回復術士の一人旅~パーティの生命線である俺を追放するとか、あいつらどうなっても知らないぞ~

榛名

 

俺の名前はディック、回復術士だ。

つい最近までとあるパーティの一員として冒険の日々を送っていたが、ちょっとしたミスをやらかしちまってな。

本当に小さなミスだったんだが・・・パーティ崩壊の危機を招いた責任なんてものを問われて追放されちまった。

回復術士という地味なポジションながら、これまで真面目にパーティを支えて来たってのに・・・心の狭い奴らだぜ。


おかげで今はしがない一人旅の最中ってわけだ。

魔物も盗賊も蔓延るこの世界で一人旅なんてしてて大丈夫なのかって?大丈夫だ、問題ない。

回復術が専門ではあるが、他の事が出来ないわけじゃない、剣だって振るえるし、攻撃魔法だって使える。

それに回復術を使える人間は貴重なんだ、どこに行っても食いっぱぐれる心配はない。


むしろ心配なのはあいつらの方だ、俺を追放したあのパーティ。

傷を負ってもその場ですぐに癒せる回復術がどれほど重要なのか、今頃身をもって思い知っているんじゃないだろうか。

魔物相手の戦闘では小さな傷が命取りになる事もある、敵はこちらの傷が治るのをいちいち待ってちゃくれないんだ、すぐに傷薬なんかじゃ対応出来ない事態に追い込まれるに違いない。

ざまあみろだぜ、せいぜいお高い回復ポーションでも買いあさると良いさ。


俺の新しい門出を祝福するかのように空は晴れやか、雲ひとつない綺麗な青色が地平線まで続いている。

やがて街道添いに広がってくるのは麦畑の黄色、まさに田舎って感じののどかな田園風景だ。

しばらくは都会を離れて、こういう場所でのんびりするのも悪くないよな。


「さて、と・・・」


歩きながらキョロキョロと畑を見回す。

どこかに誰か人がいないか・・・より厳密には怪我人がいないか。

農作業だって楽な仕事じゃない、過酷な肉体労働だ・・・きっと生傷が絶えない事だろう。

それらの傷を一瞬で治してしまう回復術士様が重宝されないわけがない。


怪我の治療と引き換えに、衣食住の面倒くらいはみてもらえるはず。

待遇が良ければそこを新たな拠点にしてもいいし、イマイチなら別の場所を探せばいい。

こういう時「弱い人々を助けるのは才能に恵まれた者の使命」だとか「人命救助で金を求めてはいけない」だとか言ってくる面倒な奴もいたっけな・・・ったく、貴重な才能で金を稼いで何が悪いんだっての。


