24話
「ふぅ、やっと落ち着いてきましたね」
トリアイナの復興には周辺国の援助もあり一月ほどでほぼほぼ完遂していた。街の人々も一時は金銭面での不安や、これを機に敵対国に攻め込まれるなどの噂で混乱もあったが、街並みが元に戻るにつれて平静を取り戻していった。メイアが国庫を開き国民への生活保護金を配ったのも大きな要因である。
ロックとミリィは割り振られた仕事を終え、カフェのテラスでまったりとコーヒーブレイクを満喫していた。今日はメイン通りの花壇に延々と花を植えていたので、ミリィは念入りに腰を伸ばしている。
「それにしても、被害が思ったより抑えられましたね。対処が早かったんでしょうか?」
「というより、ジグレイ本人がほとんど暴れてないからだね。彼は目的のモノ以外に手を下さない性格だから、それが幸いしたよ」
「国堕とし……はぁ」
ミリィはテーブルに突っ伏して大きなため息を吐く。
「どうしたんだい?」
「いや、う〜ん。ちょっと、ちょっとだけですよ? 私一人でも勝てるんじゃないかなぁって思ったんです」
「ほぅ」
「いやだって、私あの頃より強くなりましたし。なんならロックさんより身体能力も魔力も高いじゃないですか。それなのに、前より強く感じました。手も足も出ないのは結構ショックなんです……」
「ふむふむ」
ロックは読んでいた本をパタンと閉じると、面白そうな顔をして微笑んだ。
「久しぶりに反省会でもしてあげよう」
「ぅ、えぇ? ……はい、お手柔らかに」
「始めに言っておくけど、身体能力も魔力も闘気もミリィの方が上回っていたよ。あ、スタミナだけは向こうが上かな」
「やっぱり、そうですよね」
「ミリィとしてはどこがしっくり来なかったんだい?」
「まず緩急が上手過ぎて攻撃がちゃんと当たらないのは納得してるんです。捌かれたり避けられたり、スピードに関するところは全部緩急にやられたなぁって。ただ、当てた時にとにかく硬かったのは不思議でした。不意打ちで腕を落とせたので闘気は貫通出来たはずなんです」
「それはね、ミリィが単調にさせられていたんだよ。彼との戦い、イライラしていたんじゃないか?」
「あ……」
「真似出来ない瞬間移動、煽るような口調、その上で心を見透かしたり、予期しない言葉を言い放つ。相手のメンタルをコントロールし、天然のデバフを与えるプロなんだよ」
「確かに。かなり喋ってました」
「ミリィが自分の戦い方を出来ないってだけでそれだけの差が生まれる。だから戦闘は冷静になった方が強いんだ。君の格闘術は切り返しの軌道や瞬間的な最大出力の高さが強みなのに、ずっと力んでいただろ。それじゃジグレイほど読み強い相手じゃ簡単にいなされてしまうよ」
「あー! もうその辺で! 反省しましたから!」
頭抱えて顔を隠したミリィを楽しそうに笑って見守るロックは、総評を告げた。
「君は不器用だって話しさ」
「もう! ロックさんも普通に戦って負けてましたー!」
「そりゃそうだよ。身体能力がやや勝っていても、魔法と闘気が使える時点で勝てるわけないじゃないか。近接戦闘用の魔道具なんて小手先だよ」
「そこは吹っ切れるんですね……」
「僕は弱いからね」
「反省点はないんですか?」
「もちろんいっぱいあるよ。不意打ち対策の魔道具をもっと作っておくべきだった。あと【
「そうだった。私、その魔道具知らないんですけど」
ロックの魔道具をほぼ全て把握しているミリィであったが、実は数点だけ知らないものが存在する。その一つが【
「そうか、ミリィと出会う前に作ったものだからね。あまりに悪質な能力だから使ってなかったんだけど、僕の魔道具の中では最強の一角だよ」
「どんな能力なんですか?」
「【
「そんなものよく持ち帰りましたね……」
「彼女は『この世の全ての苦痛を味わったら人はどうなるのか』という実験の末、キメラにされて僕に立ちはだかったんだ。つまり、僕が殺した。その怨念は目に見えるほど深いもので、誕生日に親から貰った人形に宿って僕に言ったんだ。復讐がしたいと、道連れにしたいと。その心を浄化させるために持ち帰ったわけさ」
「それで、強力な魔道具になったと」
