1話 謎の存在

暴虐愚行ぼうぎゃくぐこうな人間により淘汰されてしまった種の命よ。 かの転生者に力を授けるのです≫


ピヨピヨ。

小鳥のさえずりが聞こえる。

その鳴き声によって俺は目を覚ます。

あの後、どうなったんだ?


黒装束にお腹を貫かれ、その後に顔を……

その先のことは嫌でも思い出したくなかった。

もしかして、あの状況から助かったのか。

何より命が無事でよかった。


ここはどこだ……?

おそらく病院なことに間違いはないのだが、俺の知っている雰囲気ではなく戸惑っていた。

普通、病院の部屋って白色で統一されているような感じだよな。

だが、俺の視界に広がるのは綺麗に詰められた木材の天井にキラキラ輝くシャンデリアが吊るされていた。

ここ数年行かないうちに進化したのか。

カメラ映えしそうで若者に人気が出そうな部屋だな。

そんな馬鹿なことを言っている場合ではない。

とりあえず、あの一件からどれくらい意識を失っていたのかカレンダーでも見よう。

横になった状態から起き上がろうとしてみたが……身体がビクとも起き上がらない。

あれ? 俺の身体は石にでもなってしまったのか?

しばらく寝たきりだったせいで、筋肉が凝り固まっているに違いない。

よし諦めずにもう一度挑戦してみるが……駄目だ、全然起き上がる気配がない。

もしかすると、ナイフが身体を貫通したせいで神経が壊死してしまったのかもな。

しかし、あんな大怪我を負ったというのに痛みを1ミリも感じない。

その事に疑問を抱く。

そうだ、お腹と顔を触ってみよう。

ナイフで貫かれたのなら、必ず傷跡が残っているはずだ。

顔からお腹と上から撫でるように触ってみたが、跡のようなものはなかった。

むしろ、肌が若返ったのか赤子のようにスベスベでモチモチだった。


「——どうする?」


と、何やら会話が聞こえた。

その声が聞こえると、こちらに足音が近づいているのが分かった。

おそらく、俺の怪我を治療してくれたお医者さんだろうな。


「なら、二人の名前の頭文字を取って”メテ”がいいんじゃないか?」

「確かに良い名前だわ。 この子の名前はメテにしましょう!」


視界に入ってきたのは綺麗な女性と男性だった。

二人はとても嬉しそうに子供の名前を考えていた。


「これからよろしくね、メテ」


そう言って、女性は俺を抱いて持ち上げてきた。

はあ……!?な、なんで成人男性の俺を軽々持ち上げることができるんだ!?

いくら女性といえど、約70キロを持ち上げるのは辛いはずだ。

しかし、彼女は自分の頭よりも高く持ち上げていた。

ちょ、ちょっと待て。

最悪なことに気付いてしまったかもしれない。

今、女性は俺の目を見て”メテ”と言っていた。

俺には”氷煉ひょうれんシロア”という両親から付けてもらった名前が既にある。

あの時、俺は手持ちに財布とスマホを所持していた。

財布の中には運転免許証や保険証を入れていたので、自分の生年月日や名前は確認できるはずだ。

その時、嫌な予感がした。

以前、麗と一緒にファンタジーもののアニメを彼女の家で一気見したことがあった。

そのアニメの主人公は不幸にも交通事故で命を落とし、異世界に転生していた。

最初は主人公も自分が命を落としたことに気付いていなかったが、見知らぬ男女、見覚えのない部屋といった情報から自分が異世界に転生したのだと確信していた。

気のせいかもしれなが、自分が置かれているこの状況。

どことなく似ているような。

いやいや……そんなはずはない。だって、転生という現象が起きるのはアニメや映画といった空想の世界だけ……

頭では分かっていても、どうしても不安を拭うことはできなかった。

そういう考えが思い浮かんでしまった以上、その可能性を排除できなくなったからだ。


≪目が覚めたのですね≫


突然、俺の脳裏に凛とした声が響いた。

そういえば、目を覚ます前にも同じような声が聞こえた。

なぜ二人は反応していない。

もしかして、この声は俺にしか聞こえていないのだろうか。


≪その通りです≫


何も言っていないのに、その声の主は答えてきた。

考えていることも読み取れるのか。

まさに人間という枠を超えた存在だな。

一体、何者なんだ?


≪主は異世界に転生したのです≫


ふぇ?

う、嘘ですよね?

異世界に転生したって?

絶対に俺はその言葉を信じない。

だって、初めて話かけてきた人にそんな事を言われても信憑性がない。

本当に俺が転生したのなら、その証拠を見せてもらおうではないか。


≪”メテ”と呼ばれたことが何よりの証拠になると思いませんか?≫


即答で核心を突かれた。

こいつ随分と頭が切れる。

ま、まあ俺は最初から分かっていたけどな。

あの発言を信じなかったのは、あくまで主観だけで物事を判断するのは如何なものかと思ったからだ。


≪そんなに強気な姿勢で恥ずかしくないのでしょうか?≫


うるせえ!

正直、物凄く恥ずかしい。

でも、正論を認めて自分が負けるのが癪だったのだ。

それにしても、どこの馬の骨ともわからないやつに煽られるのは腹が立つな。


≪コホン、少し無駄な会話をしてしまったせいで時間が無くなってしまいました。では、本題に入りましょう≫


まるで俺が悪いみたいな言い方はやめてほしいものだ。


≪単刀直入に申します。あなたは、この腐り果てた世界を変えるのです≫


なんで命令口調なんだ?

それに何を言っているのか意味が分からない。

腐り果てた世界を変える?

おそらく、そんな力を俺が持っていると勘違いしているのだろう。

残念ですけど……その期待に応えれそうにないので他を当たってください。


≪いえ、これはあなたの使命です。 わざわざ能力を使用してまで、あなたを転生させてあげたのです。 私に大きな借りを作った分、それを清算するのが大人ではないのですか?≫


別に、俺は「転生させてください」と頼んだわけではないのだが。

こっちからしてみれば、俺が勝手に借りを作ったみたいにされている。

迷惑な話だ。

しかし、わざわざ俺を転生させる必要があったのだろうか?

この声の主の目的である”腐り果てた世界を変えること”。

なぜ、その目的を俺に使命として与える必要がある?

本当に転生させる能力を持っているのなら、他にも多くの人を転生させるべきである。

その方が目的を達成できる可能性を格段に上げることができる。

それとも、転生させる人数には限りがあるのか。

というか、俺が考えていても仕方がない。

それに言われたように、きちんと借りは返さないとな。


≪ありがとうございます。 では、この使命を達成できた暁には氷煉ひょうれんシロア、あなたを前世の世界に戻すことを約束しましょう≫


まんまと俺は手のひらで転がされていたわけか。

使命や借りがあるとか御託を並べておいて、もし断られたらその条件をエサにするつもりだったのだろう。

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ダークヒーローとして 大木功矢 @Xx_sora_xX

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