最終話 ありがとう。


 (羽田空港 第3ターミナル 到着ロビー)


 俺は入国手続きを終え、スーツケースを受け取る。


 今回、先輩とほのかにはすごく世話になった。だから、先輩、ほのか。それに、……まひるにも土産を買った。


 そのせいか、スーツケースが異様に重い。


 まぁ、重量の大半は、先輩にオーダーされた大量のブランデーだとは思うが。なんでも、ハワイで売ってるのは味が違うとかなんとか。


 これをひいて家まで帰るのって、ある意味、残業だよな。


 人混みをかき分け、エントランスの外に出た。

 

 すると、どんより重い雲に覆われた空が見える。向こうではいつも晴天だったせいか、余計に空が暗く感じた。


 ホールの周りには、送迎の人が沢山いる。

 家族、カップル、知人、様々だ。

 それぞれが無事に会えたことを喜び、これから一緒に帰るのだろう。


 おれは……。

 どこかで期待してしまった。


 まひるが待っていてくれるんじゃないかと。

 だけれど、彼女の姿はなかった。


 『そりゃあ、そうだよな』

 

 俺は苦行のように重い荷物をき、再び歩き始める。


 

 ホノルル研修は、それなりに充実していた。

 本勤務はニューヨークらしいが、英語にもなんとなく慣れることができた。


 ただ、帰りは散々だった。


 当初のスケジュールでは、グアムに立ち寄って、現地から早朝の便で帰国予定だったのに、急遽、ホノルルから直帰になってしまった。おかげで、早い便が取れず、結局、もう夕方ちかい。


 これで明日は普通に出社しろとか、おかしいだろ。うちの会社は。


 スマホに電源を入れる。

 すると、大量の業務メールに埋もれてメッセージが一件。




 「やっぱり、もう一度だけお会いしたいです。朝8時の便ということだったので、空港で待ってます。 まひる」


 え。朝?


 俺は腕時計を見る。

 もう16時だぞ。

 

 8時間も経ってる。

 俺はスーツケースをその場に投げ出して、まひるを探し回る。


 ベンチに座る若い女性の中にも、もしかしたらまひるがいるかもしれない。


 ……いない。

 いるわけないよな……。


 


 まひるに電話をかけてみる。

 すると、圏外で繋がらなかった。


 スマホを忘れてるのか?

 それとも、またの待ちぼうけで、本当に愛想を尽かされてしまったのか。


 いや、諦めることはできない。

 きっと、これはラストチャンスだ。


 家に帰ってるのかも知れない。



 俺はタクシーに乗り込む。


 「運転手さん。東京都◯◯区◯◯町……。できるだけ急ぎでお願いします」


 せっかくまひるから連絡をくれたのだ。

 絶対に、待ちぼうけをさせたこの前みたいにはなりたくない。


 バタンッ!


(タクシーのドアが閉まる音)


 

 まひるの家の玄関前まで走る。

 インターフォンを押す。


 ……遅い。

 じっとしていられず、玄関前をウロウロする。



 しばらくして、ドアが開いた。

 出てきたのは、まひるのお母さんだった。

 

 「あの子、早朝に出て行って、まだ帰ってきてないわよ」


 俺は挨拶もそこそこに、まひるの家を後にした。



 どこ行っちゃったんだよ。

 あいつ。


 こんな暑い中、何時間も外にいて。

 熱中症で倒れたりしてるんじゃ……。

 

 ほのかと先輩に連絡したが、まひるの居場所に心当たりはないとのことだった。


 何度かまひるに電話してみたが、やはり繋がらない。



 もしや、俺の家か?

 急いで家に帰るが、まひるは居なかった。


 ほんと、どこにいるんだよ……。


 アパートの外階段を降りる。



 すると、買い物袋を持ったおばあさんが、目の前で盛大に転んだ。

 持っていた買い物袋から、果物が転がり落ちる。


 「大丈夫ですか?」


 おれは果物を拾い集める。

 手に持つその果物をみて思った。

 

 『この季節に、みかんなんて珍しい……』


 みかん?

 まさか……。


 なんでか分からない。

 なんの根拠もないが、あそこに行けば、まひるに会える気がした。


 そう。俺たちが最初に会った場所。


 新宿駅のロータリー前にある銀行。



 まひる。

 まひる……。

  

 銀行前につき、あたりを探し回る。

 だけれど、まひるはいなかった。


 そうだよな。

 もし、ここに来てくれていたとしても……。

 まひるが家を出たのは早朝なのだ。


 会えるはずがない。


 はぁ……。

 なんだか初めて会った時の事を思い出す。

 なかなか現れないまひるを、みじめな気持ちでここで待っていたんだっけ。


 一年半近く経つのに、またおれは……。



 すると、どんよりと暗い雲に隠れていたはずの満月が、一筋の光となって、俺の周りに降り注いだ気がした。

 

 おれはうつむいていた顔を上げ、夜空を見上げようとする。



 そのとき。


 背後から声をかけられた。



 「あの……」



 俺は振り返った。

 そこには、美しい女性が立っていた。

 

 身長は大きくも小さくもなく、明るいロングの髪の毛。

 バストは主張が強い訳ではないけれど、それなりで、ウエストからヒップまで柔らかで綺麗なラインがのびている。

 

 大きめの白いレースのシャツに、ダメージが入った短めのデニムのスカート。

 スカートからは、若々しい太ももがあらわになっている。足元はヒールの少し入った黒いショートブーツ。


 両耳には、センスの良い瑠璃色のピアスが揺れている。


 女性は、真っ白い肌を少しだけ桜色に染めて、口を少しあけ、まんまるの大きな瞳でこちらを見つめている。



 ……あの時と同じだ。

 

 

 街灯の中、月あかりが彼女だけを照らしているようだった。


 彼女は、煌びやかに照らされた長い睫毛まつげを瞬きさせ、潤んだ瞳でこちらをじっと見つめている。そして、俺を何度も幸せにしてくれたあの笑顔で、微笑んだ。



 「……わたしと、お付き合いしてもらえませんか?」




       (おわり)



 メインストーリーはこれにて終わりますが、もう一話、その後のお話が続きます。


 お付き合いいただけますと嬉しいです。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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