子捨て虚
@ninomaehajime
子捨て虚
子捨て
遠目から望めば何の変哲もない
親の親から、そのまた親から語り継がれてきた。口減らしのために、また望まぬ子を産んだ母親の手によって赤子が投げ捨てられてきたという。七つになるまではこの世のものではない。ただお返しするだけだ。
この地はさまざまな災厄に見舞われてきた。
今年は不作だった。冬を越すための蓄えが足りず、このままでは少なくない餓死者が出る。暗黙の了解だった。ある日突然、隣家の子を見なくなっても誰も口にはしなかった。
「俺たちも決めねばならん。生きるためだ」
幼い息子が眠る傍らで、夫が言った。妻は顔を伏せた。我が子の寝顔を見て、静かに涙が頬を伝った。
夜半、布団を抜け出して柘榴の木の下へ行った。眠っていた幼子が家を出る母親に気づいて、
子捨て虚は別段遠くもなく、足を運べばすぐの場所にあった。乾いた風が吹き、闇夜に葉擦れの音が聞こえる。
その根元には昏い虚が広がっている。地面に空いた穴と繋がっており、まるで木が歪んだ口を開けている。底なしの穴に、母親は息を呑んだ。今まで何人の子供を呑みこんできたのだろう。愛しい我が子も、この穴へ捨てなければならないのか。
また涙がこみ上げてきた。その場にしゃがみこみ、
木の虚から何か聞こえた。最初は風の音だと思った。違う。近づいてくる。穴の底から這いずってきて――。
短い指に握られていたのは、柘榴の実だとわかった。その果実が裂け、密集した種がさらけ出された。唇に似た裂け目が開閉した。
捨てたくないのなら、お前が鬼になれば良い。
幼い声音だった。手の群れに恐怖で身を凍らせながら、瞳に映る柘榴はひどく美味そうに見えた。震える手で、禁忌の果実に指先を近づけた。
暗い夜道で幾度も転びながら、幼子はべそをかいて母親の姿を追い求めた。やがて何かを貪る、濡れた
いつも近寄ってはいけないと言い聞かせられた木の根元に、人影がしゃがんでいた。空っぽな虚の前で、何かを夢中で食べている。甘く、
見覚えのある、長い黒髪を伸ばした女が振り返った。歪めた口を赤い液体で濡らし、両手に食い散らかされた柘榴を握っている。虚に似た眼窩で、我が子を見た。
幼子にはもう、それが母親だとはわからなかった。
子捨て虚 @ninomaehajime
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