第13話 最終戦 日本

 11月末、WRCの最終戦で日本にもどってきた。ともえは2年前からこの日本のコースを走っている。昨年までは併催の国内戦参戦だったが、走り慣れているコースともいえる。

 ともえにとってはチームの最終戦でもあるので、思い込みは並みではない。監督の田中もである。

 木曜日の夜の第1SS。トヨタスタジアムのデュアルコースである。スタジアム内に造られたラリークロスのコースを2周回ってタイムを競う。ここは事前に練習するわけにはいかないので、全ドライバーがイコール条件である。途中360度ターンやジャンピングスポットがあったりと、まるでジムカーナのコースともいえる。ジャンプスポットを過ぎるとすぐに左ターンが待っているので、ここで派手なジャンプを見せるとタイムは伸びない。ポイントは360度ターンだ。ここでうまいドライバーがタイムを出せる。ともえはこういう細かいターンが大好きだ。もともとジムカーナからレースを始めているので、得意中の得意でもある。WRC2クラスで2番目のタイムを出すことができた。トップは同じマシンに乗っているバジルである。彼とはいいライバルといえる。現在、年間チャンピオンをオルベルグと争っている。今回、オルベルグは欠場しているので、ポイントをとれば年間チャンピオンの可能性がある。

 金曜日のSS2。日本ラウンドの名物ステージの伊勢神トンネルである。対向車とすれ違えない旧道のトンネルを疾走する。暗くて狭いコースが続く26kmのロングステージである。朝露で濡れた落ち葉と道路脇のコケがドライバーを悩ませる。だが、ともえはこういう道を走りこんでいる。無駄にクルマをスライドさせないでグリップ走行に徹する。

 レッキの時に、カーブの大きさだけでなく、コケのはりつき方もチェックしてある。トムがしっかりとそれを読みあげてくれる。実は国内ラリーをいっしょに走った仲間が事前にコースの下見をしてくれて、細かいメモを作ってくれていた。そのメモを元にレッキを行ったのである。おかげで、ここでクラストップに立った。ライバルのバジルも好調だが、無理な走りをしていない。彼も年間チャンピオンねらいなので、堅実な走りに徹しているようだ。ここでは無理な走りは即コースアウトにつながる。ともえのような堅実な走りをするドライバー向きのコースといえる。

 土曜日、ともえはクラストップで朝を迎えた。この日も堅実な走りでトップを堅持する。夜のトヨタスタジアムでは台数の関係でWRC1の車両といっしょに走ることになった。スタートで引き離される。でも、思ったほどの差はつかなかった。むしろ360度ターンではともえの方が速かったように見えた。この日も無難にステージを終えて、最後の夜を迎えた。監督の田中から

「あと1日だな。最後のパワーステージの三河湖が勝負だ。S社の新井田がいいタイムをだしてきている。あいつもここは熟知しているからな。要注意だな」

「監督、ここまできたらライバルは度外視です。もう自分の走りをするしかありません。今までやってきた走りを貫きます」

「よく言った。自分の走りをすることだけ考えろ。余計なことを考えるとコースアウトだ。トムの読み上げるペースノートを信頼してがんばれよ」

「わかりました」

 と、田中の激励に応えた。田中にとっても監督最後の1日である。いい美酒を飲ませたいと思うともえであった。

 日曜日、最初のSS17でとんでもないトラブルが起きた。トップを走っていたH社のヤナックが右カーブではみ出して、森に突進していったのである。樹木に激突してマシンは大破。リタイアとなった。これでH社のヌーベルが年間チャンピオンを決めた。同じチーム同士でチャンピオン争いをしていたのだが、2位にいたヤナックの方が無理をしたということかもしれない。

