26,重い想い


「水晶、元に戻って良かったね」


 遠くから聞こえる音楽が、この場をふわふわと心地よい場所に作り替えてくれる。

 痛くない程度に握られた手を、ソッと握り返した。


「一安心しました、私の代でこの生業が終わったらどうしようって密かに悩んでいたんです」

「その悩み、僕にも共有して欲しかったな」

「う……」


 ほんの少し近付いた顔に、思わず顎を引いた。

 そんな様子を楽しそうに見るのは反則だ!


「あの水晶は僕が困らせてしまったんだね、悪いことをしたと思っているよ。


 でもこれでメグがここに留まる理由が無くなってしまったね」


 スルリ。


 今まで繋がれていた手が突如として離された。

 ついさっきまでそこにあった熱が無くなって、ヒンヤリと冷たい。


「僕はメグに謝らなきゃいけない。


 本当はね、君のおばあ様からの手紙に浄化方法が書いてあったんだ」

「えっ⁉ そ、そうだったんですか⁉」

「うん。手紙が昨日届いたのは本当だよ。

 でも僕はその浄化方法の手紙を隠したんだ」


 はい、と手渡されたのは少し皺が寄った紙。

 広げてみると、そこにはおばあちゃんの字で先ほど聞いた手順が書かれた浄化方法だった。


「たった一日でも、君を僕の側に置いておきたかった。

 例え隠蔽しても、勘が鋭いラセータ嫗なら話を合わせてくれると思っていたから。まさかこんなに早く帰城するとは思っていなかったけどね」


 寂しそうに笑う皇子殿下に、思わず手が伸びかかった。

 急に置かれた距離が寂しくて、なんだか寂しくなる。


「水晶が元に戻らなければ、あの森に帰るのが不安で一生ここに留まってくれると考えていた。

 メグの不安を理由にしたんだ」

「……そんなの、ずっと黙っていればおばあちゃんだって内緒にしてくれましたよ」

「メグにこれ以上嘘をつきたくない」


 キュッと皇子殿下の服を捕まえた。

 これ以上離れないように、距離が出来ないように。


 ここから先に踏み込むためには、もう少し話が必要だ。


「腕の良い占い師を探していたんじゃなくて、最初から私を専属占い師にしたかったんですか?」

「そうだよ。

 メグの噂はこの城まで届いていた。だからメグを迎えるに当たって誰も反対をしなかったし、何人かの貴婦人は喜びの悲鳴を上げていた。君は皆に必要とされている。

 ようやくメグを迎える準備が出来て会いに行ったとき、水晶が赤く染まったのは誤算だった。でもそれと同時にチャンスだと思ったんだ」

「私を城に招き入れるチャンス?」

「……うん」


 この人は……。

 そこも黙っておけばいいものを……。


 呆れ、より先に愛おしさがこみ上げてくるのは、私も手遅れな証拠なんだろうな。


「皇子殿下、運命の人が私以外だったらどうするつもりだったんですか?」

「僕もその可能性を考えたんだけどさ、難癖付けてねじ伏せる気だったよ。運命の人がメグ以外なんて考えられないからね。

 それにメグの家に通う口実にもなるから、会える回数が増えるなーって思ってた」

「水晶をねじ伏せる……⁉」


 物騒だな……⁉


「……僕のこと、嫌いになっよね」


 一歩、皇子殿下との距離を縮めた。


「それ、運命の人に聞くんですか?」

「意地悪な質問……。だって、手紙とか隠したしさ……」

「確かに手紙を隠したのは悪いことですけど、他は……なんというか、計画犯というか、拗らせているというか……。


 で、でも、そういう好意は嫌じゃなくて……」


 気持ちって、いざ伝えるとなると緊張するし恥ずかしい。今絶対顔赤くなってるよ……。

 ほら、皇子殿下とかすっごい顔してるじゃん、目こぼれ落ちそうじゃん……‼


「あの、水晶が私の運命の人を教えてくれたからとか、そういうことじゃないんです。

 私もあんまり自覚無くて、気付いたのも最近で、いつからとかハッキリ言えないんですけど……。


 私も、カルロ様が……好き、でッギャア‼」

「これは、夢……?」


 一世一代の告白中に抱きしめるなんてあり得る⁉


「もう一回言って。

 誰が? 誰を?」

「わ、私が、おうじ……カ、カルロ様を」

「なに?」

「す、き……」


 言い終わった後、唇に柔らかい物が当たった。

 ほんの一瞬だったけど、何が起こったのかくらいわかる。元々熱かった顔が、更に赤くなる。


「本当に……? メグが僕のことを……?」

「っ……もう‼ 何回でも言いますよ!


 私は! 貴方を! 愛しています‼」


 好きとか愛しているって言葉は使いすぎると軽くなるって、誰かが言っていた気がする。

 でもこの人にはどれだけ愛の言葉を伝えても、軽くなるどころか重みを増していく。


 頭の後ろに皇子殿下の手が回ると、グッと引かれた。

 さっきより密着度が増した長いキス。酸欠になりそうだ。


「……さっきも言ったとおり、君は皆に必要とされている。でも、誰よりも僕が君を必要としている。君自身が愛おしくて大切なメグ。誰にも傷付けさせやしない、ずっと僕が側で守りたい。守らせて貰える権利が欲しい」

「お、重いですよ……」

「うん、僕は重たいよ」


 悪口を言ったはずなのに、皇子殿下があまりにも嬉しそうに笑うから私もつられて笑ってしまって。


「私も、皇子殿下のそのお顔をずっと側で見ていたいです」

「顔が目当て?」

「うわ、やり返された」


 どれだけ重たくたって、受け止めるよ。


 きっとこれから、私の気持ちも大きくなっていくんだから。

 だからその時は、どうか貴方も受け止めて欲しい。


「早速結婚式の準備をしよう! まずはラセータ嫗と父上に報告して、日程を決めて!」

「あの、ちょっと恋人というものに憧れているので、少し期間を設けて貰えると嬉しいんですけど」

「勿論! メグのしたいようにしよう!」


 ……私、洗脳していないよね?


 でもこんな小さな不安だって、貴方が笑ってくれたら何処かに吹き飛ぶんだろうな。




 降り注ぐ唇を受け止め、皇子殿下の背中に腕を回した。

 

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【完結】運命の人を探す皇子殿下の専属占い師は溺愛されている 石岡 玉煌 @isok0

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