宿題と死の覚悟
始業式の翌日、私は普通に朝会を迎えていた。クラスのみんなは最初は静かにしていた。さすがに昨日の今日で約束を反故にするアホウは居なかった。だが、所詮子供である。算数の授業が始まった時、それは起こった。
女生徒の一人がヒソヒソと隣の生徒(委員長ちゃん)に話しかけ始めたのだ。
内容は聞こえなかったが、どうやら授業の内容が分からずに聞いているみたいだった。委員長ちゃんにノートを見せてもらいつつ話し始めた。
「授業中に何を話している!俺の話を聞きたくないってか?昨日約束したよな?静かに話を聞くって!あれは嘘だったのか!?昨日の今日だぞ!」
暴君は激怒していた。無理もない静かにすると約束した次の日にヒソヒソ話を始めたのだ。怒りたくもなるだろう。怒られた女生徒はビックリして固まっていた。
「何を話していた!」
暴君は怒りの感情を抑える事も無く威圧的に言った。女生徒は恐怖で固まって話せない。
「何を話していたか聞いているんだ!答えろ!」
女生徒はビクッと震えた後、しどろもどろになりながら話し始めた。
「あの、授業で分からない事があったので聞いていました」
「なぜ先生に聞かない!委員長の方が先生よりも勉強が出来ると思っているのか?」
「いいえ!違います!」
「なら何で先生に聞かないんだ!」
「えっと、授業を止めるとまずいと思って……」
「そういう時は手を上げて質問すればいいだろう。なんでしないんだ?」
暴君の言っている事は正しい。言い方は間違っているが正論だ。
「授業を止めるのは悪い事だと思っていました」
「何も悪い事じゃない。分からない事があったら聞けばいい。その為に先生は居るんだから、遠慮なんかするな」
「分かりました」
「それで、どこが分からなかったんだ?」
暴君は、その子の為に授業の説明を繰り返した。だが、その子が分からない所は授業でやっている所ではなく、掛け算とか割り算とか根本的な所が理解できていなかった。
「そうか、それは3年生で習う内容だな。よし分かった。授業が終わった後で教えてやるから、それまで待って居なさい」
暴君は厳しいが優しい一面もあった。授業が終わった後、休憩時間にその子に熱心に指導していた。そう完全な悪人では無いのだ。そこが暴君のたちの悪い所である。完全な善意で怒りの感情をぶつけてきていたのだ。
その後の授業は平穏に終わった。そして、その日宿題が出た。今日習った算数の問題と国語で習った漢字10文字を10回書くだけの宿題だ。解くのは簡単だし10分程度で出来る内容だった。
私は家に帰ると、宿題をやらずにゲームを始めた。親が帰ってくるとゲームは禁止になる。そうなる前に出来るだけ長くゲームで遊びたかった。だから、宿題はいつも後回しにしていた。
そして、この日、私は宿題をやらないままたくさん遊び、夕飯を食べてテレビを見て眠った。
翌朝、宿題の提出を求められて私は正直に言った。
「宿題するのを忘れました」
暴君は激怒した。
「何でやらなかった!」
「忘れていました」
「何で忘れたんだ」
「他の事をしていて忘れました」
「何をしていた!」
「ゲームをしていました」
「ゲームばかりしていると馬鹿になるぞ、宿題は先にやれ!良いな!」
「はい!」
こうして私は心から反省し、この日も宿題をやらずに寝た。
次の日
「宿題を忘れました」
「白井!またやらなかったのか!」
暴君は激怒した。
「はい」
「昨日、約束したよな、帰ったらすぐにやるって!」
「はい」
「なんで守れなかった!」
「ゲームをしていました」
「お前はバカか!」
くすくすとクラスメートの笑う声が聞こえた。ふむ、うけたらしい。私は、ギャグのつもりで言った訳ではないが、他の生徒からしたらコントの様に見えたのだろう。当時ドリフターズが流行っていた。さしずめ私は志村けんで暴君はいかりや長介に見えたのかもしれない。
「何がおかしい!」
暴君は怒ったので、生徒たちは静かにしていたが、そのセリフもいかりや長介の決め台詞だった。みんな、笑いを押し殺して肩を震わせて耐えていた。
「白井、お前が忘れると言うのなら、帰る前に宿題をしていきなさい。バスが来るまでの間、時間はあるだろう?先生も付き合ってやる」
私はバス通学をしていた。確かに、バスの時間までに宿題をする事は可能だった。
「はい」
その日の放課後、私ともう一人、同じように宿題をしない子が残され暴君が見ている場所で宿題をした。私は難なく問題を解いたが、もう一人は色々間違っているのか、暴君が優しく間違いを指摘し、問題の解き方を教えていた。
私が「終わりました」というと暴君は「見せてみろ」と言うのでプリントを渡した。
「よく出来ている。白井、お前は頭が良い。問題も10分で解いている。宿題なんて簡単だろう?明日から一人でもちゃんと出来るよな?」
「はい」
「なんで宿題をやらないんだ?」