「そう、効果は『収縮する闇の結界』で魔力を吸い上げながら行動範囲を狭めていく。相手の魔力が尽きたら強制的に『自由時間』が始まる。これには魔力が残っていれば少し抵抗出来るが、発動した時点でほぼ詰みだ。対象の相手がまるで玩具のように好き放題される。物理無効、逃走不可のお手上げ状態さ。僕と人形は死ぬことなく、簡単に殺してくれない。実際ジグレイはゆっくりと足を切断され、精神汚染で廃人になっていた」
「こ、こわ〜……」
「もちろん、自我があるから僕に代償もある。そうだ、そろそろ払わないと僕が呪われるかもしれないし出してみようかな」
「えぇ!? こんな所で!?」
周りに人が居ないか急いで確かめるミリィを尻目に、ロックはポーチから手作りの女の子のぬいぐるみを取り出す。
ぬいぐるみは禍々しい闇に包まれると、赤い髪とボロボロの布の服を着た人種の女の子に変身してスタッとその場に立った。
そして、ロックに向き直ると眉を釣り上げて怒鳴り出す。
「ロック!! 遅過ぎるだろ!! あたしの事絶対忘れてたな!! お前も腕と足失くしてやろうか!!」
「あわわわわわ……」
「おや? 結局その姿で過ごす事にしたのか?」
恐ろしいものを見る目のミリィとは裏腹に、ロックは余りにも飄々としていた。
ケイシャの姿をした人形は、話しが変わるとコロッと表情を穏やかにし、長い髪を持ち上げてウンウンと頷いた。
「そうだそうだ。ケイシャと友達になったんだ。この姿は貰ったよ。だから今度からケイシャって呼んでくれ」
「わかったよ」
「そもそも、私を呼ぶ時に『アビス』は可愛くないと思ってたんだ。ロックはセンスないから助かった!」
「面目ない……」
いまから代償を支払うというのに何とも緩い空気。ミリィはいつ不穏がやってくるかと恐る恐る挨拶をした。
「は、はじめましてケイシャちゃん。私はロックさんの助手のミリィです。よろしくね?」
「ミリィ……。ロック! お願い叶えてくれたんだ! お姉ちゃんだよ! あたしお姉ちゃん出来た!」
「そうだねぇ……そうだったね」
「わー! お姉ちゃん!!」
「わわっ」
ミリィに勢いよく抱きついたケイシャは、並べてみるとミリィより少し小さい。メイアよりは大きいが、そもそもこの三人にあまり差は無いのでロックからすれば違いが分からなかった。
この無邪気な笑顔に混乱するミリィは、ロックに助けを求めるような目を向ける。
「あの〜……」
「ミリィ、恐ろしい想像をしたみたいだが代償っていうのはアビ……ケイシャと普通の家族をするだけだよ。この子はまともに生活を送れなかったから一般的な家庭に強い執着があるんだ。一緒にお出かけをして、遊んで、買い物をして、ご飯を食べて、一緒に寝る。そんな普通を求めているんだ。代償の重さはつまり、ケイシャに付き合う時間の長さってわけさ」
「全然怖くないじゃないですか!! 恐ろしい言い回しをしないでくださいよ!!」
「してないよ。流れで勘違いしただけだろ?」
「うぐぅ!!」
ぐうの音は出た。
してやられたミリィにとびきり甘えているケイシャを抱き上げたロックは、彼女の手を握って微笑んだ。
「ケイシャ、人の姿に慣れたのは幸運だね。これで今まで出来なかったお出かけが出来るよ」
「そうなんだロック! ご飯も食べられるぞ!」
「さぁ、君のしたいことを教えてくれないか? 気の済むまで、いつまでも付き合ってあげるよ」
「へっへへ、じゃあまずはご飯だな。おこさまらんちっての食べにいこう!」
「あぁ、ミリィもいいかい?」
「まぁ可愛い妹が増えたってことですね。もちろん行きま……」
「ふんふーん、おまた〜」
ここで突然のアヤネ出現。気分良く鼻歌混じりに片手を上げて、自分も仕事を終えたぞと帰還したのだ。
すっかり忘れていたロックとミリィは「あっ」と声を揃え、アヤネとケイシャは同時に首を傾げた。
「なんだそのちびっ子?」
「あたしはミリィの妹だぞ」
「え? ミリィ姉ちゃんまた妹増えたの?」
「あんたもミリィの妹?」
「ん、う〜ん。血は繋がってないけどそうだよ」
「じゃあお姉ちゃん二号だ! わーい!!」
「おわっ、なんだぁ? 可愛いなこいつ」
一秒ごとに仲良くなっていく二人は、義姉妹補正で瞬く間に本物の姉妹のように笑いあっている。まるで定位置のようにアヤネに肩車をしてもらっているケイシャは、ふんふんと鼻息荒くアヤネのもみ上げを掴んだ。
「アヤ姉! いまからご飯いく! 一緒にいこ!」
