第14話 本当に欲しいものは
今回の収穫は過去一番だった。なにせ突如魔物の群れが聖教国の国境まで侵入してきたのだから、聖騎士団からの報酬はかなりの額になったし、持ち帰る魔物の肉の量も非常に多く、村の全員でも食べきれない程だった。
「こいつは大変だな!
村人達はその通り丸太で櫓を立て、巨大な焚火を作ると大量の肉に串を刺し焼いていった。脂の焼ける匂いが辺りに立ち込め、誰もが期待に満ちた顔で焚火を囲み出来上がりを待つ。やがて極上の脂が滴る肉が焼きあがると、皆一気にかぶりついた。
「いっただきます!!」
「あー! うめえ! 最高! 仕事の疲れも吹っ飛ぶな!」
「はふ、はふ……美味しーい!!」
「おい、酒もってこい!」
「焦るな焦るな! まだまだ肉はあるからね!」
村中の皆が笑顔で肉を喰らい、飲み、勝利を語らい、騒ぎ、遂に歌い始める者もいた。ちょっとしたお祭りだ。夜更けまでこの騒ぎは続くだろう。
「おい、ジマイマは?」
ジマイマの姿が見えない事に気づいたマルコがテオに訊く。
「ああ、夕方の巡回だ。こういう時でも手を抜かないのは流石だな」
「……そうだな。あの子の目の良さがこんなに頼りになるとは思わなかったぜ」
ジマイマの目の良さは「荒野の民」のテオやマルコも舌を巻くほどだった。彼女はそれを活かして村の外に危険が無いか定期的に見回る役を務めている。今は“穢れ”は普通の人と同じようにしか見ることが出来ないが、それでも遥か遠くに“穢れ”が成長しているのをいち早く見つけ、ロアに乗って聖水をかけに行ってくれるので、村の近くに“穢れ”や魔物が発生する事は一切ないのだ。
マルコはそれを感謝しつつも、またジマイマひとりに負担をかける図になるのではないかと心配した事もあったが。
「これは私の好きでやってるの! 昔のように強制されたり、一人で責任を背負うプレッシャーを感じたりしたからじゃないわ。自分の得意なことを自分でやって何が悪いの?」
笑顔でそう言われれば反論もできない。
「ああ。弓の腕も大したもんだし、ジマイマはもうすっかり村には欠かせない人間になった。なぁマルコ、いつまで意地を張るつもりだ?」
「あ? 何が言いたい、テオ」
「わかってるくせに」
いつまでもとぼけるマルコに、テオは悪戯心が沸いた。ニヤニヤしながら胸を強調するゼスチャーをする。
「ジマイマの胸はもう十分立派な大きさじゃないか」
「なっ……!」
「あれを少女趣味なんていう奴はいないさ。イイ女だと思うぞ?」
「待てっ、まだ早い。あいつは……」
「早くないだろ、16なんだから。マルコが要らないならあの子を口説きたいって奴はいるんだぜ」
「なんだと!? 誰だ!?」
「誰って言うか、結構いるぞ?
「おい、そいつら全員教えろ! ぶっとばす!!」
テオの服を掴んで吠えるマルコの後ろから肉を持ったジマイマが現われた。
「……マルコ、何やってるの? テオとケンカ?」
「えっ!? あ……いや」
「ハハハ、俺がマルコをちょっとからかっただけだよ。じゃあなジマイマ、俺は奥さんの所に戻るよ」
「? うん」
テオが去って行くとジマイマはマルコの隣に座り、肉のひとつを手渡した。
「はい、マルコの分。美味しいよ」
「ああ、ありがとう……」
「いただきまーす」
一年前と違い、ジマイマは手を祈りの形に組むことをせずに早々に食べ始める。
「ん~~~~!!」
美しい銀の目が尚一層キラキラと輝き、そして閉じられる。彼女は咀嚼しながら恍惚の表情を見せた。マルコはそれを見て思わず笑みをこぼす。
「お前は本当に旨そうに食うなぁ」
「だって美味しいんだもん! 幸せ!」
「そうか、幸せか」
マルコの中に温かいものが広がる。魔物に殺された妹の事を思い出す度、彼の心は冷たく凍りついた。ずっと妹を幸せにしてやりたいと思っていたのだ。ジマイマの笑顔は彼の心を融かしてくれるようだった。
「マルコも冷めないうちに食べなよ」
「ああ」
二人で食事をしながら、村の中心で焚かれる大きな炎を、迫ってきた夕闇を跳ね返すように炎で黄色に染まる空を、遠くに見える美しい星々を眺める。それらを瞳に映したジマイマが言う。
「私、今なら神様は居るって思えるわ」
「え?」
「だってマルコ達に出会えたもの。荒野に置き去りにされたのに魔物に襲われなかったのも、神様が守ってくれたのかもしれないなって」
「そうか、きっとそうだな」
マルコはいつもやるように、彼女の頭を撫でた。するとその手を掴まれる。
「?」
ジマイマはマルコの手を頭からはずすと、その指に己の指をスルリと絡ませ、口づけた。彼の太い指に触れた彼女の赤い唇からちゅ、と小さく弾ける様な音が立つ。
「なっ」
「マルコ……」
伏せていた銀の瞳が、真っ直ぐにマルコを見上げる。銀の太陽に見つめられた彼は全身の血が一気に沸き立つのを自覚した。
