第38話 何があっても、愛する人は離さない(完)



 学校にゼノが現れて、突然メチャクチャなことが起こって、先生たちはいろいろ大変なようだ。授業だって中止になったりしてるし、校舎だって壊れたまんまだし。まあ、生徒たちはそれで喜んでいた。


 念動力のバトルが原因でこんなことになったなんて誰にも言えないし、当然警察も信じない。俺ですらが、何度も目の当たりにしてようやく信じたくらいだ。

 莉緒とゼノの会話に出てきた「研究所」とやらもそんなにすぐには動いたりしないのだろうか、今のところ向こうからの接触はない。


 こんなことが二度と起こらないようにするためには、念動力を証明して法で裁けるようにすべきだと思うが。

 そのためには莉緒が名乗り出て念動力を公式に証明しなければならない。

 でも、名乗り出たりしたら莉緒の身柄がどうなるのかわからない。危険なことになるかもしれないし、そんなのは俺も望むところじゃない。


 ってか風華ちゃんと雷人くんから「そんなことを莉緒にさせようとするなら殺す」と言われたのだ。ったく、あの二人は俺を生かしたいのか殺したいのか。

 まあ、別に俺もそこまで正義マンじゃない。


 とりあえず、これで安心安全な学校生活が戻ってきたかと思いきや──。


「青島、天堂。お前らにお客さんだ」


 先生に告げられた謎の来訪者の存在。

 誰だよ、俺と莉緒の平和なラブラブ学園生活をまだ邪魔してくんのは。

 うんざりしながら職員室へ向かうと、俺たちを待っていたのはこの前のパンツスーツのメガネ女性。確かゼノから「さやちゃん」と呼ばれていた人だった。


 莉緒はこの人を見るなり毛を逆立てた猫みたいにシャーっ! と激おこだ。

 瞳の色が青色になっている。きっと能力を発動しかけている風華ちゃんだろう。

 明らかに俺のほうが冷静だったので、とりあえず落ち着いてこう言う。


「なんの用ですか?」


「……人のいないところへ行きましょうか」


 というわけで、校舎裏へ。

 どうやらこの前と違って問答無用で攻撃しようとは思っていなさそうだ。


「瑠偉が、目を覚ましたの」


 どうやら奴は生きていたらしい。

 自分で助けといてなんだが、なんか複雑な気分だ。


 だって奴は俺を殺そうとしてきたんだし。

 しかも莉緒の許嫁だとか言って。今度会ったら俺自らぶっ殺してやんなきゃならんと思っていたところだ。

 この話をあとで風華ちゃんにしたら、「そこらの不良にカツアゲされてるヨワヨワ坊主が何イキってんの」と一蹴されてしまった。


「で、なんなんすか? それ、俺らに関係ないと思いますけど」


「莉乃……違ったわね。莉緒さんに伝えたいことがあるの。目覚めたのは〝瑠偉〟よ」


 ブルーの瞳が黒に戻っていく。

 そうして現れたのは、目を見張ってさやちゃんを見る「莉緒」だった。


「ゼノでなく、瑠偉だってこと?」


「ええ。ゼノはあなたの雷を受けて、今は眠りについてるみたい。瑠偉は、あなたと話がしたいって」


 瑠偉。

 かつて莉緒が恋していた、結婚の約束までしていた男。

 莉緒から聞くに、それは六歳の時の話らしいが。

 なんとなく、俺は二人を会わせたくない気持ちだった。それはちょっと大人気ない気もするんだけど……。

 俺の複雑な表情に気づいたのか、莉緒はボソッと言う。


「……心配?」


「いや、まあ、その」


 クスクスと笑ってから、俺のほっぺにキスをする。

「天堂莉緒太陽化計画」は成功したと言っていいだろう。影が無くなって「大人しいツンデレ少女」になった莉緒は、こう言った。


「……勘違いしないでよね。私のこと、過去の男にフラフラする尻軽女だと思ってんならマジでぶっ飛ばすから」


 視線を合わさず照れくさそうに言うところがまた可愛い。

 俺は莉緒の頭を撫でてやって、グッと抱き寄せる。

 あんなことがあったから余計にかもしれないが、俺はもうひとときも莉緒から離れたくなかった。


 眼鏡女性は、放課後にまた迎えに来ると言った。

 余計な話はせずにさっさと帰ろうとした彼女へ、莉緒が話しかけた。


