特別回 まひるとお父さん。
わたしには父がいない。
なぎくんのお父さんのように、亡くなってしまったわけではない。
わたしが幼い頃に両親は離婚した。
そして、それから一度も会わせてもらえなかった。
だから、わたしには父の記憶がない。
大きな身体で優しい、なぎくんのお父さん。
太い指で手が温かい、なぎくんのお父さん。
これは、そんな
中2の頃、わたしはなぎくんに酷いことをした。
本当は大好きなのに、あの子にイジメられるのが怖くて、酷いことを言ってしまった。
それから、なぎくんに避けられるようになった。
謝ろうとしても、話を聞いてくれない。
学校では目も合わせてくれない。
だから、また前みたいに一緒に登校できるかなって思って。朝、なぎくんの家にいきピンポンを押す。
「なぎくーん」
出てきてくれないと分かってるけれど。
もしかしたら、と期待してしまう。
でも、わたしが悪いんだ。
悲しい気持ちになって、1人で学校に行く。
だけれど、時々、お父さんが出てきてくれる。
……今日はお仕事お休みなのかな?
お父さんはお話が苦手みたいで、あまり話してくれない。でも、すこしバツが悪そうに頭を掻いて、決まってこういうのだ。
「ごめんな。なぎはまだ準備ができてないんだ。先に行っててな」
そして、わたしに、みかんを一つくれる。
指が太くて大きくて温かい手。
その手を添えて、わたしにみかんをくれる。
その度に、父を知らないわたしは。
みんなのお父さんって、こんななのかな?
わたしのお父さんも、こんななのかな?
そう想像してしまう。
その日は朝から暑くて。
蝉がみんみん鳴いていた。
でも、わたしは。
今日もまたナギくんの家に行く。
「なぎくーん」
いつものように玄関前で待つ。
もう、ずっとずっとナギくんとお話できてない。
待ってる間に、わたしは泣いてしまった。
すると、扉が開く。お父さんが出てきてくれた。
お父さんは、申し訳なさそうな顔をして。
「ごめんな。あいつなら、いつか分かってくれると思うから。嫌わないでやってくれな」
その日のお父さんは、いつもより、もっと優しかった。
わたしの涙が止まらないから、タオルを渡してくれた。飾り気のない手拭いみたいなタオル。お日様の匂いがした。
そして、お父さんは。
いつものように、みかんをくれる。
あれ?
夏なのにみかんってあるのかな。
すると、お父さんが教えてくれた。
「これは夏のみかんなんだ。普通のみかんは冬だろう? あれは夏に太陽をいっぱい浴びて冬に出荷される。これは、冬の厳しい季節を乗り越えて、夏に収穫されるんだ。でも、元気いっぱいなオレンジ色だろ? 冬みかんにも負けないくらい甘い。いまは辛いかもしれないけれど、真夜ちゃんも元気なオレンジ色でいてくれな。ナギならいつか、必ず分かってくれるから」
お父さんがこんなにお話してくれたのは、初めてだった。
学校からの帰り道。
わたしは夏みかんを食べる。
すっごく甘かった。
わたしは、また泣いてしまった。
ナギくんと再会できたとき。
またお父さんにも会えるのかな、って思ってた。
お父さんが亡くなったって聞いて、ショックだった。
わたしが憧れた父親だったから。
だから、お墓参りに行くって聞いて。
わたしは、お父さんへのお土産は、絶対にみかんにしようと決めていた。
なぎくんが、すこし寂しそうな顔をしている。さっき、お母さんと話して、色々と思い出しちゃったのかな?
なぎくんは、自分のことを親不孝だって言ってたけれど、そんなことはないよ。
お父さんは、ナギくんのこと信じていたし。
お父さんが、わたしに謝ってくれるときの顔。
ナギくんのことを大切に思ってるのが、たくさん伝わってきたもん。
それに、そうやって頭を掻く仕草。
君は、お父さんにそっくりだよ?
でも、まだそのお話はできない。
もしかしたら、いまのナギくんなら、わたしを許してくれるのかもしれない。
でも、でも。
もし、会えなくなっちゃったらと思うと。
怖くて。
……ごめんね。もう少しだけこのままで。
だから、せめて。
わたしは、カバンをごそごそする。
そして、なぎくんに、みかんを渡すのだ。
わたしを元気にしてくれた、お父さんのみかん。
なぎくんにも伝わるといいのだけれど。
それと、もう一つ。
君に謝らないといけないことがあるんだ。
いつも、玄関で「なぎくーん」って呼んでごめんね。
ちょっと迷惑そうな顔をされてるけど。
わたしはやめないよ。
だって。いまは。
中学の頃と違って。
「なぎくーん」って呼ぶと、出てきてくれるんだもん。
嬉しくって、やめられないよ。
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俺セフを応援してくださってありごとうございます。完結して随分経つのに、気づけばたくさん★★★やフォローが増えていて。
感謝の気持ちをこめて、特別回を追加しました。
これは完結後に修正していて、本編で書けば良かったなぁ、と思ったエピソードです。
時期としては「第31話 お墓参り」前後のエピソードですので、そのへんとあわせて読んでいただけるといいかも知れません。
俺セフは初稿からかなり修正しています。きっと最初より面白くなっていると思いますので、忘れてしまった頃にでも、またお読みいただけると、とても嬉しいです。
→ラブコメジャンルで新連載始めました(7/11)
「俺の義姉は性格が悪い」
https://kakuyomu.jp/works/16818093080732200798
そちらもお楽しみいただけますと嬉しいです。
【評価平均2.72!! (9/17)】俺のセフレが幼なじみなんですが?【完結•一気読み可】 おもち @omochi1111
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