 無生産な俺達は。なんとなく生かされてる。この愛情深い日本という国に。

 この国には兵役とかねえからな。その上福祉が厚い。俺達のようなクソ無職も抹殺されずに生きていられる。

 ま。それに甘んじてはいけん、と思って仕事を探しても、冷たい世の中に阻まれるのだが。

 

「腹、減ったなあ」俺は空きっ腹をさすりながら言う。

「ラーメンでも行っとくか?」

「親のカネで?」

「…親のカネで」

 

 そんな訳で。

 俺達は中洲の街の真ん中の『一幸舎いっこうしゃ』へ繰り出す。

 ここのくっせえラーメンが俺達の好物だ。豚骨と大蒜にんにくの臭え香り。それがたまらんのだ。

 

 俺達は親のカネで替え玉を2発キメて。

 やっぱり、あの清流公園に戻ってくる。

 なにせ。カネがねえから公園に屯するしかないのだ。福岡って街は欲の街だが、カネのない人間には何も与えてくれやしねえ。何?自分でモノを掴めって?うるせえな。

 

 俺達は清流公園の大型所業施設側の橋でなんとなくたたずむ。

 大型商業施設は夜になっても盛況だ。ガキどもがカネを握りしめて、下らねえブランドモノを買い漁っている。

 

「あと10歳若かったらなあ」相棒は言う。

「就職出来たってか?」

「ああ。大学中退してから無駄に引きこもり過ぎた。それでこの有様よ」

「今更言ったって遅いぜ?」

「そりゃそーだけどよ」

「とりあえず酒、呑もうや」

「だな」

 

 俺達は公園の近くのコンビニに入って。迷わずストロングのロング缶を買い、公園の喫煙所に舞い戻る。

 

 酒と煙草。

 俺達が福岡の引きこもり矯正事業、『更生会』で覚えたのはそれ位だ。

 なにせ。あの引きこもり矯正事業は怪しいNPOに委託されていて。そのNPOの代表は俺達に「働かなくても良いんだぜ、さあ酒を呑もう」とかしか言わなかったからな。

 思えば、福岡市はあのクソNPOに騙されていたようなものだ。一体、どんなからくりで市の福祉事業に食い込んだというのか。

 

 公園の喫煙所からは那珂川が見えて。

 那珂川沿いにはラブホテルが林立している。

 俺達も女に産まれて、それなりのルックスとガッツがあれば、体を売るというアルティメットな選択があったのだが。まあ、俺達にはチンコがある。俺達の体には1銭の価値もない。

 

 流れる那珂川はドブ川だ。

 いや。下水が完備されてるからドブではないが…福岡の欲が最後に行き着く場所はここだ。

 俺達はそんなドブ川を見ながら煙草を吸って、酒を呑んで。

 ドブに映る自分たちの顔にうんざりしている。

 何?自分を変える努力をしろって?ハロワに行けって?

 やってるさ。だけど実を結ばないんだな、これが。

 んで、毎日、夕方を向かえて、夜になって。煙草と酒に溺れてる。

 まったく。こんな非生産的な人間は抹殺されるべきなのだが。人権とやらが確立されたこの国では生かさず殺さずの線で放置される。

 

 クソみたいに濃厚な久留米泡系豚骨をしこたま食った俺達。

 そんな状況でストロングをキメれば、ゲロが出る。

 汚え那珂川のドブに仲良く2人でゲロを足してやる。

 肌色のゲロが2人分、那珂川を流れていく。

 ゲロを吐いてスッキリした俺達はまたストロングを呑む。そして、風俗街の方へと繰り出して行く。

 

 風俗街。

 そこには無駄にしつこいキャッチが居るのだが。

 俺達はそんなキャッチにすら嫌われている。当然だ。カネも持たずに毎日、彼等のシマを荒らしているのだから。

 だが、俺達は気にしない。店先のパネルに映った嬢たちを採点していく。

 あれとはヤりたい、あれとはヤりたくない。

 一体俺達は何様だと言うのか?上から女を採点するような身分じゃない。

 だが。一端いっぱしにも性欲はある。俺達の子孫なんか産まれるべきじゃないんだけどな。

 

 風俗街で嬢たちを採点し終わると。俺達は清流公園に舞い戻るしかない。

 いやあ。カネないもん。そんな俺達をはたにサラリーマン共は屋台でメシを喰い、なんなら仕上げに風俗に繰り出していく。

 ああ、一体、アイツらと俺達の何が違うというのか?

 …いや。アイツらは大学出て、クソみたいな仕事に耐え、稼いでいるよな。そして稼いだカネで贅沢をしている。俺達のような親のスネ齧りとは違うよな。

 

 屋台で酒を呑むサラリーマンを見ていると。

 俺達は無性に酒が呑みたくなって。結局、コンビニに繰り出していく。

 そして財布の底にある百円玉数枚で買えるだけのストロングを買って。

 また喫煙所に舞い戻って、汚え那珂川を眺めながら呑む。

 これしかする事ねえのか?って聞かれたら。これしかする事ねえって応えるしかねえ。

 

「おっと。24時だぜ」相棒が言う。

「やっちまったな。終電逃した」俺は応える。

 そう。俺達はこの近所に住んでる訳じゃねえ。ていうか、中洲周辺は人が住むような環境じゃない。

 このまま、清流公園一泊ルートをとっても良いが。そんな事をしたら、追い剥ぎか何かに身ぐるみ剥がされちまう。

 ああ。家に帰るのが面倒くさい。家に帰ったら、今日の進捗を問われちまう。

 もちろん。今日は何も無かった。というか、毎日何もない。

 俺は相棒を見やる。相棒はストロングを飲み干してフラフラだ。

 …このまま放っといたら寝るな、コイツ。

 相棒は川原沿いの植え込みに座り込んでしまう。

 俺はそれを止めるべきだったのだが。家に帰りたくない気持ちのせいで止め損ねちまった。

 

 俺は相棒の側に座って。

 リトルシガーを吸って。

 どうにもならない自分の人生を思って。

 那珂川をただ見やる。

 汚え川にネオンが煌めく。

 その底には福岡の欲が渦巻いていて。

 でも俺達は何もしてなくて。

 ああ、人生、何処で間違えちまったのかな、って思う。

 相棒はイビキをかき始めて。

 俺は一人ぼっちになっちまう。

 空を見上げれば、星は見えやしない。

 汚えネオンがかき消してしまっているのだ。

 そんな中でどう希望を抱けってんだ?

 

 スマホを見れば、もう25時を回っていて。

 俺はこのまま完徹をキメるしかありゃしねえ。

 汚え那珂川と博多川に挟まれたこの公園でただ一人。

 いや、相棒は居るけどさ。

 

 

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『汚え川に挟まれた公園で』 小田舵木 @odakajiki

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