ダイナマイツヘブン

豆腐数

あの子の悪堕ちはきっとどこかの子ども達の性癖を壊したであろう。by大天使

 ここは天界。常に晴れた青空の下、小学校低学年くらいの子どもの見習い天使達がベルトコンベアーの前に立って歌いながら、【幸福】を箱詰めする作業をしています。


 見習い天使達に幸せを理解させるには、なんと言っても【幸福】を箱詰めさせるのが一番です。現場監督の大天使様の口癖は「足並み揃え、心を込めて。しかし楽しく落ち着いて」です。


 その一環として、下界の流行歌だったり、小さな見習い天使達の好きな戦隊ヒーローの主題歌だったり、魔法少女の歌だったりを作業中に歌うのです。男の子向け、女の子向け、現場監督の大天使の趣味が平等に、数日ごとのローテーションで入れ替わります。


 男の子向け作品と女の子向け作品の主題歌のローテーションは、両方嗜む子もいるし、そうでなくとも比率が平等なので両者納得ですが、現場監督のチョイスは純粋に世代がズレているので、評価が芳しくありません。


「今日の作業用BGMは現場監督のチョイスのターンか。魔法陣なグルグルのボーカルだってよ」

「あ、それなら私も見たわ、知ってる!」

「そこは現場監督のチョイスだよー、おれらが見たことある最近のじゃなくて、二十年も前の2回目アニメ化の時の」

「相変わらずビミョ~にチョイスが古いのねえ」

「歩み寄りたくても配信がねぇよ。ヘブンとか言ってるから天界BGM向きかもしれねえけど。いっそ最初のガンダムくらい古かったら逆にわかるのに」


 微妙なジェネレーションギャップをヒソヒソされつつも、つつがなく作業は行われ、現場監督の趣味の歌は歌われます。


 【幸福】は綿菓子のようなフワフワの形をしていて、雲みたいに真っ白です。手のひらサイズの箱詰めにされた幸福は、人々の手に渡されて始めて、様々な色をつけるのです。


 作業の時間が終わると、一人一つずつ【幸福】を配られます。もらった【幸福】をどこの誰に届けるか、自分で考えて自分で実行するのも見習い天使の修行です。


「作業終わった後も課題とかだっりー」

「こら、ピッド! 【幸福】を粗雑に扱うでない!」


 さっき隣の子とヒソヒソしてた男の子が、クルクルと人差し指で【幸福】の箱を回すのを見て、現場監督の大天使が叱りつけました。


「あまり不真面目だと【悪魔】になってしまうぞ! 」


 威厳たっぷりに腕を組み、現場監督がピッドを叱りつけますが、ピッドは知らん顔です。


「んなこと言っちゃってー。大天使様が自分の部屋にグルグルの悪魔堕ちしたヒロインのアニメ画像、拡大コピーして部屋に貼ってニマニマしてんの、おれ知ってるんだからな」

「貴様何故それを!」

「大天使様、ここの女の子みんな悪魔堕ちしたら大興奮!とか思ってんじゃねーの?」


 ピッドの指摘に、女の子達は「ええーっ、ゲンメツ〜!!」と超ドン引きです。


「ち、違う! 悪魔ククリちゃんは特別で!!私の青春で!!! 私は決してロリ悪堕ちフェチなどではない!!」

「必死に否定するところがもう怪しいんだよなぁ」

「ピッドォオオオオオオ!!」


 天を引き裂き、地を割りそうな大天使の怒りの声が辺りを震わしましたが、その時にはもうピッドもみんなも逃走していました。


 さて下界。ピッドは箱をズボンのポケットに入れて街を歩いていました。下界では昨日雨が降っていたのか、真っ青な空と流れる雲の鏡になった水たまりがあちこちに出現しています。


「【幸福】を届けろと言われてもな」


 水たまりを避けながら歩くピッドの耳に、泣き声が聞こえてきました。行って見ると、歩道で泥水を被って女の子が泣いています。


「うわ~ん、車が泥水引っかけて行ったぁ、お気に入りのワンピースが~」

「これはチャンス!」


 とっとと帰ってAmaz〇nプライムビデオでアニメ三昧と行きたいピッドは、打算全開で女の子の方へ走っていき──、避けそこねた水たまりでズルッと滑って背中から転びました。


「Noooooooo!!」


 妙に西洋かぶれな悲鳴をあげながら尻もちついたピッドの尻の下で、ポケットに入れていた【幸福】の箱が破裂。ボーン! と大きな音を立てて白い煙幕が立ちのぼり、ピッドは白い粉まみれになりました。


「ゲホッ、ゴホッ!! ぺっ、かーっぺ!! ヴォエ!」


 ガチめにむせるピッドを見ていた女の子は大爆笑。


「ブォフ!! ヒーッ、ヒヒwww何あんた、わたしより悲惨じゃん」


 指を指して笑う女の子はさっきより楽しそうですが、ピッドの頭には彼にしか聞こえない天の声によるお叱りが落ちました。


『コラッ! 【幸福】を粗末に扱うなと言うたろーに』


 現場監督の大天使の声です。続いてヒュー! ポカッ、ポカッとピッドの頭上に棒キャンディーが二本落ちて来ました。


「イテテ、なんだコレ、ぺろぺろキャンディー? 子どもが喜ぶ菓子もチョイスが古いんだよ、大天使様」

「さっきからアンタ何、手品の練習でもしてんの?」

「まあそんなとこ」


 公園の水道で、二人して汚れを落としました。女の子のワンピースの汚れは泥水が引っかかっただけなのですぐに洗えば落ちましたが、ピッドは全体的にどうしようもありませんでした。


 二人で公園のベンチでキャンディーを舐めながら、お話をしました。


「うずまきのキャンディー初めて食べた」

「だろー、やっぱチョイスが古いんだよあの悪堕ちフェチ」

「え? それにしてもあんたのその有様、からあげでも揚げるみたいね」


 まだ笑いが尾を引いてクスクス笑う女の子に、ピッドはバツが悪い顔でキャンディーを舐め続けるしかありませんでした。


 後日。思い出すとなんだか結構辛辣だった気がする女の子の笑顔が頭を離れないピッドは、いつもの【幸福】を詰める作業をしながら、呟くのでした。


「さっきまで泣いてたのにすぐ笑うし、可愛い見た目なのに口が悪いし、やっぱ人間ってよくわかんないや」

「美少女の罵倒に目覚めたか、ピッドよ」

「うるせー悪堕ちフェチ」


 作業そっちのけで大天使様とピッドの追いかけっこが始まりました。見習い天使達のAmaz〇nギフトカードによる賭けの比率は大天使様1、ピッドが9でした。

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ダイナマイツヘブン 豆腐数 @karaagetori

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