戦場にて

ハナビシトモエ

戦場にて

 官舎を出たのは尉官になってからだった。

 とある国の軍隊にいる。

 

 ただ階級が上がると頻繁に当直には行かねばならない。


 金がたくさんもらえる体力がたくさんあればいい仕事だとは聞いていた。朝に出勤して、昼に営舎で飯を食って訓練して、夜に当直。

 

 嫌なことばかりではない。

「髭なしアルバスは今日も当直ですかい」

 目の前の男はラインという青年で、同じく少尉だ。

 俺がいやに落ち着いていて、少ししゃがれた声をしていることから、ハリーポッターのアルバス・ダンブルドアをもじって、みな仲間内ではアルバスと呼ばれている。

「髭は剃れと言われているからな」

「退官した後が楽しみだ」

 隣国と我が国は平和的な関係性にない。が先かという問題は最近きな臭くなってきた関係性を鑑みても致し方ない。女性の軍人なかまもいるが、同じ釜の飯を食った仲をいまさら女として見ることは出来ない。


「アルバスさん、お疲れ様です」

 医官のユーロさんだ。

「あぁ、ユーロさん」

「当直ですよね。ちょっと一緒にお仕事してもいいですか?」

「あ、あぁ。構わない」

「妬いちゃうな」

 早く帰ればいいのに俺たちからラインは離れようとしない。

「ラインさん、次いつでしたっけ」

「俺は明後日。ユーロちゃんは?」

「今日遅いだけで明日は早上がりです」

「じゃ、アルバス。頑張ってね」

 俺はラインを手で払い、ラインは独身寮へ帰っていった。


「最近、寒いですね」

 医官のユーロは青色の医療服を身にまとっている。長袖だが、上は持って来ていないようだ。

「その寒かったら」

 装備はそうついていないのだが、訓練をしているせいでワッペンはたくさんついている。身長はさほど小さく無いものの細い彼女にかけたあと、軍人と医官では普段持つ荷物の量が違うと思い至り、同時に今更返せとは言えずにユーロをちらりと見た。

「ありがとうございます。温かいです」

 この国よりも北の国にルーツを持つ女性らしい。と、いうことを仲間から聞いた。仲間にそれくらい自分で聞け根性無しとこっぴどく叱られて、ラインに笑いものにされる。

「雪だ」

「珍しい」

「今日、何の日か知っていますか」

 12月24日、ただ寒くてなかなか見ない雪が降る日。

「寒い日」

「それだけでは、そうか。ここはそうでしたね。私の国ではプレゼントを渡す日です」

「そうか。知らなかった。何も用意していなくて」

「いいですよ。知らなかったことに罪は無いです。知っていって来年プレゼントください」

 当直室はいつもより明るかった。朝までいましょうと言われたが、それはさすがに悪かった。断ると「変な男の人に襲われたら嫌だな」と言われてしまい。仲間を軽視されたと思って、少し怒ってしまった。

 すみません。もう帰ります。

 寒い外を任務の為に追いかけることが出来なかった。


「アルバス。ユーロちゃんと何かあったのか?」

「何がだ。今日は見ていないが」

「朝は?」

「昨日か?」

「当直明けは休みだろう。会わなかったな」

「12月22日」

「日記か。薄いな」

「海を越えた大国からの支給品だそうだ。暇なのかね。こんな板」

「それでなんで日記なんかつけている」

「俺たちはさ、いつ国の為に死ぬか分からないんだ。だろ? みんな」

「ラインの講釈は始まるのか」

「我がX国はヤマダ川東浜を死守し、敵国を西へ追いやった。その功績を讃えられたのは我が55師団であり、ここの食堂で貴重な魚料理を食っている我々である」

 そのうちその魚に毒でも入れられたらたまらんわな。

「昼も訓練あるぞ。早く食えよ」

「ユーロちゃんと今日はあったのか?」

「ユーロさんとは今日はまだ会えていないぞ」

 食堂一同はみなため息をついた。

「一昨日は何の日?」

「ただ寒くてなかなか見ない雪が降る日」

「お前どこの出身だっけ」

「イケダ国だ」


 俺の出身のイケダ国は長く紛争の真っ只中にある。親はおらず、偶然戦闘で現れたX国の軍人が銃を向けたのはあの辺りの子どものボスにクリニカだった。

「こいつは体力があって、すばしっこい子どもだ。いい金になる」

 クリニカがどうなったか知らない。どの道あそこで生きながらえるのはかなり難しいだろう。ただ軍人はあそこで始末しなかった。

 面談というのを軍人は設けた。軍人になるか、になるか。

 軍人になったら、金は好きに入るし、クリニカに何か買ってやれるかもしれないと。あとでクリニカはまだ殺されていないのかと聞いたら、というやつらしい。何かになるともう永遠に会えないと言われたので、やってみると言ってもう20年が経った。俺はもう30くらいらしい。健康診断で言われた。