だが、今はもうそんな事は気にしなくていい。

何をするのも自由だ・・・自由って良いなぁ。



「・・・」


・・・しっかし、誰もいない・・・


視界一面のだだっ広い農地に人っ子一人いない。

いったい、この辺の農民は何をサボっていやがるんだ。

見た感じ麦もしっかり実って収穫を待つばかりに見えるんだが。


・・・明らかに不自然なこの感じ、だが覚えがなくはない。


パッと思いつくのは流行り病にやられて働き手が足りなくなっているケースだ。

この場合、回復術士の俺としてはとても美味しい。

村に颯爽と現れて病人を治療して回れば村の救世主様だ、謝礼はなんでも思うがまま・・・村に出来る範囲なら何を要求しても通るだろう。


だが収穫の人手がなくなる程ともなれば村はもう末期に近い、あるいは全滅している可能性すらある。

これは急いだ方が良いかも知れないな・・・モタモタしていては貰える物も貰えない。


俺は自然と足早に、いや駆け足になっていた。

村までどれくらいあるかもわからないというのに、我ながら必死に走ってる。

だが真っ直ぐの一本道だ、道を間違える事もなく・・・すぐに村の入り口が見えてきた。


「あ・・・」


見えてきたその光景に、俺の足は止まってしまった。

入り口の向こうにまず見えてきたのは、収穫したばかりの麦を抱えた男達。

今まさに、これでもかと荷台に積まれた麦の山を荷下ろししている所だ。


「おう、旅人さんか・・・一人旅とは珍しい」

「でも良い所に来たよ、今ちょうど収穫の時期でね」

「いや~今年は大豊作で俺達だけじゃ手が回らないんだ、よかったら手伝ってくれないか」


活気に溢れ、笑顔に溢れる村人達。

野良仕事で鍛えられたのか、その筋肉はまるで戦士の如し。

誰も彼もがとても元気そうで・・・治療の必要など微塵も感じられない。


「いや、俺はそういうのは・・・ちょっと・・・」

「あんちゃん都会の人だね、もやしみたいな身体してるもんな」

「そんな重い仕事はさせないから心配すんなって、宿と飯くらいは提供すっからよ」

「だから俺はだな・・・回復・・・」

「わかっとるわかっとる、そのカイワレみたいな腕でも出来っから」


問答無用とはこの事か。

男達にそのまま引っ張られた俺は、そのまま来た道を逆戻りして畑の収穫作業を手伝わされる事になってしまった。

どうやら豊作のせいで人手が足りず、たまたまこっち側の畑が手付かずになっていただけらしい。



「うへぇ・・・」


疲れた・・・何がそんな重い仕事はさせないだ・・・こき使いやがって。

慣れない肉体労働で全身が気だるい・・・回復術で癒しながらでこの様だ。

おかげで魔力もだいぶ消耗しちまった・・・なんて村だよ。


「ほら約束の飯だ、たっぷり食ってくれ」

「い、いただきます・・・」


正直疲労で食欲も出ないんだが・・・食わないわけにもいかない。

目の前には麦を粗く挽いた粉で作られたパンが山と積まれ、野菜たっぷりのスープが添えられている。

味は・・・意外と悪くない。

パンはそのままだと硬いがスープに浸すとモチモチとした独特の食感になって面白い、野菜の味もしっかりと吸っていて・・・これは後を引く美味さだ。


「はむ・・・はむ・・・」

「お、良い食いっぷりだねぇ!」

「慌てて喉詰まらすなよ」


美味い、美味いよこれ・・・おかげですっかり食欲が復活してきた。

思えば冒険者時代は碌な物食べてきてなかったな・・・薬みたいな味の保存食料とか、魔物の肉とか。

宿屋の飯も充分美味いんだが、そっちも毎回同じメニューになりがちだ。


「ふぅ・・・」


3度おかわりしたスープを飲み干し、一息つく。

このスープが何とも言えないんだよな、どこか懐かしさを感じる・・・家庭の味ってやつか。

これが毎日食えるなら・・・いやいや、あんな労働は御免被りたい。


「あんちゃん、もやしかと思ったら意外と根性あんのな、気に入ったぜ」

「まだ仕事はあるでな、明日も手伝っとくれよ」

「あはは・・・考えておきます」


・・・よし、明日は朝一番でここを発とう。


「ごちそうさま」


食事への感謝もそこそこに、俺は男たちに別れを告げ宛がわれた宿へ向かう。

宿と言っても、ただの空き家をたまに訪れる旅人向けに開放しているらしいが・・・

特に大きな村でもないので道に迷う事もなく、目的の空き家はすぐに見つかった。


だが・・・先程から妙な気配を感じる。

おそらく村の誰か・・・よそ者の俺を警戒しているのか?

盗賊でもない俺に気配を覚られる・・・と言うか足音すら隠し切れていない、あきらかに素人の尾行って感じだが。


「・・・」


不意に俺が足を止めると、それに合わせて向こうも立ち止まったようで足音が鳴り止んだ。

本当に何もない村だから、とっさに隠れられるような物もあるはずがなく・・・

意を決した俺は、勢いよく背後を振り返った。


「誰だっ!・・・って、子供?」


振り返った先にいたのは子供が2人・・・村の子供か。

急に振り返った俺に対して2人はびくっと震えたかと思うと、そのままその場で石にされてしまったかのように固まってしまった・・・ただ怯えた目でこちらの様子を伺っている。

