写真
エイジ
御守り
「宇宙の始まりはビックバンと呼ばれています。だって、景? 聞いてる?」
そう俺に話しかけるのは愛梨沙、幼馴染だ。宇宙の話題に俺が釣れなかったことを悟り、そっと手に持っている「宇宙の教科書」という題の本を閉じている。
悪いがこっちは今それどころじゃない。もう時期迫る夏の写真コンクールの締切がすぐそこまで迫っていた。
数学の参考書を片付け、「ごめん、もう行かないと、」と言って、俺は図書室を出た。
今日の課題は終わった。丸一日かけて被写体探しだ。
「ちょっと!」という愛梨沙の声のようなものが後ろから聞こえるが、彼女のじゃれあいに関わっている暇はない。
写真部の部室につくと、まだ数名が残っていた。コンクールの詳細や、連絡事項などが張り出されたホワイトボードを入念と見つめる。時間はまだ十七時前で、締切は二日後だ。
これならなんとかなる。写真をjpegで開催元に場所や機材を明記で送信しなければならなかったが、校内でも我が校の写真部はこんな写真を提出しましたよ、と証拠のような展示を毎回しており、そちらにも追加で一枚現物を提出しなければならない。そちらの方が億劫だが仕方ない。
俺が写真部に入ったのはいかにも緩そうだったからだ。でも入ってみたら入ってみたでみんな生真面目なのだ。緩くもあるがやる事はきちっとやる。その居心地は悪いものではなかった。
「おぉー景。遅いな。被写体は決まったの?」と部室の奥から眼鏡が話しかけてくる。彼の名前は智樹。少し髪がボサボサなのが目に入るが、彼はそれをあまり気にしていない。
「それが、まだなんだよ。今から決める、スマホで何枚か撮るよ」
「大丈夫か?」
「そういうお前はどうなんだよ」と聞いてみた。
すると彼は待っていたかのように口を開き、
「俺か? 今提出が終わったところだ。聞いてくれよ、今回は構図にこだわったんだ、」
これは長くなりそうだ。「ごめん、後で聞くから!」と逃げるように俺は部室から出た。
結局その日は被写体は決まらなかった。木を下から撮ってみたり、道端の花や風景など数枚、撮りはしたのだが、どうもしっくりこない。
これでも一端の写真家としてのめんどくさいプライドがある。自分の中の戦場カメラマンが「これは違う、これも違いますねぇ」と丁寧に言うのだ。
「未来形では主語と動詞の間にwillが入って、これからすることを表します。例えばーー」
例えば俺ならI will take a picture. といった感じになるのだろう。ペンを回しながら授業を聞く。みんな眠くならないんだろうか。
ぼーっと考え事をしながらその日は授業を聞いた。被写体のこと、コンクールのこと、最近読んでいる漫画のこと、そして、
「景、今日隣町で少し早いけど花火あるんだって、観に行こうよ」と声をかける愛梨沙のこと、は考えてはいない。
「それ、いいね」
「本当? 花火、見たかったんだよね」と彼女は嬉しそうだ。
俺も嬉しい。
花火を撮って、提出することにした。綺麗に撮れれば写真としてもいいものになるだろう。
救いの手を伸ばしてくれてありがとう愛梨沙、と心の中で彼女に感謝を告げ、二人で下校した。
今が六月で、梅雨明けがまだだということを忘れていた。
電車を降り、神社へと向かう通りを歩いている最中、突然雨が降り出した。
その雨は最初こそ小降りだったものの、すぐに大粒の雨になり、土砂降りになってしまった。
神社へと慌てて向かうが、この雨では花火はできない。やがて雨は弱まるも、なかなか降り止まない。
「残念、中止だね。またこよっか」と彼女が言い、思い出した。この神社、前にも訪れたことがある。
花火は撮影できなかったけど、写真は決まった。
一枚スマホで写真を撮ることにした。
私の学校の掲示板は、文化部がコンクールなどに応募した物を、我が校はこんなものを提出しました、と見せしめの様に展示している時がたまにある。
美術部や、書道部、新聞部の作った新聞など様々で、ほとんどは取るに足らないのだが、中にはほんとに同じ学校の生徒が作ったの? と疑うような目を見張る作品もあり、それを眺めることは生徒たちの楽しみの一つだ。
私のお目当ては写真部。景の撮ったしょうもない写真を見て、下手だなと笑うのが楽しみだった。彼も学習するらしく、最近は写真の色調をいじった物を提出していて無駄な足掻きをみせている。
最近は夏のコンクールの締切が近いらしく、何やら忙しいみたいで、バタバタしていた。
息抜きに花火を誘ってみたはいいものの突然の雨で中止になってしまったのが少し残念だ。
今日もその掲示板を覗いてみる。あった。写真部の展示だ。どれどれ、と横から見ていく。
智樹の写真は紫陽花だ。かなり近い距離から撮られており、奥の風景がすこしぼやけていて紫陽花の存在感が際立っていた。空の青と紫陽花の紫の対比がよくわかり、いい写真に思える。
そして、景の写真が目に入った。あれ、これ、二人で子供の時買ったやつじゃん。
そこには、私がいつもカバンに着けている古びた御守りの写真が写っていた。
なにこれ、こんなんでいいの? と思ったが、彼の写真だ。私の御守りに魅力を感じたのだろう。私は少しだけいい気分で教室へと向かった。
写真 エイジ @Age-shimazaki
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