三成と柿

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三成と柿

 慶長五(1600)年九月十五日、美濃不破郡関ヶ原において繰り広げられた天下分け目の大戦は、当日のうちに東軍を率いた徳川内府家康の勝利のもと終結した。


 破れた西軍を率いた実質的な総大将、近江佐和山城主・石田治部少輔じぶのしょう三成は、旧領であった近江伊香郡古橋村で地元の者に匿われ再起の時を見計らっていたものの、己の身を狙う東軍の追手からは逃れられず、遂にその所在が知れることとなった。


 このとき三成は、座して捕まることで、匿ってくれた領民に罪が及ぶことを良しとせず、自ら旧知の仲であった三河岡崎城主・田中兵部大輔吉政の陣に降り、その身は大津・大坂・堺と引き回された後、今日十月一日、京都六条河原で斬首刑を待つ身となった。




――京都六条河原


 とうとうこの日がやってきたか……


 勝敗は兵家の常とは申せ、まこと口惜しきかな。


 ……っていうかさ、金吾(小早川秀秋)のど阿呆が裏切らなかったら負けなかったっちゅーの。あんにゃろー、勝ったら関白にしてやるって言ったのに、何で家康に加担するのよ。意味分かんねーよ。


 太閤殿下の身内であり、かつてはその養子だった身だぜ。家康の天下になったら安泰なわけがないじゃん。なんでそんな簡単なことが分からねえかな。


 って、阿呆だから分からなったのか……


 あ? 秀次公の二の舞になるのが嫌? そんなん本人次第だろうが。阿呆は阿呆なりにお飾りで大人しくしてりゃ何の問題もないでしょうに。




 あとさ、吉川の広家! 戦の真っ最中に飯食ってるとか言って出陣しないって馬鹿か?


 いや……元から家康に通じていた男だ。後ろの毛利本隊を戦場に出さないために、敢えて道を塞ぐ方便にしたんだろうけど、にしたって嘘つくならもう少しそれらしい理由にしてほしかったわ!


 でだ、一番の元凶は大坂城から動かなかった毛利のボンボン大将(輝元)だよ! いくらボンクラで無能だとしたって、その場で命令すりゃ広家が横暴出来なかったろうに……


 いやさ、あれに大将頼むの嫌だったんだぜ。


 だけど大谷刑部(吉継)が、「お前人望無いから、大将になったら誰も付いてこないで」とか抜かすから、仕方なく頼んだわけよ。


 出来れば秀頼公を担いで参陣してくれればって思ったけど、アレでは淀君を説得出来なかったわけよ。


 はあ……俺、ツイてないな……




 ん? お覚悟はよろしいかって?


 いいわけ無えだろ。今から斬られるって分かってて大丈夫なわけがないだろうが。どうせ覚悟が出来てようが出来てまいが、首を刎ねるのがお主の仕事であろう。さっさと済ませてくれんかのう。


 出来れば苦しまずに綺麗に殺ってくれよ。




 …………長い。早くしてくれないかね。


 こうやって待たされる間に、勝馬に乗った諸将が次から次へと儂の顔を見に来よる。


 加藤(清正)や細川(忠興)はまだいい。かつては方針の違いで険悪な仲になって、それで俺ではなく家康につくこととなった二人だが、最後の機会だからと会いに来た彼らは、敵味方に別れたとは申せ、己の信念に従って堂々と戦った儂に労いの言葉をかけてきおった。


 年甲斐もなく泣きそうになったわ……


 だが福島(正則)、貴様だけは許さん。最後まで口汚く罵りおって……


 家康も味方のうちは重用しておるが、基本的にお主のような粗暴な輩は泰平の世にあっては邪魔にしかならん。せいぜい身の振り方に気をつけることだな。




 ……お、いよいよ刑場に出されるか。やれやれ、待たせおって。


 っと……いざその場に引きずり出されたら、柄にもなく緊張してきたわ。


 そのせいだろうか、少し喉が乾いたな。今から殺される者が喉を潤してどうするって話だが、最後くらいは何の懸念もなく迎えたいでしょうよ。


 なので白湯を貰えるかの? 一杯で構わん。いやいや、昔の儂が太閤殿下に献じたように、それから順番に熱めのお茶に変えていく必要はないからね。


 あん? こんなところに白湯なんて無いと?


 それもそうか。かと言って生水は飲みたくないのう。


 ほう……干し柿ならあると。それで喉を潤してはとな?


