第4話 咲香を落とす闇からの脱出方法

 咲香は正当な理由もないのに、悪者扱いされ、葬られるのか?

 こんなことは、咲香の人生のなかで傷として残るだけで、あっていいはずがない。

 エリアマネージャーは畳みかけるように言った。

「自分の蒔いた種だ。あなたの役目はもう終わったのだ」

 岩本店長を新任店長として任命したのは、エリアマネージャーである。

 だから、岩本店長の失態=エリアマネージャーの責任であり、責任逃れのためには、使い捨てのアルバイトにカスハラの責任を押し付けるのが、いちばん有効な手段である。

 この冤罪まがいの出来事を、黙って見過ごすわけにはいかない。

 だいたい、カスタマーハラスメントというのは、その現場で、その時点で接客した店員に対して行われるものである。

 その翌日、その場に居合わせていない雇われ店長を待ち伏せし、自宅まで謝罪にいかせるのだろうか。

 こんなカスハラは今まで聞いたことはない。

 まるでフィクション満載のマンガみたいな話である。


 私は、真実を探るために一計を講じた。

 本部宛てに、岩本店長を謝罪させた女性客を装った手紙を書いたのである。


  岩本店長 様

 私は、先週、そちらの店の二階で食事をしていましたが、アルバイト女性のミスが原因で、貴方を駅のプラットホームで待ち伏せし、自宅まで呼び出して謝罪させましたことを、お詫び申し上げます。

 ところが、貴方様がお帰りになったあとで、気づいたことですが、私が借りていた靴が一足無くなっていたのです。

 多分、貴方様が間違って履いて帰ったのだと思うのですが、至急、お返し下さい。

 実はこの靴は、去る方からの預かり物であり、その方からも請求を迫られています。

 去る方というのは、世間では名のある方であり、私は命の危険をも感じています。

 もしお返事がないときは、店の二階に去る方が子分いや部下を十人ほど引き連れて、お伺いすると強く迫られています。

 その方は、闇金にも通じておられる強面の方です。

 どうか早くお返事下さい。

 私の命を助けると思って、無視だけはご勘弁願います。


 宛先人の欄には、ひらがなで「やまぐち くみこ」と記入しておいた。

 ちょっぴり、脅しをきかせたつもりだった。

 咲香は、この手紙を無下に無視するということはないだろうという算段の上だった。


 一週間後、岩本店長の嘘がばれ、岩本店長は減給処分になった。

 いや、もともと岩本店長はなんらかの理由で減給されたので、その腹いせとサラ金による借金の噂から逃れるために、岩本店長は咲香を悪者扱いすることを思いついたのだった。

 エリアマネージャーにとって、新任店長のミスは自分の責任であり、責任逃れのために、咲香のようなアルバイトを嘘つき呼ばわり、悪者扱いしたのだった。

 しかし本部の話によると

「なにがあったとかということは関係なく、あなたは謝罪証明証を書いたでしょう。そのような人を雇っておくことはできません」というつれない話だった。

 謝罪証明証は、エリアマネージャーから無理やり書かされたものだったが、結局は責任逃れのために、すべてをうやむやにするつもりだったに違いない。

 