「……あの。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか」


「失礼。まだきちんと名乗ってなかったわね。あたしは〝中野さやか〟よ」


「ゼノが言ってたこと。教えてもらえませんか」


「……?」


「私が、あなたの愛する人の仇だって」


 莉緒は、また影のある表情になってしまった。

 太陽のように明るく微笑むことはできるようになっても、やはり、過去はそう簡単には振り切れないらしい。

 中野さんは、莉緒をじっと見つめて言った。


「今のあなたに言うことじゃないわ。忘れて」


「……誤魔化さないで! 私ももう大人だから。自分の罪は、きちんと認めて背負いたい」


「あなたにはどうしようもなかったことよ。莉緒さん、全ての罪をあなたが背負う必要はないわ。それを言うなら、もっと大きな罪を精算しなきゃならないクソ野郎どもがこの世にはうじゃうじゃいる。私はもう納得している。話すつもりはないわ」


 それだけ言って、中野さんは帰っていった。




◾️ ◾️ ◾️




 放課後、中野さんは校門のところで待っていた。俺たちは、中野さんが運転する軽自動車に乗せられ、瑠偉が入院しているという病院へ向かった。


 全身包帯を巻いている瑠偉は見るからに痛々しかった。

 目を閉じていたが、中野さんが呼びかけると瑠偉は目を開けた。


「瑠偉。莉緒さんが来たわよ」


 ゆっくりと瞼を開ける瑠偉。

 莉緒と俺へ交互に視線を移し、それから、莉緒を見つめて微笑んだ。


「莉乃。……ああ、今は、莉緒、だったね。おっきくなっちゃって一瞬わからなかったよ。でも、面影がある。わかるよ、君が、君だってこと」


「……うん。でも、瑠偉は全然面影なくなっちゃったよ。私、わかんなかった」


「はは。ずっとゼノが頑張ってくれてたからね、僕が閉じこもってる間。だから、この顔は、彼の顔なのかもしれないね」


 瑠偉が黙ると、医療機器の音しか聞こえなくなった。

 瑠偉はうっすらと口角をあげ、目元を緩ませ、優しい表情で莉緒を見つめる。


「ごめんね、呼びつけて」


「……ううん。ごめんは私のほうなんだ。私……私は、昔も、今も、謝っても謝りきれないくらいに瑠偉を傷つけちゃったけど……私、瑠偉のそばにはいられない」


 瑠偉は、その優しい顔を崩さないまま、俺へ視線を移す。


「彼が、君の?」


「うん。悠人っていうの」


「そっか。〝約束〟は、果たされなかったかぁ」


 目を閉じて感慨深げに言う瑠偉から、莉緒は目をそらす。


「……だから、もしゼノが目覚めた時にまた悠人のことを狙うなら、私は全力で戦わなきゃならない」


「うん。でも、それはもうないと思うよ。ゼノは、僕のためにそうしようとしたんだろうから」


「……?」


「ゼノは、心も体もズタズタになった僕を回復させることに必死だったんだ。僕が撃たれた時には、傷ついた体を懸命に修復した。回復困難なほどに深刻なダメージを受けた僕の心を眠りから呼び起こすために、君のことを探した。僕が目覚めなきゃ、自分がずっとこの体を支配できたのにね。だから、僕がこうして目覚めた以上、もう彼は君を狙うことはないよ」


「でもよ。あいつは〝神になる〟とか言ってたんだぜ?」


 そうなのだ。あの時のゼノと直接対峙している俺としては、にわかには信じ難い話だ。

 瑠偉は、全てわかってるとでも言いたげに微笑んだ。


「きっと、僕がもう二度と傷つけられることのない状況を作るには、そうするしかないって考えたんだと思うよ」


「まさかぁ……」


「莉緒と付き合うなら、悠人くん……いずれ君にもきっとわかる。こっちの世界・・・・・・に足を踏み入れることになるんだから。君にその覚悟はある?」


 うつむいていた莉緒が顔をあげて心配そうに俺を見つめる。

 瑠偉も、真剣な表情で俺を見ていた。


 へっ。どいつもこいつも舐めやがって。

 俺がいつも不良にカツアゲされてっからって、ただの腰抜けだと思ってんな?