後をつけてきたのが俺にバレて怒られると思っているのだろう・・・どうしたものか。


「・・・旅人が珍しかったのか?」


なるべく威圧的にならないように、作り笑顔を張り付けながら話しかけると、2人はこくりと頷いた。

だが怯えた目は相変わらずで、こちらが1歩近付くと2人は1歩後ずさる。

別に俺は子供嫌いではないんだが・・・こうやって相手をするのは難しい。

そういうのは元いたパーティの魔術師メリッサなんかが得意なんだが・・・こういう時あいつはどうしてたか。


たしか・・・ちょっとした魔法を手品のようにして・・・よし、やってみるか。


「いいか、よく見てろよ?」


そう言って俺は水の入った革袋を取り出して見せた。

飲み口の紐を解き、中の水に意識を集中する・・・次の瞬間、袋から勢いよく水が飛び出した。


「!!」


もちろんそれで終わりなわけはない。

飛び出した水は空中で形を変え・・・そうだな、子供でもわかりそうなもの・・・


「ちょうちょだ!」


水を蝶の形に変えて羽ばたかせると、さっそく子供の片方が反応した。

そのまま子供達の周囲を回るように飛ばせて・・・今度は別の形に・・・


「猫になった!」


子供が目を輝かせる。

蝶から猫へ、猫から鳥へ、鳥から魚へ・・・次々に形を変えていく水に子供達はすっかり夢中だ。


「すごいすごい!」


子供達が喜ぶ姿に気をよくした俺は、最後にとっておきを披露する事にした。

水を細長いひも状に変えながら、その辺に生えている木の1本を指さす。

子供達はこれから何が起こるのかわからないながらも、素直に指さした方を見てくれる。


「ばん」


合図代わりに放った声に合わせて、真っ直ぐな紐の形となった水が高速で駆け抜ける。

それはちょうど俺が指さした方向、気に向かって真っすぐに進み、そのまま見えなくなる距離まで勢いを殺すことなく一直線に・・・

そして次の瞬間、ミシリと軋む音を立てながら木がゆっくりと倒れていった。


「!!」


水の刃・・・そう俺は呼んでいる。

ただの紐ではなく目標に当てる面を限りなく薄く、文字通り刃のようにして放つ、俺の攻撃魔法。

倒れた木の幹には綺麗に平らな切断面が残され、その切れ味を雄弁に語ってくれていた。


「す・・・すごーい!」

「今の魔法だよね、お兄ちゃん魔法使いなの?」

「別に魔法使いってわけじゃないんだけどな・・・冒険者の嗜みってやつだ」


実を言うと、ごく初歩的な水を操る魔法に過ぎない。

実際に存在している水を意のままに操作するだけで、何もない所に水を生み出せるわけでもない。

せいぜい宴会芸程度の使い道しかない術、それを俺は密かに練習を重ねて攻撃に使えるまで練り上げる事が出来た。

人並みに剣が使えると言っても基本的には後方にいる事が多い回復役の俺の・・・言うなれば切り札だな。


・・・俺なりに少しでもパーティの役に立ちたくて努力してたんだけどな・・・なのに奴らときたら。


まぁ、こんなのよりももっと派手で威力もあって多種多彩な攻撃魔法の数々を使いこなせる魔術師がいるからな。

回復術が専門の俺は余計な事をせず後方で引っ込んでろって事だろう。


「お兄ちゃん?」

「おっとすまない、ええと・・・」


目の前のこいつらを忘れて、つい考え事をしてしまった。

何を言おうとしてたんだっけか・・・


「とにかく俺は魔法使いなんかじゃないんだ、剣も使えるし、魔法も使えるけど、あくまで専門は回ふ・・・」

「じゃあ勇者だ!勇者は何でもできるんだよね」

「ゆうしゃさま・・・お兄ちゃんはゆうしゃさまなの?」

「お、おう・・・そ、そうかも知れないな」


何か妙な誤解をされてしまったが、子供の夢を壊すこともないか。

見た所10歳になったかどうかもわからない子供達だ、こいつらからしたら俺は勇者と言っても言い過ぎにはならないだろう。


「でも勇者様がなんでこんな村に?」

「仲間の人はいないの?」

「うぐぅ・・・」


さすが子供、平然と情け容赦のない質問をしてきやがる。

その瞳はきらきらとしていて猜疑心なんて欠片もない・・・どっちかと言うと物語的な何かを期待をする瞳だ。

これは間違ってもパーティを追放されたなんて言える状況じゃない。


「そ、それはだな・・・」

「それは?」

「この辺に出る魔物なんて俺だけで充分だと思ったからな、その間に仲間達には街で休んでもらっているんだ」

「え・・・この近くに魔物が出るの?」


とっさに吐いた嘘に子供が怯えた表情を浮かべる。

もちろんこの辺りに魔物が出るなんて話はない・・・もう少し先に進めば魔物の出る領域もなくはないが、それにしたって初心者が狩るような雑魚ばかりだ。

だいたい危険な魔物が出るような地域に村なんか出来ないわけで・・・もし何かあってもすぐに騎士団が出てくるだろう。


「心配するな、俺が全部やっつけてやるからな」

「本当?」

「ああ、任せろって・・・俺は勇者だぞ」


だからこそ心置きなく大口を叩けるってわけだ。

どうせこの村に長居するつもりもないしな・・・農作業を手伝わされるのはもう懲り懲りだ。


「ゆうしゃさま、お話聞かせて」

「勇者様の仲間や冒険のお話、聞きたい!」


その後も子供達は宿となる空き家にまで着いてきて、俺に話をせがんできた。

疲れているし適当に追っ払っても良かったんだが・・・何もない空き家で過ごすのも退屈するからな。

少しくらいは付き合ってやるか。


「じゃあ仲間の話をするか・・・まずは戦士のバッカスだな、名前通り体力だけが取り柄の馬鹿なやつなんだが・・・」


でかい剣と盾を持って真っ先に敵へ突っ込んでいくかつての仲間の事を思い浮かべた。


「めちゃくちゃタフな奴でどんなに傷を負っても立ち上がってくるんだ、あいつがいるから皆安心して攻撃に専念出来る・・・不死身のバッカスなんて異名まであるぞ」


その不死身っぷりも俺の回復術があっての事だけどな。

俺がいなければ何度死んでた事か・・・今頃死んでないと良いんだが。

それにあいつは何かにつけて身体を鍛えろとうるさいんだよな・・・俺みたいなのがいくら鍛えた所であんな筋肉が身に付くとは思えないんだが。


「そうだ、魔法使いもいるぞ、メリッサっていう若い女の魔術師なんだが、わずか15歳で魔術アカデミーを卒業した天才で・・・」

「まじゅちゅあかでみ?」

「魔法の学校だよ、才能のある魔法使いが集まって勉強をするんだ、勉強、わかるか?」

「うへぇ・・・勉強きらい」

「俺も嫌いだ、勉強が好きなやつなんてそれこそメリッサくらいじゃないか、見た目は可愛いのにいつも難しい本ばっか読んでてな・・・」


あいつはとにかく派手な攻撃魔法が好きで、新しい魔導書を見つけて来てはその実験とばかりにパーティを巻き込むような大魔法を平気でぶっ放すんだよ。

あいつの魔法のせいで俺も何回死にかけた事か・・・でもあの魔力量は間違いなく天才だ、正直羨ましい。


「あとは・・・盗賊のザッシュだな」

「盗賊?悪い人が仲間にいるの?」

「いやいや、悪い泥棒とは違うんだ、ダンジョンには色んな罠や仕掛けがあるんだが、そういうのの専門家で・・・」


さすがに盗賊の役割については子供には難しいか・・・

その辺は端折って戦闘の話でもするかな。


「あいつはすばしっこくてな、風のように速い動きで敵を翻弄するんだ」

「翻弄?」

「ほら、こうやって周りをぐるぐる回ったりしたら相手は目を回すだろう?」


そう言いながら再び水を操り実践して見せる、百聞は一見に如かずってやつだ。

子供達が目を回す前に水を引っ込めて話を続ける。


「あいつが囮になって敵の注意をひいて、その間にメリッサがでかい魔法を用意した時もあった・・・そう、あれは竜退治をした時だ」

「竜退治?!」


その時は俺まで囮役をやらされたんだが・・・それでメリッサのとっておきの禁呪とかいうので竜以上の被害が周囲に・・・

本当に奴らと一緒だと命がいくつあっても足りないぜ。


その後も冒険の話が続く・・・色々な冒険をしてきたおかげで意外とネタに事欠かない。

酷い話は出来るだけ脚色して面白くかっこよく・・・こうして思い返すと随分酷い目にあってきたな。

だがもう追放された身だ、再びあいつらに振り回される事もないだろう。


子供達の母親が迎えに来たところで話は終了。

また明日ってせがんできたが、それは叶わない願いだ・・・朝一番でこの村を発つからな。


子供達を見送った所で眠気が襲ってきた。

本当に今日は疲れたな・・・でもあいつらの話をした事で少しは気持ちの整理が・・・出来た・・・かもしれ・・・な・・・






(ディック、お前にはこのパーティから抜けてもらう)


「な、なんでだよ!」


(それはこっちの台詞よ、なんでバッカスの回復をしなかったの?!)