 咲香はこのことに少々絶望したが、まあこの店に復帰したとしても、所詮は一か月契約単位のアルバイトでしかない。

 未練をもつほどの職場ではないのである。


 のちに、咲香は転職するとき、このしゅうまい店は世間ではよくない評判であるということを、思い知らされた。

 面接のとき、このしゅうまい店の名前を出すだけで、オーナーから嫌な顔をされた。

「ああ、あの店のアルバイト店員は、躾がわるい。独特の仕事のやり方と人間関係があるが、ああいうものは、ウチは要らない。

 まあ、いい所もあったんだけどね」

 また別の店の台湾人店主からも、嫌な顔をされた。

「僕はあの店のコックを五人雇ったが、五人とも二週間で辞めてもらった。

 料理を始め、やることなすことがいい加減。

 あっ、まあいい所もあったんだけどね」

 咲香は今となれば、やはり店を辞めた方が正解だったと痛感した。

 それ以来、咲香はそのしゅうまい店勤務ということを、公言するのを辞めたというよりも、公言する必要などないということを痛感させられた。

 半年後、そのしゅうまい店は多額の負債を抱え、いわゆる闇の世界ともつながりがあったということがマスメディアで放映されていた。

 結局、咲香のような一か月単位の弱い立場のアルバイトを悪者扱いし、切り捨てることで、そのしゅうまい店は、自らの闇の部分を隠し通そうとしたのだろうか。

 しかしそんなところにいつまでいても、拉致があかないどころか、再び、悪者扱いされる恐れもある。

 ここら辺が潮時なんだろう、そして次の職場を見つけようと咲香は痛感した。

 まさにnext doorである。後ろを振り返らず、次の扉を開けよう。


 こういった一連の苦い事件を経て、咲香は世間の辛さと複雑さを実感した。

 そして一度黒に染まりかけた組織というのは、弱い立場の人をうまく利用いや悪用し、その黒を相手のせいに仕立て上げ、もみ消すところまではいかなくても、なんとか黒をグレーに半減しようと企むということも痛感させられた。

 もしかして自分が黒だから、黒の仲間を仕立て上げることによって、うやむやにしようという算段があるに違いない。

 まあ、黒の組織とは関わらないのが、身のためである。

 またいくら隠蔽していても、黒はいろんなものに確実に影響を及ぼし、確実に暴露するときが訪れる。

 咲香は、黒になるのだけは真っ平ごめんだった。

 なぜなら、女性は一歩間違えれば売春という道に堕落するという道が待ち構えているからである。


 咲香はこういった一連の苦い体験を経て、世間の辛さと複雑さ、そして自分の傲慢ぶりを思い知らされた。

 咲香は、ちゃんとした教育を受けていなかったというのも、原因だったかもしれない。

 しかし、世間はやはり結果しか見てくれない。

 

 これからは、やはり目上の人には敬語を使い、人の注意は聞くものである。

 いくらお腹がすいていても、こっそりつまみ食いは、一種の窃盗でしかない。

 そのときは腹を満たせても、あとからそれがやめることはできない、悪癖となってしまい、人の目を盗んで食べるという泥棒まがいになってしまう。

 それがその後の人生に悪影響を及ぼすということを、痛感させられた。

 また、マットの位置を勝手にずらすのは辞めよう。

 超高齢化社会の日本では、高齢者は足を踏み外して骨折するという恐れもある。

 咲香は、今までの自分の生き方をチェンジする必要があると肝に銘じた。


 元アウトロー牧師曰く

「犯罪者に幸せな家庭の人は、誰一人いない」

 やはり、厳しく子を育てるのは、これから社会にでていく子供への布石である。

 金さえ与え、教育をしないというのは、非行への第一歩である。

 その金さえ、詐欺によって一瞬によって奪い取られてしまう。

 金のために生きてきた人は、金のために犯罪に巻き込まれたり、また犯罪に加担することも有り得る。

 元アウトロー牧師曰く

「人生はいつでもやり直せる」

 しかしその言葉の奥には「イエスキリストが共におられるーへブル語でインマヌエル」という真実が含まれている。

 咲香も、イエスキリストとやらを信じてみようと思った。


 類は友を呼ぶというが、やはり常識外の人には、これまたそれに輪をかけたチョイ悪の人にめぐり合わせ、痛い目にあうことが、運命の配慮であり、宇宙の法則なのだろうか。


 常識外の世間知らずの赤ずきんのような咲香は、狼もどきのギャンブル狂の岩本店長に悪用され、災難に合された挙句の果て、職場を追われる羽目になってしまったが、これも人生の一部でしかない。

 その職場にいたら、どんな災難に巻き込まれるかわからない。

 風の噂では、岩本店長は咲香が退店してから一年後、連絡もつかない行方不明状態になったらしい。

 

 それから二週間後、咲香は介護ヘルパーを始めた。


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

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