whisper

石村まい

whisper

春の書架 うすいひかりにつらぬかれ翻訳は顔のないひとがする


果てしなくしずかなうみがほしかった右手にいつも栞を伏せて


まなうらに蝶がいるから惑わせて文字から文字へあかるむ庭を


脚よりも胸から奥へ吸われゆく紫檀の棚の囁くままに


半地下の闇のくぼみに冷やされた蔵書を肺の位置に抱える


泳ぐのにとても似ていた ときどきは表紙に触れて息深めつつ


ひとめくりごとゆるやかな稲光 なずきに沈む櫂の昏さへ


銅像のような時間をやめるときあなたが窓に向けるまばたき


理由なく相合傘を避けていて帰り道というながい平凡


腕から手へ血管あおく流れおち西瓜がふっと持ち上げられる


真夜中のあなたの聲はふかい壺 ことばの蜜をさらさら容れて


ワイングラスを傾けながら惑星のどこがもっとも乾いているか


求めてはならないものを呼ぶたびにわたしは黒い果実にされる


澱がこころを巡れば痛い 二人だけのあとがきになるとわかっていても


やぶりたての紙が熱くて手づかみの感情をだれに渡したらいい


捻じり直したキャンディチーズのセロファンの一瞬止まってからほどけだす


文鎮を風のない日に置くようにそれもあなたの正だと思う


アナナスの赤のつよさに近づけば雨にふるえる傷の具象だ


人を生み人をうしなうものがたりその終章の鍵がつやめく


いつかからだはまばゆい白に綴じられる初夏のあなたに読まれるために

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

whisper 石村まい @mainbun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画