「バッカスならあれくらいは耐えられるって思って・・・」


(だがお前があそこで回復しなかったせいでバッカスは戦闘不能に・・・危うくパーティが全滅する所だった)


「そ、それはそうだけど・・・結局みんな無事だったから良いじゃないか」


(あそこで回復もしないで、なんかしょぼい攻撃魔法使ってたわよね?手柄でも欲しくなったの?)


「そんな・・・魔物が1匹メリッサの死角から狙ってきてたから・・・」


(あんなのとっくにザッシュが気付いてカバーに入る所だったわ、アンタは回復だけしてれば良かったのに余計な事を・・・)


「お、俺は皆の役に立ちたかっただけで・・・」


(回復をしない回復術士が何の役に立つって?)


「う・・・あ・・・」


(出ていけ、このパーティから)


(出ていきなさい)


(出ていけ・・・出ていけ・・・)







・・・ドンドン!


「ん・・・な・・・なんだ・・・」


乱暴に戸を叩く音が、俺を悪夢の中から引きずり出してくれた。

だがまだ空は薄暗く、日が昇り出したばかりといった時間だ・・・さすがにちょっと早すぎないか。


ドンドン!ドンドン!


危険と隣り合わせの冒険の最中ならともかく、こんな田舎の農村で何があったというのか。

まだ眠たい目をこすりつつ、俺は扉を開け・・・


「寝ぼけてる場合じゃないぞあんちゃん、大変なことになった!」

「うん?・・・何が大変だって・・・」

「魔物だ、魔物の群れがこの村に迫ってる!」

「まも・・・ええっ!魔物だって!」

「今すぐ村長の家に集まって対策を練らんとあかん、あんちゃんも来てくれ」


そう言いながら村の男は、そのがっしりした腕で俺を掴むと、有無を言わさず歩き出した。

おそらくは村長の家に向かっているんだろうが・・・しかしなんて力だ、この筋肉なら普通に魔物と戦えるんじゃないか?


「そろそろ手を離してくれないか、一人で歩けるからさ・・・いてて」

「おお、大丈夫かあんちゃん、そんなに強くしたつもりはなかったんだが」


掴まれてた腕が赤みを帯びているんだが・・・手加減してこれかよ。

赤くなった部分をさすりつつ歩いて行くと、やがて村長の家らしき大きな建物が見えてきた。

さほど大きくもない村だ、既に村長の家の周りに人が集まってきているのがここからでもわかる。


「なぁ、その魔物ってやつはそんなにやばいやつなのか?」

「わっかんねぇ、この村の人間は魔物なんて見た事もなくてな」


それなら過剰に騒ぎ過ぎているだけかも知れないな。

おおかた野生の動物と見間違えたんだろう・・・この辺りは魔物の生息域からだいぶ離れているんだ。

そう考えると心に余裕が出来てくる・・・何なら魔物の討伐に志願してみるか、農作業をさせられるよりかは楽だろう。


「おお、旅の人か・・・よもや滞在中に魔物が現れるとは・・・申し訳ない」

「それなんだが村長さん、何かの間違いじゃないですか?ほら、鹿か何かを見間違えたとか・・・」

「そうだったら良かったんじゃがのう・・・うむ、村の者も皆集まったようじゃ」

「・・・では、失礼します」


そう言って村長の隣にいた人物が1歩前に出た。

見慣れない顔だ・・・と言ってもこの村自体に慣れちゃいないが・・・でも農作業中には見掛けなかった人物だ。

簡素ではあるが鎧を着ている・・・この村に駐在する兵士だろうか。


「西方の物見の塔よりの伝達魔法が来た、魔物達の大移動が確認されたそうだ・・・例年にない大規模な活動で原因はまだわかっていない」

「へ・・・」


なんだか不穏な言葉が・・・大移動?大規模?それってどのくらいの・・・


「これにより今後は魔物達の生息域が大きく変化するだろうとの事だが、具体的にどうなるかは予測もつかないらしい、今この村に迫っているのもそういった魔物の群れの一部だ、豊作だった農作物を狙っているのかも知れん」


他所からより強い魔物がやってきて餌場を追われた魔物達が、新たな餌を求めて人里まで降りてきたって所か。

だとして、そこまで強力な魔物がこの村まで来るとは思えないが・・・


「皆には村外れにある洞窟に避難していてもらう・・・王都から騎士団が来るまでの間・・・1週間程度になるだろう」

「騎士団が来てくれるなら安心じゃ・・・若い衆は必要な水と食料を今から運び出してくれんか」

「伝達魔法によればもう騎士団は出立しているそうだ、助けは必ず来る、安心して指示に従ってくれ」

「魔物もすぐに来るものでもないらしい・・・皆慌てずにな」


そう言われれば村人達も素直なもので、すぐに荷造りを始めた。

大きな荷車にこれでもかってくらいの荷物が載せられていく・・・まぁあの人らなら運べるんだろう。

だが俺まで手伝わされるのはごめんだ、予定通りこの村から発たせてもらう。


なるべく気配を殺して、無言でその場を後に・・・


「あんちゃん?どこ行くんだ?」

「い、いや、俺はその・・・なんというか・・・」

「さっきの話聞いてたろ?あんちゃんも手伝ってくれよ」


そう言って男がこちらに近付いてくる・・・ダメだ、あの筋肉に掴まれたら逃げられない。

掴まれないように1歩、また1歩と後ろへ後ずさる。

ここは躊躇わずに全力で駆けだしてしまうべきか・・・万が一追い付かれでもしたら余計ややこしい事になりそうだが。


「どうしたあんちゃん、具合でも悪いのか?」

「ちがうよ父ちゃん」

「ゆうしゃさまは魔物をやっつけにいってくれるんだよ」


今にも筋骨隆々のその手が届かんとしたその時。

思わぬ所から助けがやってきた・・・って、父ちゃん?この筋肉があの子供達の親なの?全く遺伝してないぞ?