「なっ、おま、お前! どこでそんなの覚えた!」
「え、村の女達。オババとか、テオの奥さんとか。『マルコはきっとこういうの喜ぶよ』って」
「あいつら……!!」
耳まで赤くなり歯ぎしりをするマルコを見て、悲しそうに眉を下げるジマイマ。
「……嫌だった?」
「いや、あのな。あ、嫌じゃなくてだな……あああもう!!」
マルコは悶え、全身の空気を一気にハァーッと吐き出すと今度は深く吸い込み、まだ火照りの残る顔をジマイマに向けた。
「こ、こういうのは男にしちゃだめだ」
「他の男にはしないよ。マルコだからするの!」
「……っ!」
「私、もう16だよ。マルコのお嫁さんになりたい」
「……ぅっ」
「嫌? まだ、私の胸じゃ大きさが足りない?」
「……ぅぁっ」
「結構大きくなったと思うんだけど。意外と見た目よりあるよ?」
「!!」
ジマイマが絡めた手を胸に導こうとするのに気がついたマルコは、稲妻のごとき速さで手を振りほどいた。その速さに一瞬ジマイマはぽかんとしたが、拒否をされたのだと理解した途端に顔がくしゃりと歪み、銀の目が揺らいで見えるほど涙が満ちてゆく。
「う、うえぇ……!」
「あああ、違う! 違うぞジマイマ! 泣くな!!」
おろおろするマルコを、村の皆がニヤニヤして見つめる。「さっさとくっつけ」「色男が形無しだな」と冷やかされ、マルコはハッとして人目の無い場所にジマイマを連れて行った。落ちてきそうなほどの満天の星の下、泣きじゃくるジマイマを抱きしめ、背中を撫でる。初めて出会った日のように。
「……あのな。俺もお前の事が好きだよ。愛してる」
「……」
ジマイマは顔を上げない。今のマルコの言葉には熱情はひと欠片も感じられなかったからだ。
「お前はさ、多分勘違いしてるんだよ。今までお前にとって本当の意味での家族は居なかったから、家族の愛と恋愛の愛を混同しているんだ。無理して俺を口説かなくたって、俺は逃げない。一生兄としてお前を愛するよ」
ジマイマはマルコの鎖骨の辺りに顔を押し付けたまま、首を横に振る。欲しいのは「妹としての愛」じゃない、と言葉に出さなくても目に見えるようだ。
「お前は国の平和を守ってた立派な女だ。俺みたいな男より、ずっと相応しい奴がこの世界のどこかにいる。そいつと幸せになってほしいんだ」
「……違う」
ジマイマは顔を上げた。涙に濡れた瞳が煌めいている。
「相応しいとかそんなの関係ない。私の幸せはマルコと一緒に居る事なの。なんでわかってくれないの!?」
「ジマイマ……」
一度は落ち着いた彼の心がまたざわつく。ジマイマの瞳に見つめられると、どうしようもなく身体が熱く、皮膚がちりりと灼ける様な感覚になってしまう。その目を自分だけのものにしたいと何度思い、何度自分の中でそれに枷を嵌めてきたか。初めて彼女の目を見た時から……
「私は、初めて会った時からマルコが好きだった」
「!」
「マルコほど、優しくて強くて側にいたいって思う人は世界のどこかになんていない。私にはあなたが世界の中心だもの」
「ジマイマ」
「私じゃ、やっぱりダメなの……?」
彼女の瞳から目をそらせないまま、マルコの頭の中で様々な感情がぐるぐると渦巻く。ダメな訳がない。ずっと手に入れたいと思っていた。女にここまで言わせるなんて男の名折れだ。
だけど本当に自分でいいのか。ジマイマを幸せに出来るのか。妹を救えなかった自分が。
「俺は……お前が思ってるような優しい男じゃない」
彼はジマイマの背中に回していた腕に力を込め、強く抱きしめた。
「お前を傷つけて、いつか失ってしまいそうで、怖いんだ」
「……傷つくの?」
「……そうかもしれない」
腕の中で無邪気に不思議そうにするジマイマを見て、彼は理性を取り戻しかけた。やはり自分は一生彼女の兄でいよう、と。だが。
「傷つかないよ。私、強いもん。マルコの次ぐらいに」
そう言うとジマイマは彼の頭の後ろに手を当て、ぐいと引き下げる。二人の顔が近づき、唇が触れあった。
「!」
「ふふっ、ねえ、さっきの『失ってしまいそうで恐い』って答え、ダメじゃないって意味だよね?」
「あ……!!」
再びマルコは真っ赤になった。心臓がばくばくと音を立てて弾み、彼の心の枷を内側から引きちぎる。
「ああーーーもう!! 後悔しても知らねぇからな!!」
「いいよ後悔しても。マルコと一緒なら!」
笑顔で言うジマイマにマルコは悶絶し、そして……また見つめ合い、ゆっくりと二人の顔が近づいた。マルコはジマイマに口づける。
やっと欲しいものを手に入れた二人を、空に輝く星だけが見つめていた。
偽聖女と言われ追放されたので聖なる力を捨てて理想の自分になります 黒星★チーコ @krbsc-k
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