 ところが、チャンピオンを決めたヌーベルはペースを落とさない。むしろペースを上げている。ドライバーズチャンピオンを決めたが、マニファクチャラータイトルは混とんとしてきた。ヤナックが脱落して、H社は2台に減ってしまった。ヌーベルとミケールが頑張らないとT社に逆転されてしまうのである。T社は3台体制で、そのうちの2台が上位に入ればH社に逆転できるのである。F社は2台がエントリーしていてそのうちのフルマーががんばっている。F社がマニファクチャラーチャンピオンになる可能性はないが、彼がどこのポジションにはいるかで、H社とT社のポイントが決まるのである。現在フルマーは3位のポジションにいる。

 そして、なんと最終パワーステージが始まる前でH社とT社のポイントは同点となった。マニファクチャラーチャンピオンは、このパワーステージで決まることになった。こんなことは前代未聞である。

 最終パワーステージは三河湖ステージである。昨年までのコースとは逆に走る。有名な熊野神社前で左折し、せまい道を走り抜ける。熊野神社前では多くのカメラマンが立ち、日本らしい光景を撮ろうと待ち構えている。90度ターンを見事に決めると多くのギャラリーから拍手がわく。

 パワーステージの1番目はともえである。WRC2のトップを走っているので、最初の出走を任された。と言っても、コースの露払いである。なにが待ち受けているかわからない。熊野神社までは2車線のスピードを出しやすい道である。ともえは果敢に攻める。熊野神社からは狭い道を走り抜ける。人家を過ぎると森の中の林道だ。落ち葉が多く、コケで滑りやすい。でも、ともえはここぞとばかりにハンドルを操作する。アクセルはやや控えめだが、レコードラインをはずさない。そこで9分12秒9でフィニッシュ。やりきった感があった。後は、バジルと新井田の結果しだいだ。

 2番手はバジルである。彼は年間チャンピオンになるためにどうしてもポイントが必要だ。いつもの荒々しい走りは影を潜め、堅実な走りとなっている。ともえより遅い9分25秒1だった。

 3番手は新井田である。日本車ではなくスペインのS社のマシンを使っている。10年前のマシンで、代々ラリーストに乗り継がれてきたマシンである。ポンコツ車でこの順位にいるのは大健闘である。WRC2優勝の可能性はここまでであるが、9分31秒に終わった。これでともえがWRC2優勝となった。チームの最期を優勝でしめくくることができて、チームスタッフは大喜びだ。T社の会長さんもお祝いにかけつけてくれた。そこで、会長からとんでもないことが監督の田中に伝えられたが、このことはともえにはまだ知らされなかった。

 問題はWRC1である。1番手のH社ミケールはタイムが伸びない。あせったのか、フロントバンパーを損傷している。スタート早々に左カーブでコースアウトし。道路脇の細木を数本ぶち倒したとのこと。タイムは8分45秒1だった。これがWRC1の基準タイムとなる。

 2番手は、H社のヌーベルである。年間チャンピオンを決めたが、マニファクチャラーチャンピオンをとるためには、トップタイムが必要だ。果敢に攻める。そしてミケールより5秒近くも早い8分40秒4でフィニッシュした。

 3番手はF社のマンチェスター。8分50秒3とタイムは伸びなかった。

 4番手はT社の勝山である。現在総合4位に位置しているが、上位2台がマニファクチャラーポイントに反映するので、勝山の仕事はH社のミケールより上位で走ることである。勝山はバクチをうっている。なんとスペアタイヤなしで走っているのだ。途中でパンクしたらもうアウトである。結果は8分43秒3。ミケールのタイムを上回ることができた。

 5番手はF社のフルマー。8分48秒5のタイム。チームメートよりは上回ることはできた。

 6番手はT社のオージー。彼の走りはすごかった。前半はヌーベルのタイムを下回っていたが、中盤の狭い林道に入ってからは本領発揮。見事なハンドルさばきを見せ、8分38秒5のタイムをたたきだした。ヌーベルよりも2秒近い速いタイムである。まさにレジェンドの走りだった。