 ……なので、またまた敢えての笑顔を作った俺は、ニッと口角を上げて。


「ばかやろ。そんなことで、好きな女を諦めるわけないだろ」


 間髪入れずに答えた俺に、瑠偉はまた優しく微笑む。


「よかった。じゃ、安心して彼女を君に任せるよ」


 俺と莉緒は、まだ満足に動かない瑠偉の手を握り、病院を後にした。




◾️ ◾️ ◾️




 それぞれいったん家に帰って、それから俺は莉緒の家に向かう予定だ。

 なんと、帰り際にマンションのエントランスについた時、「今日、泊まりに来ない?」と莉緒から誘ってきたのだ。


 まあその直後にいつもの「勘違いしないでよね!」に始まり「妙なことしようとして呼んだんじゃないから! 二人でお菓子食べて、後ろからギュッてして欲しいだけだから!」なんて柄にもなく大声で言うから、「ギュッてして欲しいんだ?」ってニヤついて言ってやったら、「うっさいクソが! あんたなんかに全然そんなことしてほしくなんて──」というところで言葉を止めてマンションの壁に頭突きで穴を開けようとしたので俺がまた羽交い締めで止めるという形に落ち着いたのだが。


 要約すると、今日は童貞を捨てることになるかもしれない。


 莉緒の家のインターホンに付いているチャイムを押す。

 ドアがガチャ、と開き、うつむき加減でいつものようにボソッと言う莉緒が顔を覗かせる。


「……入って」


 俺は、もうドキドキ感でテンションが上がりすぎて、待ちきれずに莉緒を抱きしめる。

 愛しい彼女ととうとう結ばれるのかと思うと、感極まってその場でキスをした。


 自分の気持ちを、愛を伝えたい一心で、俺は自分の舌で莉緒の舌をまさぐる。

 そうすると、莉緒もまた、俺の気持ちに反応して、積極的に返してくれる。

 

 ああ。やっぱ幸せだ。

 こんな玄関先なのに、全く恥ずかしくない。

 人に見られようが、誰に文句を言われようが、俺は莉緒が大好きだ。


 なんとなく、いつもよりエロいキスをしてくる莉緒。

 俺は、きっとそれが今日のお泊まりに向けた莉緒の意思なのだと思った。ああ、やっぱ今日は最後まで行くぞ!

 俺は顔を離して、愛する人と見つめ合う。


「莉緒。大好きだよ」


「うん。あたしも大好き。はは。ってかね、それは莉緒本人に言ってあげて?」


「…………は?」


 ふと気づくと、目の前には、聖女とAV女優を足して二で割ったような朗らかで妖艶な笑顔が。


「あたし、風華だから。ってか、童貞だからもっと乱暴かと思ったら悠人って案外優しいキスをするね。なんかちょっと癖になりそう」



 ………………はあ?



 ……はぁあああああああっっっっ!?



 俺の唇に人差し指の先っぽを引っ付けながらニコつく莉緒の顔・・・・が、何度も見た無表情に変化し、一瞬にして俺の背筋を凍らせる。

 次の瞬間、俺の顔は反対側を向いていた。


 ばっちーん! と派手な音を立てるビンタ。

 マジで首がねじ切れるかと思った。

 慌てて首を元に戻すと、目の前には、顔を真っ赤にして涙ぐむ、正真正銘の莉緒が。


「こぉの浮気者っっっっっ!!! もう絶対に許さない! 私が和也くんとキスしたらどう思うの!? してやろうか!!? いいのか? いいんだなっっ!!?」


「ごめんっっっ!! そんなの絶対嫌だっっ!! ってか、いやちょっと待って、だっていつもみたいにうつむいて暗い感じで出てくるからてっきり──」


「誰が根暗だこのやろっ」


 という訳で、せっかくのお泊まりなのに初っ端から玄関先で歯を剥き出した莉緒にさんざんぶっ叩かれるハメになる。

 

 あ────…………。やっぱまずこの三重人格ってやつをなんとかしないと、色々厄介だなぁ。


 なんて思いつつ、とりあえず家には入れてもらえることになった。


 



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ダウナー系三重人格エスパー美少女がツンツンしながらデレデレしてくる。 翔龍LOVER @adgjmstz

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