約束の時刻

幸まる

夕方5時のリズム

その日は、オレの飼い主の結婚記念日だった。

“銀婚式”とかいう特別な結婚記念日で、飼い主の子供達からお祝いのプレゼントが渡されたんだ。

飼い主は旦那さんつがいと嬉しそうに箱の包装を開いていた。



鳥カゴの中からそれを見ていたオレは、つがいの彼女を亡くしたばかりで、二人の嬉しそうな様子がたまらなく羨ましかった。



飼い主のことも、大好きだ。

飼い主の旦那さんも、その子供達も。

皆オレを「クーちゃん」と呼んで可愛がってくれる。


だけど、一羽ひとりになったこの鳥カゴはやけに広くて。

寒いんだ。

寂しいんだ。

一緒に歌ってくれる彼女がいなくて、オレはとても悲しい。


悲しくて、とても歌う気になれないんだ。




「わあ、これ、からくり時計ね!」


飼い主の明るい声につられて、オレは家族が覗き込んでいる物を見た。

箱から出されたそれは、丸くて平たい壁掛け時計だった。

大きく数字が書かれてある文字盤は、とても見やすそうだったけれど、それ程華やかな見た目でもない。

今壁に掛かっている時計より大きいが、特に違いはないように思えた。


一体、“からくり時計”とは何のことだろう。


そう思った時、電池を入れて針を3時に合わせた時計が、カチリ、ジー…と音を立てて動き出した。

文字盤の3の部分がくるりと回り、そこに小さなウサギが姿を現す。

明るい音楽が鳴り響き、ウサギは飛び跳ねるように、リズムよく上下した。



へえ、これが“からくり時計”か。

面白いもんだな。

そう思いながら羽根を震わせる。


すると子ども達が「お母さん、5時に合わせてみて」と言った。

どうやら時間によって、かかる曲も飛び出る動物も違うらしい。


12の数字に様々な動物が隠れていて、時間ぴったりになると、それぞれの数字がくるりと回転して動物が姿を現すのだ。

そして、12の曲に合わせて、動物は上下に揺れる。


お母さん飼い主は言われた通りに針を進め、針を5時に合わせた。



カチリ、ジー……


5の数字が回って、小鳥が姿を表わした。


白い小鳥。


オレはカゴの柵に掴まって、食い入るようにその鳥を見つめた。


彼女だ!


小首を傾げた小さな身体は、艷やかな白い羽根。

赤いつぶらな瞳は光を弾き、三角の嘴を薄く開いて、音楽と共にリズムよく身体を上下する。


ああ、彼女だ。

歌っている。


チュル……。


オレもつられて声を出した。


チュルチュルル……。




「クーちゃんが歌ってるわ。久しぶりよ」


飼い主がとても嬉しそうに笑って、オレを見ていた。


「ユキちゃんが亡くなってから、ほとんど鳴かなかったもの」

「うん。あのね、この子、ユキちゃんに似てると思わない?」

「本当ね」


家族がからくり時計を見て笑う。

5の数字のところで揺れる小鳥は、亡くなったオレのつがいにそっくりだったのだ。




その日から、夕方5時前はオレの放鳥時間となった。


オレは時計の近くへ飛んでいき、彼女が顔を出すのを待つ。

5時。

カチリ、ジー……。


ポロン、ポロロンと曲が掛かる。


リズムに合わせて、彼女が揺れる。


オレは、チュルチュルルと歌う。



飼い主は嬉しそうにオレを指にとめ、顔を寄せた。


「もう少し、私達と一緒に生きてね」


うん、オレ、もう少し歌っているね。

5時になったら彼女が一緒に歌ってくれるし、オレには飼い主も家族もいるから。



飼い主の頬に嘴を寄せ、オレはチュルチュルルと歌う。

ジー…

音がして、文字盤が回る。


また明日。



オレがいつかキミの下へ行くまでは。

こうして5時に歌を歌うよ。


だから、きっと、その日まで空で待っていて。



カチリ、と音がして、彼女は数字の裏に隠れた。





《 おしまい 》

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約束の時刻 幸まる @karamitu

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