ダークヒーローとして
大木功矢
プロローグ 不運な死~新たな人生~
数字に囚われた生きにくい人生。
名門大学を卒業して世界でも名が知れている有名なIT企業に勤めている24歳。
この24年間、俺は数字を追い求めて生きてきた。
偏差値、テストの点数、年収など数字が高ければ高いほど相対的に評価は高くなる。
人間の優劣は数字では測れないというのに。
しかし、この世の中に生きている人間はほとんどが数字に囚われている。
数字で競い、自分より劣等な人間なのか判断する。
非情に醜いものであり、本当に生きにくいものだ。
「久しぶりね。シロア」
手を振りながらこちらに走って向かってくるスタイルの良い女性。
自分の彼女の
たまたま今日は休みの日が同じだったので一緒に過ごそうと向こうが提案してきたのだ。しかし、俺はあまり乗り気ではなかった。
幼馴染でもあり世間が注目している大人気女優の麗。
まだ世間には交際していることを彼女が所属している事務所は発表しておらず、万が一にでも二人でいるところを第三者が目撃してしまえば仕事に支障がでてしまうからだ。
「今日はどこに行くんだ?」
今日の予定は麗が内緒で決めたと言っていた。
何が必要なのか分からなかったので、俺は最低限のスマホと財布しか持ってきていなかった。
最悪、車が必要な場合は家が近いので何とかなる。
「まずは、私が主演を務めている映画を観に行こう!」
麗は右手を高く突き上げる。
帽子にサングラス、マスクをしているので身バレする可能性は低いが周囲からの視線が痛い。
俺は彼女の手首を掴み、今すぐ下げるように注意する。
「けど、いいのか? 麗は映画の結末を分かっているだろ。 それなら二人とも知らない映画を観た方が楽しめると思うぞ」
「まあいいの、ほらほら早く。 今日は大事な一日なんだから!」
そう言って、彼女は俺の手を握る。
季節は冬だったので、やけに温もりを感じる。
いや、恋人だから補正がかかっているのかもしれない。
そして、俺は彼女に引っ張られながら映画館へと向かった。
「いやーー我ながら面白かったね!」
「何様だ」
俺は彼女の頭に手刀を落とす。
「何をするんだ、貴様ーー!」
と言いながら、頭を両手で抑える。
少し強くやりすぎてしまったな。
その様子を見て、俺は笑みを浮かべる。
「どうだった、私の演技?」
「上手だよ。数年前の大根役者の時代を思い出すと、随分と進化したね」
懐かしいな。俺が麗と付き合い始めたのは大学2年生の時だった。
彼女は大学に通いながら女優業の道を目指しており、傍から見ても多忙な日々を送っていた。
それに対し、俺は勉強漬けの毎日。
年収2000万円のIT企業から推薦を勝ち取るために、俺は勉強に打ち込んでいたのだ。
そんなある日のこと。
熱力学の講義を受けていた時だった。
「あの、ここ教えてもらっていいですか?」
「は、はい」
突然、右隣に座っていた麗が話しかけてきた。
それが彼女との出会いだった。
目の下には見て分かるほどのクマができており、十分に睡眠を取れていないことは一目で分かった。
「だから、こうなるって感じ」
「すぅー、すぅー」
親切に教えてあげていたというのに、彼女は寝息を立てていた。
無駄な労力を使わるなよ。
というか、そっちだぞ教えてと頼んできたのは……
まさかの彼女の対応に腹を立てた俺は。
「おい、何寝ているんだよ!」
耳元で目を覚ますために怒鳴ると、あまりにも教室に響いてしまった。
やばい、これは絶対に叱られる。
「そこ静かにしなさい!」
案の定、俺は教授に怒られてしまった。
最初の麗の印象はマイナスでしかなかった。
それが今では恋人の関係になっているなんて、当時の自分に言っても信じてくれないだろうな。
「ねえ聞いてる? ほら、次は公園行くよ」
「分かったよ」
映画館から出て、俺たちは近くの公園に着いた。
彼女は小さく折りたたんでいたブルーシートを鞄から取り出して地面に広げた。
冬にピクニック……何とも言えない気分だ。
「じゃーん! 麗ちゃん特製弁当です」
麗は弁当箱を開けると、彩り鮮やかな弁当が顔を出す。
一段目にはタコさんウインナーに卵焼き、そして俺の大好物のミートボール。
二段目にはレタスとハムが挟んであるサンドイッチ。
あまり料理をしない麗なのに、今日は一段と頑張ってきたのが伝わる。
「いつもありがとう、麗。それじゃあ、いただきます」
日頃からの感謝を伝え、俺はサンドイッチを手に取ろうとした時。
「誰か助けてください!」
「早く警察を呼んでください!」
突然、大きな叫び声が聞こえてきた。
何だ?一体、何が起きている?