 7番手最終出走はT社のエブンス。ヤナックがリタイアしてからトップを走っている。彼は優勝をめざしているので、攻めた走りはしていない。オージーがやってくれると思っている。オージーの結果を知る前にスタートした。結果は8分42秒4で3位に食い込んだ。これでパワーステージのポイントがH社5点、T社が8点となり、3点差でT社がマニファクチャラーチャンピオンとなったのである。最終日の朝まではH社が圧倒的有利だったのをくつがえしての大逆転であった。


 翌日、チームの解散式がT社の博物館で開催された。そこでT社の会長が来年のチーム体制を発表した。

「来年のドライバーを発表します。エブンスは継続で全戦参戦。ロバンペロが復帰し、彼も全戦参戦します。今年取れなかったドライバーズタイトルを彼らに託したいと思います。そしてスポット参戦としてオージーとWRC2クラスから昇格するバジルが参戦します」

 勝山の名が挙がらなかったので、メディアからざわめきが起きた。会長が話を続ける。

「勝山選手は新たなチームというかSU社のチームが復活し、そこで全戦参加となります。ご承知のとおり、T社とSU社は資本提携の関係にあり、今回のチーム発足についてもT社がサポートします。勝山はエブンスやロバンペロのよきライバルになると思います。詳しくは後日SU社から発表があると思います」

 そこで、メディアから質問がでた。

「SU社のドライバーは一人だけですか?」

 当然の質問である。ドライバーが一人というのは聞いたことがない。そこで、会長は脇にいるSU社の幹部と話をし、また登壇した。

「まだ本人に言っていないので、ここで言っていいかわからないのですが、日本人ドライバーを考えているそうです」

 するとメディアから

「日本人ドライバーが2人のSU社の復活。ブルーSUの復活だな」

 と歓声に近い反応があった。


 その日の夜、監督の田中からともえは呼び出しを受けた。

「今日はお疲れ。日本ラウンドでともえが優勝したから解散式も和やかににできた。それで、今日はいい知らせがある」

「いい知らせですか?」

「そうだ。今日のT社の会長が言ったとおり新しいSU社のチームのセカンドドライバーにともえの名が挙がっている」

「エッ! 私ですか? てっきり新井田さんだと思っていました」

「何を言っている。WRC2のランキングではともえの方が上位じゃないか」

「ですけど・・SU社のマシンに乗ったことはありません。新井田さんは今でこそS社のマシンに乗っていますが、元々はSU社乗りです」

「監督は新井田さんだ。だから息子を呼ばなかったそうだ。それにSU社のマシンだが、ボディはオリジナルだが、エンジンとか中身はT社とほぼ同じだ。ほぼ対等に闘える」

「あのSU使いの新井田さんですか。国内ラリーではお世話になりました」

「今度は世界を舞台にして頑張れよ」

「はい、その気になってきました」

「それでは明日SU社に行くぞ」

 ということで、数日後ともえのSUチーム参戦が発表された。WRC1クラス全戦参戦である。メディアもミシェルさん以来の女性ドライバー誕生ということで歓迎してくれた。チームスタッフも田中のチームがそのまま残ることになった。マネージャーのアンナもいっしょである。田中は国内ラリーにもどるそうだ。


あとがき


 本来WRC2ドライバーは参戦数が限られているのですが、小説ということで全戦参戦ということですすめてまいりました。来年のモナコからともえはWRC1クラスで走ります。実際のWRCの様子をおりこみながら小説「WRCに女性ドライバー挑戦」を書きすすめてまいりたいと思います。興味のある方は、今後も読んでいただければと思います。  

 今年、WRC観戦とともに伊勢神トンネルを走ってきました。トンネル内の照明はまさにタイムトンネルに入っていくような雰囲気でした。そこでコケがある路面を実際に見てきました。私が40kmでしか走れないコースをラリードライバーは倍以上のスピードで駆け抜けていくのです。驚異としか言いようがありません。これがラリーの魅力だと思います。    飛鳥竜二

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WRC2に女性ドライバー登場パート2 飛鳥竜二 @jaihara

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