あたしはあいつの耳をみる。

豆ははこ

かわいいあいつに、触れる。

海野うみの、かっけえ。学ラン、詰襟つめえりか。どっちにしても、めちゃくちゃ似合うなあ……!」

 男子の平均身長よりも高いあたしよりもさらに背が高い友人。

 顔と頭と性格がいいイケメン女子、こんな人類もいるのか、みたいな友人、海野。

 あたしみたいに言葉遣いの悪い人間でも、素直に賛辞が出せる。すごい。

 さらさらの髪の毛も、いい。

 美形だ、美形がいるぞ。

 美青年か、美女か。


「ありがと、棚橋たなはし。ね、いい感じ。衣装に慣れるために、このまま午後の授業を受けてもいいってさ。うちの学校、寛容だよね」

「マジ? ああ、でも確かに転入生とかは学ランでもいいんだっけ、うちの学校。にしても、海野、あんまり教室の外に出るなよ。文化祭前にファンの行列作る気か?」

「あはは、気をつける。ありがとうね」


 進学校のくせに『詰襟喫茶』なんてふざけた企画を了承してしまううちの高校。


 今日は、文化祭の事前準備のために、午前いっぱい自由行動というサービスぶりだ。

 ただ、進学校らしく、二年生までしかクラス単位の参加は認められない。三年生はお客様、だ。

 だから、二年生は、かなり気合を入れて文化祭に参加する。


 そこで、うちのクラス。

 男女問わずの人気者、海野に詰襟、つまりは学ラン着せて接客させる。

 もちろん、海野一人に負担がかかりすぎないように、ほかにも接客担当は置く予定だけど。

 それにしても、『詰襟喫茶』。


 実行委員と企画担当者、お前らはすごいよ。売り上げエグいな、きっと。

 友人として、海野の体調、気をつけてやんなきゃな。


 ついでに言うと、制服はブレザーだけど男女ともにパンツ、スカート着用可。

 男子のスカートはキュロットタイプで保護者同意が必要……だったかな。それでも、進歩的だとは思う。

 ピアスも、両耳一つずつまでなら申請必要なし。化粧は自己判断。

 学ランは、中学が学ランだった生徒や転入生の場合、ほとんどが許可されるらしい。

 まあ、要するに、大らかだ。


も着てよ。似合うからさ!」

 実行委員は、満面の笑みだ。 


 ……ん。

 はいい?


「こんだけ似合うイケメン海野さんがいんのに、あたしごときが着てたら、来てくれたお客さんが帰っちまうだろ? そうだ、いっそのこと、広喜こうきに着せたらよくないか? ギャップ萌えとかになるぞ!」


 お姉ちゃん。

 あたし、棚橋さいか。

 小学校からのあだ名は、ずっと、お姉ちゃん。

 理由は簡単。あたしが5月生まれ、広喜あいつは 2月。

 同学年なのにお姉ちゃんと弟みたいな、お隣さんがいるから。

 だから、あたしがあいつを差し出すのは、罪ではない。姉の特権だ。


「お姉ちゃんも十二分にイケメンだって! まあ、広喜君に着てもらうため、っていうのもあるんだけどね。ギャップ萌え、そうそう。イケメン兄と超かわいい弟、やってよ!」


 あ、なんだ、そういうことか。セットね。

「りょーかい。なら、最初からそう言えばいいのに。あいつどこ? 説得してくるよ。セーラー服とかじゃなくていいんだろ?」

「そうそう、詰襟。まあ、広喜君が着てくれるんならセーラー服、用意するけど? ちなみにあそこ。出てすぐの上。死角で見えないけど、多分、いるよ」


 あいつのセーラー服姿。

 冗談のつもりだったけど。それは個人的には見たいな。


 あいつはそう、めちゃくちゃかわいい。

 あたしはあいつの外見、あんまり褒めないけど。褒めるのは、植物の育て方とアイロンのかけ方。

 あとは……おにぎりの握り具合もいい。空気をうまく含んでて、フワフワ。


 で、広喜のいる……あそこは、と。

 一番近い階段の踊り場か。


「棚橋、これ。広喜君には、きっと効くよ」

「……あ、さんきゅ」

 海野に投げて渡されたものを、あたしはブレザーのポケットに突っ込む。


 さすがのイケメン女子、海野さん。

 これは、ありがたいかも知れない。


 ……お、いたいた。ほんとうに死角だ。近くにいかないと、分からない。

 そして、クラスの皆は作業中。

 少しくらい大きな声で話しても、これだったら、迷惑にはならないな。


「広喜。詰襟、学ランくらい着てもよくない?」

「学ラン、って首締まるでしょ。苦しいの、やだ」

 やだ。


 本人としては強気で話してるのだろうが、声がかわいい。声も、だ。

 声変わり、とっくの昔に終わってるのにな。


 そうか、そうか、なら。

「お前が着るなら、あたしも着てやる」


 ぴく。


 お。既に効き目ありか?