と、俺は周囲を見渡すと――複数の黒装束が街中の人たちをすれ違いざまに殺していた。
刃渡りが長いナイフを両手に持ち、相手の首を斬り落としている。
黒装束たちは段々とこちらに近づいていた。
公園で遊んでいた子供も関係なく、次々と殺している。
あれは人間ではない。ただの悪魔だ。
「麗、早く逃げろ……」
「え、シロアも一緒に来るんだよね?」
心配そうな顔で麗は聞いてきた。
一緒に逃げてやりたい気持ちは山々だが。
「いや、俺はあの子供を助けてからそっちに行く」
恐怖によって足が動かないのか、ブランコの近くで子供が立ち止まっていた。
あの子供を見捨ててまで、俺は逃げることはできない。
仮に逃げれたとしても、俺は一生の罪悪感を背負って生きなければならない。
そんなのはごめんだ。
ただでさえ、俺は何の目標もなく人生を過ごしてきた。
数字に縛られ、自分が高く評価されるためだけに努力してきた。
今日くらいかっこつけさせてくれ。
自分も恐怖で身体が支配されていたが、それに臆することなく全速力で子供の元へと走って向かう。
「絶対に無事で戻ってくるんだよ!」
「ああ」
これで彼女の無事も確実になった。
他人のために自分を犠牲するなんて、昔の俺は考えもしなかっただろうな。
こんな自分になれたのは、麗のおかげだろうな。
彼女が自分に尽くす愛情、笑顔で接してくれる優しさ、それらの感情に心打たれ俺は変えられた。
「大丈夫、逃げれる?」
「う、うん。でも、お母さんが……」
そう言って、子供が指差す方向を見ると、真っ赤に染まった地面に女性が一人倒れていた。
殺されてしまったのか。
「とりあえず、早くこの場から逃げよう。 自分の大事な人が警察を呼んでくれているから、今はこの場から離れよう」
「分かった」
俺の言ったとおり、子供は麗がいる場所へと走っていった。
さて、ここからが問題だ。
どうやって、この危機的状況を打開するか。
もう目の前まで黒装束は来ていた。
しかし、まだ子供は遠くまで逃げることができていない。
多少は時間を稼がないと、あの子も殺されてしまう。
「随分とヒーローだね」
いきなり黒装束の先頭が喋りかけてきた。
「な、何が言いたい?」
これは好機である。
会話で出来るだけ時間を稼ぐんだ。
「ここにいる僕らはヒーローにはなれなかった人間なんだ」
「だから、人を殺したとでも?」
「正解。 僕たちみたいな最悪の人生を送っていない人間が憎くて仕方がなかったんだ」
「それは自分勝手がすぎないか」
こんなの暴論だ。
これで人を何人も殺しておいて誰が許すのか。
腐った性根の言葉に耳を傾けていても仕方がない。
それに子供を十分な距離までには逃がせた。
あとは、彼等の隙を見計らって逃げるだけだ。
「なにが自分勝手なんだ。この世の中は、評価を得ていない人間はゴミと同然のように扱われる。学歴や年収が低いといった理由から会社の採用や恋愛対象から除外される企業や人間のほうが自分勝手ではないのか?」
「それは企業が優秀な人材かを見定めるために設けている基準の一つだからだ」
これが苦し紛れに出した答えだった。
何故だ、彼らの意見が筋が通っているように感じるのは。
まるで大手企業から推薦を勝ち取るために勉学を勤しんでいた時の自分に似ている。
もしかすると、麗が俺と付き合ってくれたのは名門大学出身の人間だったからなのか。
あいつらの発言に影響されたのか、そんなことを考えていた。
「優秀な人材はどうやって見極める? その人を一目見ただけで優秀か劣等か判断できるのか?そんな訳がない。だから、数値でしか物事を判断することができない社会に僕たちが制裁を下すんだ。テレビで有名になれば全国に自分たちの意見を発信できるようになる。そして、この腐った世界を僕たちが正す」
「ヒーローになれなかったとか戯言を言うな、結局は自分たちのような最悪な人生を送っている人間を救うヒーローになりたいだけだろ」
「ふ、ふざけるな!」
どうやら図星だったのか、俺は一言余計なことを言ってしまったらしい。
彼等の隙を見て逃げ出すどころか、俺を殺すことに躍起にさせてしまったようだ。
一歩出遅れてしまい、たった一瞬で俺は間合いを詰められてしまった。
そしてブス!っと、刃渡りの長いナイフが俺のお腹を貫いた。
「これでお終いだ。 お前はそこらの人間とは違う殺し方をしてやる」
そう言って、黒装束はナイフを抜き、刃先を下にして俺の顔面に突き刺した。
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