暴君との出会い

 私は10歳になっていた。小学四年生となり、担任の教師が代わった。そして、私は衝撃を受けた。今までは優しい女性の教師が担任だったのだが、新しい教師は男性で一言で言えば暴君だった。


 最初の顔合わせ新学期の自己紹介で暴君は言った。

「私が担任の……」

 私の同級生は騒がしかった。ほとんど自己紹介を聞いていない。私は、聞いていたが、半分以上は好き勝手に隣の生徒と会話していた。バンという大きな音が鳴った。ビックリして静まり返る教室。

「せ・ん・せ・いが話しているのになんだ!その態度は~~~~~!!!!」

 怒声が響き渡る。

「自己紹介も!聞きたくないってか!!!」

 全員下を向いていた。私は他人事のようにそれを見ていた。私は静かに聞いていたのだから関係ないと思っていた。

「僕は先生の自己紹介聞いていたし、続きを聞きたいと思います」

 誰も発言しない中、私は至極真っ当な事を言ったと思う。


「そうか、ありがとう。君の名は?」

「白井アニです」

「白井、君は聞いていたかもしれない。だが、ほとんどの者は私の話を聞かなかった。それに、そういう子を注意する者も居なかった。お前も同罪だぞ白井!」

 どうやら、この先生は江戸時代のルールで生きているらしい。今時連座制を持ち出すとは恐れ入った。ちなみに、この知識は時代劇から得たものだった。授業では習っていない。


 朝の会でいきなり怒鳴られたのはこれが初めてだった。前の先生も怒る事はあったが、ここまでの怒りをぶつけてきたのは暴君が初めてだった。

「いいか!私が担任になったからに容赦しない!今日からこのクラスは軍隊だ!上官の命令は絶対!クラスの誰かの失敗はみんなの失敗だ!みんなで助け合って良いクラスにするんだ!分かったか!」

 みんな戸惑っていた。いきなり軍隊式の教育が始まったのだ。小学四年生にして軍隊教育を受ける事になったのだ。今までは私語を注意される事があっても、それはその子の問題で、クラス全員の問題ではなかった。


 なので、注意を受ける子は大体決まっていたし、真面目な子は静かに授業を聞いていた。それがこの日一変したのだ。だが、我がクラスメイトは問題児が多かった。

「先生、軍隊って何?」

 私は意味を知っていた。だが、質問した彼は分からなかったようだ。

「軍隊と言うのは他国と戦うための兵士だ」

「兵士って何?」

 言っておくが、彼は本当にモノを知らない生徒だった。困らせる為に言っている訳ではない。

「兵士って言うのは戦う人の事だ」

「なんで戦うの?誰と?」

 他のクラスメイトがクスクスと笑い出した。

「もう良い!後で自分で調べろ!」

 そう言って、バンと机を叩いて、質問を封じた。さすがに質問した空気の読めない彼も黙った。

「なんで私の話を静かに聞けなかった?言ってみろ、そこのお前、名前は?」

 暴君は女生徒の一人を指さして尋問を始めた。

「山田です」

「山田、なんで私の話を黙って聞かなかった」

「昨日のテレビが面白かったので、隣の鈴木さんとお話してました」

「それは先生の自己紹介よりも大事な事か?」

「いいえ」

「休み時間に話せばいい事だよな?」

「はい」

「なんで、先生の自己紹介を聞かずに話していたんだ?」

「その……。ごめんなさい!」

「ごまかすな!お前は俺をなめてるだろう!」

「違います!」

「何が違う!言ってみろ!」

「私は先生を尊敬しています」

「嘘を言うな!尊敬していたら自己紹介をちゃんと聞くはずだ!俺をなめてるから自分がしたい話を隣の生徒としていたんだろうが!!!」

 暴君の言う事にも一理ある。先生をなめているから自分を優先する。そういう一面もあるのかもしれない。だが、小学四年生に自制心がどれだけあるのか?そもそも自制心が無いから教育を受けているとも言える。

 私は生まれつき自制心が高かった。親の言い付けは良く守ったし、先生の言う事にも素直に従ってきた。ある一つを除いてだが……。私は、それに関する自制心を持っていなかった。

 なので、私も自分の欲望に忠実な自制心を持たない子供だったのだが、暴君にはそれが許せないらしい。

 この日、自制心を持たない子供に自制心を持たせるための教育が始まった。暴君は自分の仕事を全うするために、全力を尽くすことにしたのだろう。初日から前例のない事をやってのけた。


 朝会の後は始業式が始まるのだが、先生の説教は続いていた。それをみかねて生徒の一人が意見を具申した。

「先生、始業式が始まる時間です」

「それがどうした?俺の説教よりも大事なものが有るのか!そもそもお前らが静かに話を聞かなかったせいだろうが!!!」

 誰も暴君に反論できなかった。

「お前たちは出来損ないだ!始業式に出る資格も無い!ここで反省していろ!」

 そう言って暴君は教室を出て行った。教頭か校長に許可を取りに行ったと思う。静まり返る教室内で、私は暴君がどうして欲しいのか考察してみた。結果は、自発的に反省し謝罪すれば満足するのでは?と考えてクラスメイトに提案した。