 いや、要らん。


 何故驚く? 干し柿は儂の好物でござろうと? ああ、世間ではそういうことになってたんだな。


 ……本当はあんまり好きじゃないのよ。




 だって仕方ねえじゃん! 太閤殿下が美味そうに食ってて、儂にも食え食えってうるせーんだもん。


 言える? そんなところで実は干し柿苦手なんですって言える? 言ったら最後、生きていられないよ!


 だから仕方なく食べる。悟られないよう美味しそうに食べる演技をしてな。そしたらもっと食べてよいぞとなるわけよ。我慢して食べたけど、一度に十個とか食わされたら、どんな柿好きだって飽きるわ。


 だがそれが悪かった。殿下は儂が柿好きだと完全に信じきっており、事あるごとに家臣たちにそれを言いふらしてしまわれた。年がいってボケてからは余計に酷くなったわ。


 そうしたらどうなるか。それはもうあちこちの家から干し柿が贈り物で届くのよ。欲しいなんて言ってもいないのにだ。


 だけど要らねえとか、贈ってくんなとは言えません。何でって、自分で言うのもなんだが、儂は敵が多いからな。


 贈り物を寄越すということは、少なくともその時点で儂と仲良くする意志があるということだ。下手を打って機嫌を損ねられては困る。だから「大好物です、ありがとう(抑揚無し)」と丁寧な礼状を添えて返答するわけだが、そうなると更に違うところから干し柿が贈られる。


 もうね、干し柿輪廻地獄よ。


 あん? お前も干し柿を他所へのお土産に使っているだと?


 そら(好物だと思われてるんだから)そう(それを活用する)よ。内心どう思っていたかは分からないが、細川も一礼した上で食べてくれたくらいだし、自分の好物を持っていくくらい、貴殿と仲良くしたいと考えているって周囲に見せるための演技にはうってつけなのよ。


 本当にその程度で簡単に懐柔出来るとか思ってはおらんがな。




 さて……とはいえ好物と思われている干し柿をここで断るにはどうしたものか。我慢して食べてもよいのだが、死ぬ間際に苦手なものを食べさせられるのも嫌じゃのう。


 そうじゃ……


「柿は胆の毒ゆえ食さぬ」


 いやね、胆の毒じゃないことは百も承知よ。


 だけどね、儂は昔からお腹が弱いのよ。太閤殿下に毎日のように無理難題を押し付けられ、そのせいで他の武将たちからは突き上げを食らうし、胃が痛くない日は無かったのよ。


 それを戦しか能の無いあのアホンダラ共はさあ、人のことを情のない人間みたいに言いやがって……


 儂だって申し訳ないなと思うことは多々あった。平然としていたわけでも、人の心が分からない冷徹な人間でもない。ずっとお腹が痛くてそれ以外の表情が出来なかっただけだ。


 これは干し柿を食わされ続けたことにも原因があると思っている。


 だからここで柿を食べて腹を下したら最悪だ。糞尿まみれで首を刎ねられるとか、醜態以外の何者でもない。死ぬのは確定しているのだから、せめて最後は綺麗に終わりたいではないか。




 なに? これから処刑される人間が身体の心配をするとか滑稽だと?


 言ってくれるではないか、三河の田舎侍風情が。皮肉だということも理解しておらぬか。


 だいたいな、白湯が欲しいと言っているのに、代わりに干し柿を勧めるか? 罪人相手なんだから、出さないならそれで構わないし、武人として敬意を払って処すのならば、その最後の頼みと上役に相談するなりすればよい。


 気の回らぬ其方に対する皮肉も混じっておるのにな……


「貴様のような下郎には分からぬだろうが、大望を持つ者は最後まで己の命を大事にして、本意を達せんとするものだ」


 だからそう返してやった。お前みたいな小物には分からぬ深慮があるのだぞとな。


 本当は柿を食いたくないだけだけど……


「故に申し出はかたじけないが、柿は食わぬ」


 そう言うと、兵は何か恥じるところがあったようで、頭を下げると最上の礼をもって儂を刑場へと連れ出した。


 そして、儂は刑場の露と消えた……




「そのようなことがあったか」


 三成が処刑されて後、徳川家康はそのときの様子を家臣から聞かされた。


「はっ、負け惜しみもよいところでございますな」

「真にそう思うか?」


 それを報告した家臣は、往生際が悪いと嘲ったが、家康はその者を一瞥すると呆れたような声で問い直した。


「最後の最後まで諦めぬ。武人として当たり前の心意気ではないか。敵であったとは申せ、その矜持を嘲笑うは死者への冒涜ぞ。自重せい」

「ははっ……」




 後に、このときの三成の話は、彼の武士としての生き様とその心意気を示す逸話として、後世まで語り継がれることとなったのである。

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三成と柿 公社 @kousya-2007

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