「おぉ! 腹減ってんだ! 肉食うぞー!」
「おー!」
「凄い……これが私の妹補正……」
「二人とも粗野な話し方だから相性がいいんだろうね」
何はともあれ、一行は最近ハマっているレストランを目指して移動を開始したのである。
次の日、四人は朝方に宿から撤収をしていた。復興の手伝いを免除される手紙が届き、満を持して旅立つのだ。公務で忙しいメイアには手紙でその旨を伝え、既にランドルフ達は先に出発している。後はミルティに挨拶をするだけだった。
アーネスト孤児院の入口で待ってくれていたのはミルティ、アドレ、カリナの三人。子供だけでなく、大人のミルティまで寂しそうに表情を曇らせていた。
「次、何年後だろうね」
「嫌味だなぁ。ちゃんとこっち側にいるから何時でも帰ってこられるよ」
「帰ってこないでしょ! えぇ分かっていますとも! だから私決めたの!」
ミルティは懐から一枚の紙を広げ、ロックに突き付ける。
「『世界魔術師組合特級試験』。これに合格して名実ともに特級魔術師になったらアドレとカリナを連れて逢いに行くんだから! ちゃんとこまめに手紙出しなさいよね!」
「わかったわかった。でもミルティ、君は特級の授与待ちじゃなかったか?」
試験表をクルクルと丸めながら、ミルティは片目を開けて答える。
「それはこの国からの特級階級よ。この試験は全ての国で特級の権威を示せる資格を得るの。特級階級は言わばこの試験を受ける為の資格だから、受かれば世界屈指の偉人になれるのよ」
「それはまた高いモチベーションだ」
「当たり前でしょ。貴方みたいな化け物レベルに並び立つんだからこのくらい必要なのよ」
並び立ちたいんだなぁと内心ホッコリしている外野にキッと睨みを効かせるミルティ。
そんなミルティに、ロックは思い出したかのようにある物を渡す。
「ミルティ、手を出して」
「ん? ……………………ちょちょちょっ! ちょっと!!??」
「手紙もいいんだけど、コレを使えば離れていても映像と声をリアルタイムで届けられるんだ。いつか渡そうと思っていたんだけど、最近ようやく完成してね」
「っっっっ!!!!」
ロックが取り出したのは赤い宝石が埋め込まれた指輪。それをあろう事か、ミルティの左手の薬指にはめたのだった。
「もう片方の指輪は僕が付けておくよ。これで僕達はいつでも隣にいるように話せる。今まで心配させてしまってごめんね。それと、誕生日おめでとう」
「ぁ…………………………………………………………………………………………………………………………ばかぁ〜……」
そう、なんと本日はミルティの誕生日なのである。
手を握られたまま耳まで真っ赤になったミルティは、ぽすっとロックの胸に顔を埋めて静かに泣いた。嬉しくて、恥ずかしくて、どうにかなってしまうかと思ったのだ。
劇的な瞬間に立ち会ってしまった子供達はミルティと同じく顔を赤くして、一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いている。もちろんロックがそういう意味で渡したのではないと誰もが知っていたが、余りにも生々しくて目が離せないのだ。
ミルティが落ち着くまで背中を撫でていたロックは、彼女が離れたことでようやく出発する事にした。
まだ気恥しそうに、ミルティは目を逸らしたまま口をへの字に曲げた。
「…………行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
それぞれが手を振って東門に向かう。最後には皆が笑ってお別れを告げた良い出立となったのである。
次の目的地は東の要塞都市を抜けて最上級の武具を量産する鍛治職人の国【ダリスタイン】。ロックの目的はこの国でしか取れない素材を入手し、最高の形成を依頼して生み出される新たな『神器』を手に入れることだ。三つ目の神器を手に入れればようやく折り返し。五つを揃えて彼の夢は遂に形になることだろう。
その道中こそが、彼にとってかけがえのない経験となる。父の言葉は、未だ根強く背中を押すのであった。
異世界帰りの魔工技師が職人のくせに強過ぎる 琴野 音 @siru69
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