「イケダか。よく生き残ったな」

「よくしてくれた奴がいてな」

「何かになったのか」

「捕虜になったと。今は何とも」

 みんなが少し暗い顔になった。

「クリスマス知らないよな。ユーロも不憫だな、それにしてもこの男は」

 いきなりラインに頬を張られた。ちゃんと顔面にパンチした。

「何をする!」

 ラインは鼻血を出している。

「目には目を、歯には歯をだ」

「意味の分からない事を言うな。それにその訳で合っているなら、過剰暴力だ」

「さっきの講釈がうるさかった」

「それでその講釈をするのに昼の訓練の時間を何分無駄にしますか」

 白髭は混じった先任軍曹だった。普段はダンディーな酒飲みジジイだが、怒ると夕食にはまず間に合わない。

「みんな尉官になったからと言って何か変わることはありませんよ。敬礼はせずに食事を摂って、ちゃんと準備運動してから来なさい」

 要は食堂のおばちゃんに迷惑をかけないようにという訓示なのだが、食堂側もそこは諦めているようで「早く食べな、残しても許してやるよ」という声に敬礼をして、先任軍曹からこっぴどく叱られるの繰り返しだ。


「あったか?」

 ラインは声を潜めて後ろを警戒している。

 訓練は夜になっても終わらない。真っ暗闇の中な大きな倉庫で輸送機のネジが落ちてしまって行方不明だというで探している。

 軍曹はペイント弾を所持し、物陰から出てきた兵士を打ち抜く。打ち抜かれた兵士はネジが見つかるまで腕立て伏せだ。打たれた兵士の方から早くしてくれと恨みのこもった視線を浴びせられている。

「ないない」

「そうだよな。簡単には見つからないわな」

「あのー、誰かいますか?」

「おい、ユーロちゃんじゃねぇか?」

 先任軍曹が倉庫の扉に向かって歩いて行った。

「チャンスだ。多分、ネジはじじいのいた地点にある」

「おい、馬鹿行くな!」

「ライン、甘い」

 しっかり打ち抜かれた。

「そのネジを拾って」

「おぉ、これは輸送機のネジです」

「軍曹さん、お夕飯はどうされますか?」

「仕出しの弁当がありますので」

「じゃ、あとでアルバスさんをお借りしますね」

 みんなは終わったと肩の力を抜いて物陰から出た。全員、打ち抜かれた。

「まだ終わったとは言っていない。私が仕出し弁当を貰って来るまで腕立て伏せだ」

「ジジイ、そりゃ無いぜ」

 ラインは小さくつぶやいたが、ちゃんと聞こえていた。

「ライン、片腕立て伏せ。戻って来るまでな」

「なぁ、みんなもどうだ。楽勝だよな、なぁ」

 地獄へ仲間を引きずり込もうとするが、その手には誰も乗らない。

 倉庫の扉は閉まった。

「はぁ、疲れた。そうだろ」

「ここカメラついたぞ」

「みんなもどんどんやろうぜ」

 も終わり、官舎についたのは深夜1時だった。お情けでシャワーは浴びさせてもらい、医官のマッサージ受けたいとアルバスは詰め寄られた。

「俺に言われても困る」

「ユーロちゃん、アルバスのいう事なら聞いてくれるよ」

「それはユーロさんに選択の自由があるだろう」

「食堂でおばちゃんがパン焼いてくれているってさ」

 シャワー室に飛び込んで来た仲間が嬉しそうにまくしたてた。

「一日、遅れのいいクリスマスじゃないか」

「クリスマスってなんだ」

「みんながプレゼント貰って楽しい日だよ」


 仲間が肩を叩いて、シャワー室を出て行った。

「食堂に行くと、湯気の立つピザが目の前にあって、それをさっきから堂々とマイペースに入って来るあのアホが食うまで食えないって」

「どうした」

 俺は恨みのこもった視線にこたえた。

「先日はすみませんでした。皆さんを侮辱する気は無かったんです。ただちょっとその」

「アルバス。言わせるな」

「何をだ」

「目の前に女の子がいる。プレゼントを用意してある。もうこれは目には目を歯には歯を論理で」

「女性にその理屈は使わない」

「そのさ、感想とか」

 俺は切り分けられたピザを口に入れた。ポテトとトマトがのったピザ。

「ベーコンの配給が無くて、野菜ピザになっちゃって」

「美味しい」

「良かった」

 この量だとかなり無理を言ったのだろう。

「クリスマスも案外いいものだな」

「でしょ?」

 ユーロはどこか楽しそうだ。ユーロが楽しいのはいいことだ。みんなはここで食えばいいのに、なぜか部屋で食べるらしい。食堂のおばちゃんもせっせと片づけて、提供されて30分で食堂から誰もいなくなった。


「ええと。それでですね」

「ユーロどうした?」

 ユーロの顔が少し赤い。

「交際をしたいと思っていて、アルバスさんは私をお嫌いですか?」

「とんでもない。好意はあるよ」

「そうしたら、明日から交際をしましょう」

「交際というのは、その何か変わるのか」

「ちょっと気分が楽しくなって、他の医官に自慢出来ます」

「それは結構だが、仲間にはどういえばいいのか」

「この55師団で私がアルバスさんに特別な感情を抱いていることはアルバスさんしか知りませんよ。これからもよろしくお願いします。あとどうお呼びすればいいですか?」

 アルバスは名称だし、本名を今更言うのは少し気まずい。

「特別になるなら、教えてください」

 特別はいい事と前にラインが言っていたな。

「アーバス」

 え? と、ユーロが問う。

「名前が名称と似ているからな」

「アーバス。アーバス」

 ユーロが嬉しそうだ。嬉しいのはいいことだ。

「私のこともユーロって呼んでくださいね」


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