父親に似ずかわいらしい姿をした2人の子供・・・昨日冒険の話をした子供達だ。


「あん?ゆうしゃさまだぁ?」

「そうだよ、お兄ちゃんは勇者として、これまでもたくさんの魔物を倒してきたんだ」


訝しむ父親に子供達は一生懸命語って聞かせる、俺の脚色した物語の数々を・・・


「ゆうしゃさまはね、すごい魔法も使えるの、昨日見せて貰ったんだから」

「勇者さま言ってた、この辺りの魔物なんて1人で充分だって・・・だから1人で倒しに行く所なんだよね?」

「あ、ああ・・・そうだ、任せてくれ」

「まじか・・・まぁ、たしかに・・・そう言われるとそんな気も・・・だが本当に1人でいいんか?」

「大丈夫だ、危ないようなら無理せずに戻っ・・・」

「勇者さまなら大丈夫だよ、竜だっていちげきでスパッってやっちゃうんだよ!」

「そう、すぱって・・・すぱあ!」


いや、俺そこまでは言ってないと思うんだけど・・・まぁいいか。

親父さんも納得してくれたみたいだし、この辺でさっさと旅立ってしまおう。


「頼んだぜ、勇者のあんちゃん!」

「負けるなー」

「がんばれー」


親子の声援を背に受けて、俺は村を後にした・・・


「たしか西の物見の塔だったか・・・」


名前からしてこの国の辺境を守る拠点の一つなんだろうけど、詳しい事はどうでもいい。

今重要なのは『西』という方角だけだ・・・魔物は西からやってくるとみて良いだろう。

そんな事を考える俺の前の道は2つに分かれていた。


片方が南で、もう片方が西。

ここで魔物の群れがいるってわかっている方に行くやつはいないだろう。



俺は迷わず、南の道へと足を踏み出した・・・




・・・つもりだったんだけどなぁ。


俺の眼前には、人の半分ほどの背丈を持つ魔物の群れがいた。

人を襲って金品を奪い、肉を食らうという魔物の種族、ゴブリンだ。

だが幸いなことに奴らは弓を持っていないらしく、ここは開けた土地で、まだ距離がある。


「やっぱり放ってはおけねぇよ・・・美味い飯も食わせてもらったしな」


水筒から水を取り出し、魔力で操る・・・水は鋭い刃へと変わり、近付いてくるゴブリン達を真っ2つにしていった。

限られた水だ、ちゃんと最後まで気を抜かず、放った水の刃は弧を描くようにして戻って来させている。

そしてその途上で背後からもう1匹・・・なんだ楽勝じゃないか。


やはりこの辺りまで来るのは弱い魔物のようだ。

この分なら本当に俺1人で全滅を狙えるんじゃないか。

キラキラした目で俺の凱旋を出迎える子供達の姿が容易に思い浮かんだ。


「勇者さま、か・・・悪くないな」


と、ここで俺の顔を何かがかすめて行った。

頬のあたりに熱さを感じる・・・血だ。

何が起きたのかはすぐにわかった、第2の攻撃がすぐに飛んできたからだ。


「うわっ、あぶな・・・」


飛んでくる槍をすんでのところで避ける。

やつら俺に近付く前にやられるもんだから、手に持った槍を投げてきやがった。


「くそっ・・・」


まだ槍を投げていないゴブリンを優先して水の刃で仕留めていく。

本当に油断大敵だな。

後方にちょっとした岩場を見つけた、いったんあそこまで下がるか・・・


岩の影に隠れひと息つく・・・

水の刃はたいして魔力を消費しないとはいえ、こう連続で使い続けるのは精神がすり減る思いだ。


「ったく、うじゃうじゃ湧いてきやがって・・・」


メリッサの半分でも攻撃魔法が使えれば、すぐに群れごと焼き尽してやるというのに・・・

だが俺にはそんな才能はなかった、攻撃魔法はこれっきりだ。

ゴブリン共が追い付いてくる前に迎撃しないと・・・剣を抜くのは最後の手段だ。


「よし、いくか・・・」


再び水筒から水を出し水の刃を生成する。

岩陰から顔を出して後方を伺うと・・・うわっ!

目前まで迫っていたゴブリンを水の刃が切り裂き・・・そのまま真っすぐ飛んで行ってしまった。

有効範囲の外まで飛んでしまった水の刃は、ただの水に戻ってしまう。


・・・思ったよりも近くに来られていたせいで動揺して、無駄撃ちしてしまった。

あいつら必死すぎるだろ。

水筒に残された水は少ない・・・大事に使わないと。


水の刃を使い切った頃には、ゴブリンも残す所あと3体。

そのうちの1体はリーダー格だ、通常のゴブリンよりもひと回り大きい。

剣を握る手が震える・・・3対1だ・・・数の上では明らかに不利、しかしやるしかない。


バッカスのやつなら、こんなゴブリンなんぞ片手であしらえるに違いない。

あるいは、この手の魔物はザッシュの方が向いてるかもな。

だが俺にはバッカスのようなパワーも、ザッシュのようなスピードもない。


「うりゃああああ!」


この際雑魚は無視だ。

ゴブリンリーダーめがけてまっすぐ走る。

剣は真っすぐ水平に構えたまま、そのまま体当たりをするくらいの勢いで、全力で駆ける。


あと10歩、8歩、5歩・・・ここだ!