「だって、面倒だし面白くない。宿題って先生が授業で習った事を理解しているか確認するために出しているんでしょ?僕はちゃんと理解しているし、漢字も練習しなくても出来るよ」
「お前は頭が良いな、でもな白井。他の生徒は違うんだ。お前が宿題をやらない事で他の生徒もしなくなったら、その子が後で苦しむ事になるんだ。だから、面倒でも宿題をやってくれ。お前なら分かるだろう?」
「はい」
こうして、私は宿題をバスが来る前にやる事になったのだが三日坊主で終わった。理由は実に子供らしいものだった。
放課後に宿題をやっている時に、同じバスで帰っているクラスメイトに体育館で遊ぶことに誘われたのだ。最初は断っていたのだが、ゲーム以外の遊びも好きだった私は、その誘惑に負けてしまった。
家に帰ってからやればいい。そう思ってやらずに帰った。そして、私は宿題をしなかった。
翌日、やはり怒られた。
「白井、何でだ?どうして先生の言ったとおりに出来ない」
「分かりません」
本当は分かっていた。そもそも先生が怒っても私は恐怖を感じていない。死の恐怖を3歳の時に経験してから、私に怖いものは無くなっていた。3歳にして私は明日死ぬかもしれない。そう思って生きていた。
なので宿題というつまらない事をするよりもクラスメイトと遊び、ゲームを楽しみ、テレビを見て笑って居る時間の方が大切だった。
いつ終わるか分からない人生。嫌な事をして生きている時間は無駄でしかない。怒られはするが、それは遊んだりゲームをしたりテレビを見る事が出来ない時間の中で行われる事なのだ。
宿題を忘れる事で怒られる事に関して私にとってデメリットが無いのだ。
だが、それを説明しても先生は理解してくれない事も分かっていた。だから、分からないと言った。
「分かった。だが、宿題はちゃんとしてもらうぞ。休憩時間にやって提出しなさい」
「はい」
私は、休憩時間に宿題をやって提出した。
「10分で出来る事を何でやれないんだ」
先生は本当に不思議そうに私に聞いた。
「さあ」
私も本当に困った顔で答えた。なぜなら、私の結論は間違っておらず。先生の言う事も正しいからだ。妥協案として、私は毎日こっぴどく怒られる事を受け入れ、逃げる事無く泣き出しもせず「ごめんなさい」と謝る日々。
私が見せしめになっているのか、宿題をやらない子は減っていた。
そして、私は毎朝、肩身が狭い思いをしつつも毎日、宿題を忘れ続けた。
===カグヤとアマテラスとツクヨミ===
「やっぱり、ツクヨミのやり方にはなじめないわね」
私は、ゲームからログアウトしてため息を吐いた。
「そういうあなたも頑固よね~。宿題ぐらいすればいいのに」
アマテラスは茶化すように言った。
「アマテラスだって、同じ状況なら宿題なんてしないくせに」
「私は自分が頑固じゃないと言っていないわよ。ちゃんとあなたもって、言ってるからね」
アマテラスは嬉しそうに言った。
「勉強はツクヨミが得意で、便利なものを生み出すのには役立つけど、厳しすぎて疲れるし楽しく無い。やりたいやつが頑張ればいいのに不公平だと言って私のような遊び人にまで学問を強要してくる」
「でも、ツクヨミの気持ちも分かる。苦労して生み出した文明の利器を私たちの様な努力しない生き方をしている人たちが何の苦労もしないで恩恵を受けるのが許せないのよね」
アマテラスが言うと私の部屋にツクヨミが入ってきた。眼鏡をかけた中性的な美男子だった。そして、私たちの会話に入ってきた。
「それが分かっているのなら、少しは苦労して欲しいですね」
「苦手な事に時間を費やすのは無駄だと思うから、それはしないけど別の方法で報いているじゃない」
アマテラスはツクヨミに言い返した。
「歌と踊りですか……。あんなもの……」
ツクヨミが『あんなもの』と言った瞬間、アマテラスの表情が変わったので、私が割って入った。
「ツクヨミ。データ採取に来ただけなら、それだけをして帰って、ここで議論はしないでね」
「カグヤ……。分かったよ。じゃあね。姉さん」
アマテラスは私の意図を汲んで、黙っていた。
「……」
アマテラスにとって歌と踊りは人と人とを結ぶ平和のツールであり、神聖なものであり、全人類を救うための大切なモノだった。それを侮辱される事は許せなかったのだ。私も歌と踊りは好きだ。だから、ツクヨミの言う事には怒りを覚える。だが、ここで喧嘩をしても何も生まれない。互いに正しいと思っている事が違うのだから、互いを説得する時間は無意味だ。
なぜなら、どちらも正しく、どちらも間違っているからだ。
正しさは証明するものではなく、自分の中で矛盾なく完結していれば良い問題なのだ。相手を打ち負かす必要は無い。だから議論したり戦ったりせずに距離を置くのが正解なのだ。
西暦2025年救世主 絶華望(たちばなのぞむ) @nozomu_tatibana
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