魔法がないこの世界に今日、魔法が生まれた

那須木なゆ

第0話 魔法がないこの世界に今日、魔法が生まれた

この世界には中二病という病がある。

中高生が陥りやすい病ではあるが、ほとんどの人は年を重ねていくにつれそんな病からは脱していく。


「はっ! ファイアボール!」


しかし脱せられるのは”ほとんど”の人だけなのだ。極わずかそんな病を患ったまま大人になってしまう人間もいる。


「はっ!」


そう、この男みたいに。


「くそ……俺は特別人間なはずなのに……魔法の一つくらい使えたっていいだろ」


この男の名前は法幡 創(のりはた はじめ)、25歳ひきこもりニートだ。

その事実だけでも中々なものだが、それに加えて実家のベッドの上で手だけを伸ばして、魔法が出ないか試しているのだ。

もしもこの姿を見る人がこの世界に居たとしたら、その悲惨さから目をそむけたくなってしまうだろう。


「はあ、なにやってんだ」


そんな事実に途中で気づいてしまい、メンタルはまた地の底まで落ちる。

そのまま毛布を頭からかぶりそのまま眠りにつく。そんなことを毎日繰り返してきた。


もう死んだほうがましなんじゃないか。

そんな考えはこれまでのニート生活の中で、浮かんでは見えなくなってを何度も繰り返してきた。


目を覚ますと部屋は真っ暗だった。

時間を確認する習慣なんてものははるか昔になくなっていたため、夜だということしか分からないがそんなことは関係ない。


しかし今が何時だろうと夢から覚めたその瞬間は、一日で最も最悪な瞬間だ。夢の中では昔のまだ輝いてた頃の自分がいつもいる。その時に戻りたいと本気で思ってそんな妄想をしているから、毎日昔に戻る夢を見るのだろう。

マイナスな感情で眠りにつき、マイナスな感情で目を覚ます。そんな生活を繰り返していた。普通の人間なら耐えられなくなって死んでしまうかもしれない。


しかし、創が死んでいないのは心のどこかで自分には何か特別な力があるんじゃないかという「中二病」からくる思いがある。それこそが創を生かしている最後の砦なのだ。

もし、いつか中二病が治ってしまったらその時には創は生きていられないかもしれない。

最近は徳別ではないことに薄々気づき始めている。「中二病」が治ってしまう日も近いのかもしれない。


起きてから3時間ほどが経ったその時、いつもと同じように創の中に、自分はやっぱり特別な力を持っているのかもしれないという気持ちが湧いてくる。


「いや、今日はいつも以上にできる気がする」


しかし、今日はいつもとは違いより一層力が湧いてきているように感じた。


「……よしっ。ファイアボール!」


―――


そんな詠唱は真っ暗闇に飲み込まれてしまった。


「ファイアボール! ファイアボール!」


何度やっても同じだ。

しかし今日は何か違う気がするのだ。こんな風に感じることは今まで一度もなかった。

その日の創は、いつもとは違い上半身を起こし、手を前に突き出す。


「今日だったら……今日なら出来る気がするんだ」


『神様お願いします』と心の中で祈り、静かに集中する。

目を瞑り、全身に流れているであろう魔法の源を腕に集める。そんなイメージをしていると不思議と右腕がじんわりと弱い電流が流れるような感覚に襲われる。

しかしそんな感覚に襲われても集中力は切らさない。さらに腕に集中し、腕を流れる何かが熱を帯びたと感じた瞬間に、


「ファイアァーボォーール!!」


頼む。きっと今日なんだ。今日しかないんだ。

だから今日だけだったとしてもいいから、一度くらい”夢”を見させてくれ。


そう、切実な願いと共に魔法を叫ぶ。


すると腕にあった熱い感覚が手のひらの方へと抜け、ついには体から出ていくように感じた。

その瞬間、手のひらから小さな、いや創にとってはどんなものよりも大きな「希望の炎」がこの世界に放たれた。


その炎はドアにぶつかる前に消えてしまうくらいの威力だった。

しかしそれは夢にまで見た最高な魔法だった。


「はぁはぁ……できた、本当にできた」


心の底から、魔法が使えたことに対する歓喜が湧いてくる。それと共に感情が熱となり、その熱が魔法の源になって全身を流れ始めたのを感じた。


「やっぱり俺は特別な人間だったんだ」


両手を広げ、その全能感に浸る。

その体からは、今までの心の底に沈んでいた数多の正の感情が、今の創の許容量を超え、魔法の源として体から溢れ出ていた。

それは部屋から家の中へ、家の中から外の世界へと広がっていった。


「……よかった……俺は生きてきた意味があったんだ……」


この3年間もうずっと生きる意味なんてものはなくて、親に迷惑をかけているだけだった。

そんな創にもこの世界に生きる意味が生まれ、明日からも生きられることへの安堵から涙が流れていた。


魔法なんてものはこの世界には存在し得ない。


様々な空想が科学的根拠をもとに否定されていく現代で、こんなに本気で魔法を出そうとした人間はいなかったのだろう。

心の底から願って祈って、そうした創というたった一人の感情が、今までこの世界を支配していた秩序を変え、魔法という新たな秩序をこの世界に生み出したのだ。


どんな物語にもその世界に魔法が生まれた瞬間なんてものは書かれていない。生まれたときから魔法が当たり前の世界がほとんどだ。しかし、こうして―――


魔法がないこの世界に今日、魔法が生まれた。


これから先、一人また一人と魔法を使えるものが出てきて、この世界には魔法が充満していく。その中で起きる差別や争いに、創自身も世界初の魔法使いとして巻き込まれていくだろう。

一か月後、一年後、10年後の世界がどうなっているかなんてもう誰にも分からない。


ただ一つ分かることがあるとすれば、明日から創は前を向いて、新しいこの世界を楽しく生きているということだけだ。

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