軸足を強く踏み込み、残りの数歩分の距離を一気に詰める。

距離を詰めながら、構えた剣を相手の体の中心・・・少し上、心臓を狙って・・・突き出す。


もちろんゴブリンの方も攻撃してくるだろう。

だが気にしてなどいられない、この一撃で確実に・・・確実にだ、ゴブリンリーダーを仕留める。

それだけを考えて身体を動かす・・・突き出した腕・・・その剣の先が、吸い込まれるようにゴブリンの胸に突き刺さった。

腕に伝わってくる肉の感触・・・それと同時に、俺の背中と脇腹に刺すような痛みが走った。


「かはっ・・・」


その声は、はたして俺の口から出たものか・・・それともこの手の剣で刺し貫いたゴブリンのものか。

ゴブリンリーダーの持つ鉈のような武器が地面に落ちる、運が良い事に奴の攻撃は外れてくれたらしい。

だが、俺の脇腹と背中には深々と槍が突き刺さっていた。


無視していた2匹のゴブリンだ。

やつらは無事リーダーの仇を獲ったとばかりに口元を歪め、奇声を発した。

あるいはどちらかが次のリーダーの座を手にするつもりなのかも知れない。

片膝をついて蹲る俺を余所に、勝利の雄叫びのようなものを上げている・・・気の早いこった。


力任せに槍を引き抜くと、溢れ出す赤い血が地面を染めていく・・・痛ぇ。

決して傷は浅くない、普通に致命傷だ、ゴブリンが勝ち誇るのも無理はないだろう・・・だが。


「・・・エクストラヒーリング」


最高位の回復術によって、それらの傷が一瞬で塞がっていく・・・

そう、俺は戦士でも盗賊でも魔法使いでもない・・・回復術士だ。


俺の回復にまだ気付いていないゴブリンの1匹を不意打ちを食らわせる・・・リーダー程の手ごたえもなく、あっさりと倒す事が出来た。

これで残りは1匹、1対1ならもう負ける気はしない。


「ふぅ・・・疲れた」


無事に最後の1匹を倒した俺は、倒れるようにその場に寝転がった。

さすがに疲労感が半端じゃない・・・しばらくは一歩も動きたくない気分だ。

空は雲一つなく澄み切った青色で・・・清々しい気分だ。


「なんとか・・・やり切ったな」


これであの村も大丈夫だろう。

『勇者さま』の面目も保たれた・・・ああ、しっかり謝礼は貰わないとな・・・

本当に1人でやれたんだな・・・1人でも・・・この先やっていけそうだ。



・・・ズシン



「・・・ん?」


なんか地面が揺れたような・・・



ズシン・・・ズシン・・・


まただ・・・しかも2度も・・・ただの地震にしては妙だな。

どうやら無防備に寝転がっている場合ではなさそうだ。

とりあえず身を起こして、周囲の安全をたしか・・・




上体を起こして、ふと見上げた瞬間、目が合った。



遠くにいてもそれが目だとわかる大きな瞳。

俺の2つの目に対して、それは1つの、大きな・・・大きな・・・


「うそだろ・・・」


そう呟くなり俺は駆けだしていた。


単眼の巨人サイクロプス

その大きな瞳だけでも人間くらいの大きさがある、巨大な人型の魔物だ。

当然その強さはゴブリンなんかとは比べ物にならない、奴らからしたらゴブリンなんて蟻みたいなものだろう。

パーティで連携して闘うならともかく、俺1人でどうにかなる相手じゃない。


迷うことなく魔物に背を見せ、俺は逃げた。

サイクロプスは全力では追ってこず、その辺に転がっているゴブリンの死体を食べながら、こちらへと向かってきていた。

今思えば、ゴブリン達が必死に向かってきたのはこいつに追われていたからかも知れないな・・・最後の方の雄叫びも追いつかれたことに気付いた悲鳴だったのかも・・・


俺は逃げた、とにかく逃げた。

確かここまで来る途中に森があったはずだ、木々に紛れて隠れれば、やつらをやり過ごせるかも知れない。

あるいは水が・・・水が手に入れば、遠距離から戦えば多少は勝負になるかも知れない。


もうすっかり息が上がってきているが、無理矢理でも俺は逃げる。

・・・なんだか逃げてばかりだな。


そうだ、あの時だって俺は逃げたんだ・・・




___それはかつての魔族の王が作ったという広大な地下迷宮。


一定以上の実力を身に着けた冒険者パーティが腕試しに訪れる事で知られたダンジョンに、やはり腕試しとして俺達のパーティも挑んでいた。

竜の討伐経験もある俺達だ、ダンジョン探索は順調だった。

なんでそんなものがあるのか誰も知らないが、ご親切な事に魔力を回復する泉なんてものがあって・・・そこを拠点にすることで探索の効率は大幅に改善された。


下の階層に降りる程、ダンジョンの難易度は上がっていった。

あのサイクロプスとも遭遇したが、バッカスなら巨人の攻撃も1発は受け止めることが出来たし、魔法抵抗力の少ない巨人にはメリッサの魔法もよく効いた。

多少の傷は俺の回復術ですぐに治ったし、手足が吹き飛ぶような重傷でも時間さえ掛ければ癒すことが出来る。


攻略は本当に順調で・・・俺はすっかり油断していた。

水の刃はパーティの皆には内緒で練習していた俺の隠し玉だ・・・ここぞって時に使って華々しく活躍させたい。

皆魔物への対応が慣れてきて、回復の手が空く事も増えてきた・・・気付けば俺はそのタイミングを探しながら戦うようになっていた。


前衛をすり抜けてきた1匹の魔物が死角からメリッサに襲い掛かるのを見た時・・・今だって思った。

ここで仲間の危機を救えば、以降は俺もパーティの戦力として期待してもらえるに違いない。

皆と違って回復術しか取柄のない、薬草代わりについて来てるだけ・・・そんな情けない自分を俺は変えたかったんだ。


