第5話 咲香は聡明なひまわりと化した

 咲香は、介護ヘルパーの免許を生かして、生活介護の介護ヘルパーを始めた。

 介護ヘルパーは、利用者(客)から断れれば、それで終わりである。

 断る理由は、人さまざまである。

 ギャンブルで有り金をすってしまったというケースもあったり、また、以前のヘルパーの方がよかった。変えてくれないかというケースもある。

 いずれにせよコロナ渦の影響で、事業所自体が減少状態にあることだけは事実である。


 初日、咲香は若い男性ヘルパーと共に、ある家に訪問介護に行った。

 一時間ほど、掃除をして終わったあと、その男性ヘルパーは言った。

「お客さんいや利用者は、来てくれてありがとうという人もいるが、そうでない人もいる。他の人と比較され、来なくていいと言われるケースもいる。

 僕はそういった原因で、いろんな事業所を転々としている人をいっぱい見て来たんですよ。いい齢をして」

 私はただポカンとして聞いていた。

 そうかあ、安定性のない仕事なんだ。

 だから、しょっちゅう募集しているんだなあ。

 最後のその男性は「まあ頑張って下さい」と言って、次の家に訪問していった。

 咲香は少々不安を感じながらも、せっかく資格をとったんだから、できるところまでやってみようと覚悟を決めた。


 咲香は昔、売れないアイドルであったが、アイドルの華やかさと明るさを生かし、老人のわがままや愚痴も、抵抗なく笑顔で受け止めた。

 仕事内容は、掃除、買い物、料理である。

 最初に行った高齢者女性は、なんと介護主任の母親だったのだ。ということは、咲香はそれだけ信用されていたということだろう。

 しかしシフト通り、その女性の自宅に行っても、外出中のときがある。

 介護主任はひたすらスマホ越しに「ごめんな」と謝るばかりであった。


 一度だけ、トラブルがあった。

 介護主任が咲香に「女性(介護主任の母親)におにぎりをもってやって」と言ったので、その通りお握りを持っていくと、なぜか本人から苦情がでた。

 すると、なんと介護主任は、咲香をその女性から外したのだった。

 どうしてだろう。おにぎりをもってやってと言ったのは、主任なのに。

 しかし、主任から外された以上、文句を言える立場ではない。

 咲香の代わりに、二人のヘルパーが入れ替わり立ち替わり、女性客(主任の母親)の生活介護をすることになった。


 すると一週間後、主任を通して女性客(主任の母親)から、やっぱり咲香がいい。

 若い男性も含むいろんな人が、入れ替わり立ち替わり来られたら、気を使って仕方がないと、咲香を指名してくれたのだ。

 咲香にとっては、ちょっぴりの救いを感じる出来事だった。

 しかし、一か月後、女性客は腎臓癌でこの世を去った。

 咲香は、女性客にほんのちょっぴりの救いを残したのだろうかと、少し誇らし気に思った。


 二人目の客は、後期高齢者の男性だった。

 買い物を依頼されたが、ときおり金銭が足りないことがあったので、依頼された商品を買うことができなかったり、ワンサイズ小さいものを買うしかなかった。

 それもその筈。男性客は、ギャンブルで有り金を皆、すってしまっていたのだった。

 そういったことが二回度重なり、しまいに咲香がやってくると

「またお前か」と不満げな顔をするようになっていった。

 とうとう三か月目に、私はその男性から来なくていいと言い渡された。

 そのことを介護主任に言うと、仕方がないわねと言われ、今までの手当てとして一万円頂いた。

 しかし、半年後、事業所の先輩に会うと

「あの人、あなたのことを褒めておられたよ。

 掃除も隅から隅までして、ベランダのガラスもあなたが来てからきれいになったって。時間も一時間びっちりいてくれるので、かえって助かったよ。

 また女性らしく、料理もうまかったよって」

 咲香は信じられない気分だった。

 陰では、自分を見ていてくれていたのだ。

 やはり、真面目にがんばった甲斐があったというものだ。


 噂では、介護ヘルパーのなかには、やはり悪事をする人もいるらしい。

 孫と共謀して、利用者の金を盗む人もいるという。

 まあ、咲香はそのような疑いをかけられることはなかった。

 これも不幸中の幸いだろう。


 世の中はすごいスピードで移り変わっていく。

 しかし咲香は、やはり売れなくても腐ってもアイドルだったので、やはり華やかさと突き抜けるような明るさと、根性だけはある。

 咲香の長所は、めくら蛇に怖じずの如く、神経が図太く、度胸があるところだった。

 このことは、アイドルには必要不可欠な条件である。


 人生はへベルー一瞬の積み重ねだという。

 へベルのときが一日をつくり、そして人生をつくっていくのである。

 しかし、咲香のような図太さがあれば、案外不器用ながらも、世の中を渡っていくことができるかもしれない。

 咲香は、いつもニタニタ笑いのような笑顔を浮かべている。

 まあ、暗い顔をしているよりも、たとえつくり笑いでも明るい方が、暗闇に輝く一条の光のように、希望を見出すこともできるだろう。


 咲香の出来事は、決して他人事でも対岸の火事でもない。

 いつ自分に降りかかってくるかわからない。

 私は咲香を一つの教訓として、生きていこう。

 咲香の存在は、移り変わる世の中に、ふとすれば不安に陥りそうな私に、小さな勇気を与えてくれた、神様からのプレゼントだったに違いない。


 END

 


 


 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤ずきんちゃん 世間ラビリンス迷走中 すどう零 @kisamatuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る