「みんなで謝りに行ったら許してくれるんじゃない?」

 私が言うと他の者が反論した。

「いや、でも先生はここで反省していろって言ったよ?」

 そういう考えもある。でも、それではダメなのだ。言われた通りにしていれば良いという問題ではない。先生が求めているのは反省だ。だが、クラスメイトにはそれが分かっていない。

 そもそもさっきまで先生の言う事を聞かずに好き放題していたのに、怒られた後だけ命令に従うと言うのは反省していない証拠なのだ。先生の話を聞く、なぜ聞く必要があるのか?それは授業だからだ。

 先生は私たちに教えたい事があるから話しているのだ。黙って聞くのは当たり前の事だ。それが出来ていないから怒られている。私はそれを理解していたし納得もしていたから黙って聞いていた。

「そうだけど、始業式が終わるまで待っているの?みんなが来ないなら僕だけで行くよ?」

 私は群れて行動するのが苦手だった。普通は友達を作り一緒に遊ぶのだろうが、私は友達を作らずに一人で遊ぶことが楽しかった。そして、自分が正しいと思ったら一人でもそれを実行する。そういう人間だった。さらに、自分が正しいと思っても賛同が得られなければ、その正義を他人に押し付けることはしなかった。そんな私の問いかけに一人だけ応えた。

「私は一緒に行く」

 声を上げたのはクラスで委員長的な存在の女生徒だった。以後、彼女の事は『委員長ちゃん』と呼ぶ。真面目な彼女が私に賛同して事で、クラスはざわめいた。

「止めなよ怒られるよ?」

「待っていても怒られるし、行っても怒られると思う。だったら私は白井君と一緒に行ってみる。怒られる時間が短くなるかもしれないから」

 彼女は賢かった。動機は違うが、待っていても状況は変わらない事を知っていた。他に賛同者は居なかった。私と彼女は始業式が始まっているであろう体育館に行った。そこには暴君も居た。

 私と彼女は暴君に歩み寄った。そんな私たちを見て暴君は腕を組んで威圧的に言った。

「何しに来た。参加する許可は出していないぞ」

 校長も教頭も他の先生も何も言わなかった。たぶん、暴君のする事を肯定したのだと思う。私のクラスは問題児が多く、授業中に騒ぐし注意してもなかなか静かにならない。だから、暴君のやり方が認められたのだろう。

 一緒に来た委員長ちゃんは震えあがっていた。だが、私は平然としていた。なぜ、平然としていたかだが、我が家にはもっと怖い存在が居た。それは祖父だった。私と弟は、ゲームのプレイ時間でよく喧嘩していた。そんな時、一度だけ祖父が本気で怒ったのだ。

 その時の剣幕に比べれば暴君の怒りは恐れるに値しなかった。だから、私は堂々と言った。

「先生、授業中騒いでごめんなさい。それに、騒いでいる人たちに注意しなくてごめんなさい」

「白井、それは誰かに言われて言っているのか?自分で考えて言っているのか?」

 暴君は驚いた顔で聞いてきた。

「自分で考えました」

 そう言うと暴君は優しい顔をした。

「そうか、偉いぞ。でも、お前だけが反省したとしてもクラスを式に参加させるわけにはいかない。他のみんなは反省していないんだからな」

 暴君がそう言うと、私は納得したので「分かりました」と言った。だが、ここで委員長ちゃんが話し出した。

「みんなを説得します。反省させます。先生が話している時は騒がないように約束させます」

「本当に出来るのか?」

「はい」

「分かった。全員が反省し約束したのなら体育館に来なさい。ちゃんと整列してだぞ?」

「はい。ありがとうございます」

 私は諦めて受け入れたが、委員長ちゃんは解決策を見つけて暴君に提案し、受け入れられた。ここら辺が、リーダーになれる人間か、そうではなく隠者になる人間かの選択の違いなのだろう。

 私はクラスメイトがこの後、反省をして、静かになる姿を想像できなかったし、たぶんすぐに約束は反故にされる事を知っていた。今までもそうだったのだから、今日この日から変わるなんて信じる事が出来ないし先生に保証も出来ない。


 だから、私は何も言えなかったのだ。


 他の生徒が静かにするかどうかは本人が決める事で私が決める事は出来ない。そんな事を約束しても責任が取れない。きっと先生に嘘を吐くことになる。だから、忠告だけする事にした。

「委員長ちゃん。やっぱり無理ですって先生に言わない?あいつら絶対約束守らずに騒ぐよ?」

「じゃあ、どうしたら良いの?このまま始業式に出ないの?私は嫌!こんなの恥ずかしい!」

「え?なんで?」

 私には理解できなかった。何が恥ずかしいのか?