・・・だから俺は、その時バッカスが傷を負っていた事を見過ごしていたのだ。


それは小さな傷だった。

よく見ていないと見過ごしてしまうような、体力馬鹿のバッカスなら屁でもないような浅い傷。

だがその傷は毒を伴うものだった・・・毒は徐々にバッカスの身体を蝕んでいき・・・その動きを鈍らせ・・・

まさに俺が水の刃を放ったその瞬間、バッカスは致命的な一撃を受けてしまった。


最前線で敵を引き付ける役割のバッカスが倒れた事で、戦況は一気に動いた。

その穴を埋めようとした盗賊のザッシュも、魔物の猛攻を捌き切れず重傷を負った。

魔術師のメリッサに接近戦が出来るはずもなく・・・魔物は女相手だからと容赦などしてくれない。

俺は一瞬で回復が追い付かなくなってしまった状況にすっかり混乱して・・・


もしあの時たまたま別のパーティが近くを通りかかってくれなかったら・・・

俺は全滅していくパーティを前に、何も出来なかった。


それまでに得た戦利品と引き換えに、そのパーティに仲間を街まで運んで貰った後。

俺は仲間達の治療を終えると、1人で街を飛び出していた。

俺のミスのせいで全員死ぬところだったのだ・・・そう思うとあの場に居られなかった。


そう、あの時も俺は逃げたんだ。


追放されたなんて嘘だ・・・俺に都合の良い被害妄想も良い所だ。

でも同じだろう?あのまま残っていても、どうせ追放されたに決まってる。

きっとあいつらだって、俺みたいな足手纏いがいなくなって清々してるだろうさ・・・



___森が見えてきた!


あそこに逃げ込めば何とかなる・・・かどうかはともかくっ、この状況は変わるはず。

ラストスパートとばかりに俺は両脚に力を入れ・・・


ドゴォン!


大きな音が足元から聞こえた。

そう思ったと同時に、両脚の感覚が消え・・・俺の身体は前方へと投げ出されていた。


「く・・・いった・・・何が・・・」


状況を理解するよりも早く、俺の下半身から想像を絶する激痛が襲い掛かってきた。

両脚の感覚はないまま、激痛は脚の付け根のあたりから・・・

あまりの痛みにその場で転がるようにのたうち回る・・・その俺の視界の隅にちらりと、俺の脚だった物が、真っ赤に染まって・・・


「!!」


俺の両脚は、大きな岩に押しつぶされるようにして下敷きになっていた。

後方からサイクロプスが投げたのだ・・・あの岩を。


「くぅ・・・エクストラヒーリング」


回復術で失った両脚の再生を行う・・・傷口の方から徐々に脚が再生していく・・・だがそれは、とてもゆっくりとしたものだ。

その間にも1歩、また1歩とサイクロプスが近付いてくる。


「あ・・・これ死んだわ」


なんか、意外なほどあっさりと・・・自分の死というものを受け入れてしまっていた。

だからといって回復を止めたりはしないが、どう見ても間に合わないのは明らかだ。

這ってでも逃げるか?痛む両脚を引き摺って?とても逃げきれるものではない。


膝上まで再生出来れば良い方か・・・待ってりゃ食べれる部分が増えるんだから、そうがっつくなよ。


こんな時に思い浮かんだのは村の子供達の顔だ、この巨人が相手では騎士団も危ういかも知れない。

避難先の洞窟がどんな所か知らないが、あんな岩をポンポン投げられては、ひとたまりもないのではないか。


「なぁ、俺を食って腹が膨れたら、村までは行かないでくれないか?」


どうせ聞こえてないであろう巨人相手に村の命乞いをする。

そういえばゴブリン達も平らげていたっけな・・・どれだけ大食らいなんだよ。

いよいよサイクロプスの射程に入った、その腕がこちらに向かって伸びてくるのがスローモーションのようにゆっくりと感じる。


「こんな事なら、ちゃんと皆に謝っておけば良かったかなぁ・・・謝ったら、許してくれたのかなぁ・・・」


やはり最後に浮かんだのは仲間達の姿だ。


なんだかんだ言って、楽しかったな。


なにげにバッカスのおかげで俺の回復術が磨かれたんだよな・・・あいつはいつも傷だらけになるから治し甲斐があった。

あいつが全身に受けた傷が何秒で治るか・・・毎日計ってた時期もあるんだぜ。


ザッシュのやつは金に汚い所があるけれど、あいつが仲間になってからは目に見えてパーティの収入が増えたっけ。

でも人の金で勝手にギャンブルしてくるのは勘弁してくれ、たまに酒を奢ってくれたって誤魔化されないからな?


初めての外での冒険ではお嬢様育ちのメリッサが虫やらなんやらにいちいち騒いで大変だったな。

しばらくは俺があいつのお守りをさせられたんだよな・・・今じゃ何も怖いものなんてないって顔してるが、いまだにムカデを怖がっているのを俺は知っているぞ。



サイクロプスに身体を掴まれた。

そのまま握りつぶされるかと思ったが、逆に潰さないように手加減されてるようだ。

やつからしたら俺は食べ物だもんな・・・食べ物で遊んだりはしないのだろう。

サイクロプスは俺を高く掲げるように持つと、大きく口を開いた・・・なるほど、丸かじり派か。


自分がかじられる瞬間なんて見たくもないので、俺は静かに目を閉じる。


短い人生だったが、人生の終わりなんてこんなものか・・・


俺なんていなくても、あいつらなら大丈夫だろう。

あの3人なら、いつかきっと噂でしか知らない『伝説の魔王の間』ってやつにも辿り着けるに違いない。

みんな俺の自慢の仲間達だったよ、最後に願わくば、お前達の未来に希望が溢れますように・・・



パァン!