「実行委員が、お前になら別注でセーラー服でも対応してくれるってさ。セーラー服なら、襟も痛くないぞ」


 なにしろ、セーラー服を着せたいクラスメートアンケート、ダントツ1位だからな。

 詰襟喫茶のグループトーク、クラスの男女両方の支持。 


 あくまでも、参考アンケート。

 肝心の詰襟の方は、みんな、着せたいやつが海野以外いない。よって、アンケートを行う必要がないためだ。


「……さいちゃんも、セーラー服?」


「……あたしは、それなら学ランがいい」 

 あたしのセーラー服姿。

 そんなもん、誰が見たいんだよ。


 まあ、珍しいから、とかならあるか。

 あたし、ブレザーもパンツタイプだしな。気に入ってる。


「……俺がセーラー服、さいちゃん、学ラン。それだと、俺、さいちゃんと、かっぷるだ」

 かっぷる。


 なんだ、このかわいい奴は。


 お目々ぱっちり、色白。

 かわいいとしか言葉が浮かばない、かわいい男子。

 だけど、あたしは広喜のお母さん、おばちゃんの方がかわいいなあ、と思っちゃうんだよな。まあ、おばちゃん似の広喜だから、広い意味では褒めてないわけでもない……とは思う。

 あ、広喜だけがかわいいとこ、あったわ。


 片耳の、リンゴのピアス。

 これは、似合う。すごく、似合う。

 広喜、かわいい。うん、かわいいな。


「……とりあえず、詰襟喫茶だから、学ラン着とくか?」

「着る。さいちゃんと着る。もしも担当なら、さいちゃんとする」

「接着してどうすんだよ。接客担当。まあ、惜しいな。あたしと……広喜となら、海野の代わりの代わり、くらいにはなるかな」


「海野さん、かっこいいからね。学ラン着ても、きっと、かっこいいね」

「ああ、広喜も見たほうがいい。ありゃ、眼福ってやつだよ。めちゃくちゃ人気出るだろうな。本番で、あいつが疲れすぎないように、友達としてサポートしてやらないと」


「がんぷく。満腹? うん。がんばる。でも、ね。俺は、が好きなの。俺は、さいかちゃんの……か、か、かれー、かれし、だもん」


 満腹。かれー。

 

 カレー。

 いいな。昼に食べようか。

 学食のカツカレー、今日メニューにあるかな。

 カツの、衣カリカリ。肉厚。ごろごろ野菜と、ピリ辛なカレールーもいいんだよ。


 ……いや、違うよ。眼福。満腹じゃない。


 で、そうだった。彼だ。


 あたしたち、幼なじみだけど、オツキアイってやつも、してるんだよな。

 それから、もん、は似合うからやめろ……は、今日はまあ、いいか。


 かれし、かれし……と言いながら、両手の指先を合わせている。その仕草がかわいい。


 フワフワなおにぎりを握る手。指先まで白いな。爪もきれいだ。


 オツキアイ。

 広喜の耳に、あたしがこのかわいいの……リンゴのピアスの穴を開けたときからだから、まだ二週間くらい? 


 そのときから、広喜はあたしの彼氏ものになった。


 うん、やっぱり、幼なじみの期間の方がはるかに長いから、自覚が薄いのは……仕方ないよな。


 まあ、それでも。


「分かった。じゃあ、よく言えたから、彼女? のさいかさんが、サービスしてやる。心しろよ」


「さーびす。こころ白?」

 接客、眼福、心して。

 あとで、辞書は引かせなくちゃな。


 あたしはそう決めて、ブレザーのポケットから、海野が投げてくれたものを取り出す。


 そう、伊達だてめがねをかけたのだ。


「さーびす、すごい。さいかちゃん……すてき……」


「だろ?」


 細めの黒縁、伊達めがね。やっぱり、効いた。


 超絶イケメン女子海野にも、きっと似合う。

 だけど、あたしの方がなんとなく、性格が悪い生徒会長(見た目の話。あくまでもイメージ)とかみたいな感じで、似合うと思う。


 海野がこれをかけたら、そうだな。

 優しくて人望にあふれた生徒会副会長、みたいな感じだ。

 あたしと違って、腹黒くない、爽やか系。


「うわあ……さいかちゃん、すてきだ……先輩みたい。スマホ、はダメだった、休み時間じゃないから電源オフだ……」

 真面目だ。

 そう、広喜は割と真面目なのだ。  

 先輩みたい、は、年上っぽい、という意味なのだろう。褒め言葉だ、きっと。


「えらいな。じゃあ、もう一個、サービス、な」


 広喜のリンゴのピアスをじっと見てから、ピアスのないほう、反対側の耳たぶに触れると。


 ぷにぷにぷに。


 耳たぶ。白い。

 柔らかい、かわいい。


 ああ、いいなあ。


 そして。


 あたしはそっと、触れていた耳たぶに、唇をつけた。

 もう片方の耳の、リンゴのピアスがあるところと同じくらいの位置に。 


 「きゃああ……」

 小さな声をあげて、広喜は真っ赤になっていた。

 とくに、耳たぶは、両耳ともに、真っ赤っか。


 かわいいとこ。

 ……また、みつけた。



「じゃあ、もう少ししたら、戻りなよ」 


「はあ……い……」


 声が、小さい。



 それにしても、だ。


 あいつ。

 あたしに、彼女さいかちゃんに、食べられちゃう! とでも思ったのかな?


 それこそ、リンゴみたいに、がぶっ、と。


 安心しな。


 心配しなくても、大丈夫。

 食べたりは、しないよ。


 ……まだ、ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あたしはあいつの耳をみる。 豆ははこ @mahako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説