04:side 勇者











◆◆◆



 苛烈な稲光と共に戦場に現れた彼女は、一瞬でその場を荒野に変えた。血のような赤い瞳が氷のような表情をより恐ろしいものに見せる。

 しかし誰かが呟いた『これが深淵の魔女……』という言葉に敏感に反応して叫んだ彼女は、呟いた兵士を釣り上げた赤い瞳で睨みつけた。


『そのこっぱずかしい呼び名、今すぐやめないとその首切り落としますわよ!?』


 まるで人形に生命が宿った瞬間のようだった。

 陶磁器のような白い頬が怒りで紅く色付き、光のなかった瞳の奥に炎が揺らぐ。その瞬間を目の当たりにして、理解できぬ心臓の高鳴りと共に欲しいと思った。生まれて初めての感情だった。

 以来、彼女が現れたと聞けば馬車で三日かかる距離も早馬で駆け抜け、船で一週間といわれれば消費魔力が尋常じゃないから嫌だとごねる魔法使いに転移魔法を使わせたこともある。

 そうして回数を重ねる度、彼女は『勇者、また貴方来ましたの……』と僕を認識し、たったそれだけのことにこの上ない幸福を味わう。

 仮にもいつか絶対に殺す、もしくは殺される相手に抱く感情ではない。頭がおかしい。わかっていても止められない感情があることもまた、初めて知った。


 ――戦いの末についに魔王城へと辿り着き、そして僕は最後の最後で選択を誤った。


 魔王を崇拝する彼女は、この命をかけた最後の戦いにおいて魔王の側から離れることはないと思っていた。だからまっすぐに、最速で、魔王の元へと向かいそれ以外の手下どものことは他のやつらに任せていた。

 だというのに彼女の姿は魔王の側になく、後に合流してきた魔術師が自慢げな顔で彼女を殺したと報告するのを聞いた時のあの感情を言葉で言い表すことは今でもできない。

 無傷とはいかなかったものの、無事魔王を倒すという目的を果たしたあとに彼女の亡骸を探した。

 彼女はたくさんの魔物の死体と血だまりの中に異彩を放って横たわっていた。その顔は決して苦しそうではなく、使命を果たしたといわんばかりに清々しく、ただ一途に魔王を崇拝していた彼女に腹が立つ。ただ一途に彼女に崇拝されていた魔王が恨めしい。

 僕は僕の感情に心底嫌そうな顔をした魔術師を巻き込むことにした。

 禁術扱いの古代の魔法を魔術師に覚えさせる。


 生まれ変わってまた会えるように。今度こそ僕だけを見てもらえるように。



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前世敵だった今世婚約者に執着されています。(実は前世からでしただなんて知りませんわ!) 楠木千佳 @fatesxxxx

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