「みんな始業式に出ているのに私たちだけ参加できないって恥ずかしいと思わないの?」

 私は1ミリも共感できなかった。だって、事実不良クラスなんだし、罰を受けるべきだと考えたからだ。だが、委員長ちゃんは違っていた。気にしていたのは他人からの評価だった。私は、そんなものはどうでも良いと知っていた。他人の目を気にしたら楽しい事が出来なくなる。だから、私は他人の目を気にして何かをする事は無かった。

 クラスに戻り委員長ちゃんがみんなを説得し、体育館に入っていった。こうして始業式を無事に終了し、その後で昼会が行われ改めて先生からの自己紹介とクラスの出席がとられた。この昼会ではみんな静かにしていた。そして、その日は半日授業だったので解散となった。


 これが小学四年、私の人生の中で重要な意味を持つ10歳の時に経験した暴君との忘れられない1年間の始まりだった。


===カグヤとアメノミナカヌシ===


「アメノ、これはどういうイベントなの?目的が見えないんだけど?」

「伏線の一つだよ。『自分がされて嫌な事は他人にしない』の始まりだよ」

「あのさ~。普通の子供だったらPTSD発症するレベルの恐怖体験だと思うんだけど?」

「大丈夫だよ。君を含めてあのクラスに、あの教師に負ける子は居ない」

「まあ、問題児が集まったようなクラスだもんね~。同級生を見て、まともな奴が片手で数えるしかいないという悲しい事実……」

「君を含めてねwww」

「私のどこが問題児だ!と言いたいところだけど否定できない……」

「今日はしおらしいね。珍しい」

 アメノは驚いた表情をして私を見ていた。

「いつも怒っている訳じゃないわよ。今回のイベントは、珍しく死人も出ないみたいだし、まあ平和なイベントよね」

「でも難易度は高いんだよ?」

「そう?何も問題ないように思えるけど」

「まあ1年後を楽しみにしていなよ。答えが分かるから」

「ふ~ん」

 この時、私は1年後どうなるか分かっていなかった。同級生が、どのような状態で私が何を克服し、同年代の子供と何が違っていたのか、後から分かる事になる。私は自分が他人と考え方が違う事を全く認識していなかった。

「それにしてもカグヤは本当に良いね。クラスの全員が動かない中、一人でも正しい選択し実行に移せる。本当にすごい胆力だよ!勇者みたいだった」

「まあ、魂は悟りを開いているからね。それに、家に置いてあった『釈迦の遺言』って本、すでに読んでいるし……」

「さすがカグヤだね」

「いや、あれは仕込みでしょ?普通の家に『釈迦の遺言』なんておいてる訳がない」

「バレたか、アレを読んでいるのといないのとでは、人間の深みが違うからね。というか家にそんな本があっても普通は興味を持たないよ。君が特別だから気が付いた事だよ」

「小学生が読む本じゃないのは確かだけど、感情の出どころは全て自分だという悟りを得ることが出来た。これを悟っちゃうと他人のせいに出来なくなるし、何より感情をコントロールできるようになるから判断を間違える事が無くなる」

「救世主らしくなってきたね」

 アメノはニヤニヤしながら私を見ていた。こういう時は、何かある。絶対に罠がしかけて有る。救世主に成るのが目的だが、その過程でとんでもない選択肢を用意している時の顔だ。

「何か仕掛けている顔ね」

「この先の展開を聞きたい?」

「いいえ。やめておくわ。先を知ったら面白くない」

 難易度は高いが、物語は面白いのだ。だから楽しむために私はソロでプレイしている。難易度が上がるのが難点だが、それでも楽しくゲームを楽しみたいのだ。

「ちなみに、暴君はツクヨミの声を聞いているの?」

 ツクヨミはアマテラスの弟にして裁きの神『閻魔大王』『YHWH』『八幡』『シヴァ』などの名を持つ美青年だ。アマテラスが精神的豊かさをもたらす神なら、ツクヨミは物質的な豊かさをもたらす神だった。この設定はゲーム内でのことである。

 だが、性格は自分にも他人にも厳しかった。ゆえにアマテラスとの喧嘩が絶えないので、今はアマテラスと別居している。もちろん私とも性格が合わない。暴君役の振る舞いはツクヨミのやり方だった。

「いいや、彼は聞いていないよ。まだ、そこまでの悟りを得ていないからね」

「ふ~ん。でも、加護は貰っているでしょ?ツクヨミが好きそうなやり方だし」

「そうだね。加護はあるけど、好かれてはいないよ」

「なるほどね。自分に甘く他人に厳しいタイプか」

「ご名答、まあそのうちボロを出すから楽しみにしてると良いよ」

 なるほど、物語として面白くなりそうだ。私が勇者で彼が魔王という構図なのだ。しかし、暴力で勝つのは私のやり方ではない。見本を見せて説得する。それが私なりの魔王の倒し方だった。

 暴力によって魔王を倒した時、勇者は新たな魔王と成る。暴力によって暴力を解決するという事は暴力の肯定でしかない。暴力を否定するのなら愛で応えるしかないのだ。それを理想論という者は、結局暴力的な人間なのだ。

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