撫でて

藤咲不可死

第1話

「いらっしゃい、今日も来たんだね」

「来ちゃ悪いかい? 一人よりも誰かと居たかったんだ」

 とろんとした店内BGMが華奢なボクを向かい入れた。心身ともに女性だけれど、少年らしい体つきのおかげでボーイッシュな格好や言動が好きだ。髪だけは女性らしく長く保っている。そんなボクをバーテンの彼は軽く迎え入れてくれる。個人経営のBARは小さく、客はボク一人。

「今日のオススメは?」

「酒も飲めないのに難しいことを言うね、うっかり高い酒を出してやろうか」

 冗談めかして今日も彼はクククと愉快そうに笑う。細くなる目元。唇の隙間から覗く影のかかった白い歯。耳が少し遠いらしく、なにかを聞く時に近くなる顔。彼の髪からする興奮するほどにいい香りがボクの全身を痺れるほどに刺激させるのだ。

 この日のボクは早くに脳が香りで酔ったのだろう、思わず唇が動いた。

「ずっと思うのだけど、その香水やめないか?」

「何故」

「興奮してもっと近寄りたくて堪らなくなるから」

 言ってから1秒の間を開けて、ノンアルコールカクテルを喉に流し込む。恥ずかしさで目も向けられない。

 また鼻を刺激する香りは、きっと気のせいだ。腹の底から背中を駆け巡るように熱くなる体も気のせいだ。熱くて耳が腫れそうなほどに音が聞こえなくなるのも気のせいだ。

 頬杖をしてなにもなかった風を装うけれど、不恰好に見えたことだろう。空気を吐くような軽い笑い声が聞こえた。

 髪に伸びてきた片手指が、ボクの頬に軽く触れた。電撃が走ったような快感があった。彼はボクの髪を指三本で梳いて、流れる髪をじっと眺めていた。わけもわからずボクは目をグルリと動かす。バーテンは頭を撫でてきた。わしゃわしゃと、犬を愛でるように。

「残念、客と店員だからね。俺ができるのはここまでだよ」

 余裕有り気に目を細められた。その笑顔がずるいのだ。首元が熱くなる。酒が飲めたら、酔いを言い訳にして、もっと踏み込めたりするのだろう。今夜ボクはそれを酔わずにやりたいと思う。

「客と店員なら、このままもう少し撫でてよ。カクテルのお供にしたいんだ」

 きっと彼に恋愛感情なんて1ミリもないだろう。それでもいいから、ペット感覚でも構わないから、君の手のひらをボクにちょうだい。

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