乾いた、それでいて耳をつんざくような大きな音がこの森全体に轟いた。

その音と同時に瞼越しに見えた強烈な光・・・目を閉じていなかったら失明してたんじゃないかってくらいの激しい閃光。


俺を掴んでいたサイクロプスがなぜかその手を放し、落下した俺の身体は地面に・・・ぶつかる事はなかった。


「ふん・・・こいつは貸しにしておくからな」

「ザッシュ?!・・・なんでお前がここに・・・」


落下した俺の身体を受け止めたのはかつての仲間の1人、盗賊のザッシュだ。

するとさっきの音と閃光は・・・まさか・・・


「ぐ、偶然ね・・・大型魔物討伐の依頼先でアンタを見かけるなんて思わなかったわ」


長い金髪をなびかせ、メリッサが俺を睨む。

その手に握られた杖にはバチバチと稲妻の魔法の残滓が纏わりついていて・・・やはりさっきのはメリッサの攻撃魔法だったようだ。


「そんな事を言って・・・真っ先にディックを探そうと言い出したのはメリッサだったはずだけどな」

「な・・・誰がそんな事言うもんですか!」


ザッシュに茶化され、メリッサは顔を真っ赤にして怒り出した。

おいお前ら、まだ戦闘中だってのに・・・


案の定、その間にサイクロプスは体勢を立て直して再び俺達へ掴みかかってきた。


「おい!ザッシュ!にげ・・・」

「大丈夫だディック・・・仲間を信用しろ」


サイクロプスとの間に割って入ったのはバッカスだ。

バッカスはその手の大剣を振りかぶると、俺達に掴みかかってきた大きな腕に叩きつけた。


「うん・・・肉体を鍛え上げた成果が出たな」


サイクロプスの腕を・・・弾き返した。

以前に迷宮で戦った時は攻撃を受け止めるので精いっぱいだったバッカスが・・・本当に日々の鍛錬の成果だというのか。


「ディック、傷はまだ治らないか?」

「悪いがまだしばらくは自力で歩けそうにないな・・・どこかその辺に置いておいてくれ」

「ああ、そうさせてもらう」


まだ回復には時間が掛かる事を告げると、ザッシュは迷わず俺をその辺の茂みに放り投げた。

うぐぅ・・・本当に雑に扱いやがって・・・


だがザッシュの参戦により状況は一気に動く。

素早い動きで足元を駆け抜けるザッシュにサイクロプスは対応出来ず、その足をもつれさせた。

もう完全にこちらのペースだ。


「準備出来たわ!巻き込まれたくなかったらどきなさい!」


メリッサの凛とした声が戦場に響く。

その声を合図に、バッカスとザッシュはサイクロプスから大きく距離を取った。

ちなみに俺も歩けないなりに這って少しでも距離を稼いでる・・・本当に巻き込まれるからな。


メリッサの構えた杖からは、ちらちらと炎が漏れ出している。

あいつの好きそうな派手な攻撃魔法・・・おそらくは火竜の・・・


『我ここに再現するは劫火の奔流、火竜の息吹を再臨せん・・・受けよ、ドラグストーム!』


火竜のブレスを模して生み出されたという炎の上級魔法・・・ドラグストーム。

実際に戦った本物の火竜のブレスよりも強い事がわかって以来、あいつのお気に入りの魔法の1つだ。


「うわ、あちっ・・・あちっ!」


魔法で生み出された凄まじい炎が周囲の草まで発火させ、地面に転がるしかない俺を焼きにかかる。

相当な距離を離れていたはずの俺ですらこの様だ、バッカスもザッシュも当然のように火傷を負っている。

肝心のサイクロプスだが・・・こいつはもう気にする必要もないだろう。

あの炎に耐えられるものではなく、すっかり消し炭となって地面に巨大な人の形を描くだけだ。


「・・・よしっ!」

「・・・よしっ!じゃねぇ!」


魔法の威力に満足したのかガッツポーズをするメリッサの足元に蹴りを入れてやった。

何とか再生を果たした両脚を確かめるように立ち上がりつつ、メリッサを睨みつけた。


「いったいわね!何すんのよ!」

「バッカスもザッシュも巻き込まれて火傷してるだろうが!もっと弱い魔法で足りただろ!」

「巻き込まれるからどきなさいって私言ったもん!」

「言ったもん!じゃねぇ!どいた上でコレだろ・・・ほら2人とも、治すからこっち来い」


理不尽に巻き込まれた2人を招き寄せ、回復術で火傷を治していく。

さっきまで失われていた両脚と違ってすぐに治ったが、俺の回復術がなければひと月は痛むやつだ。


「本当に、俺がいなきゃどうするつもりだったんだか・・・」

「そりゃあ、その時はそんな無茶はしないさ」

「え?」


思わず呟いてでた愚痴に、バッカスから意外な返答が帰ってきた。


「お前がいるから、こんな無茶な戦い方が出来る・・・どんな傷を受けてもお前が治してくれるって信じてるから、俺達は傷つくことを恐れないんだ・・・そうだろ2人共?」

「そうだな・・・言わば切り札を1枚懐に忍ばせてるようなものだからな、その分強気な勝負に出れる」

「べ、別に私は・・・アンタがいなくても遠慮なく撃ってるけど・・・」


せっかくバッカスが良い事言ってくれてたのに・・・

なんかあまり良い話に聞こえないんですけど・・・特にメリッサ、お前は遠慮しろ。

・・・っと、ついいつものノリに流される所だった・・・まず最初にやる事あるだろ俺。


「皆ごめん!・・・あの時は俺が悪かった!」


3人に深々と頭を下げる、本来なら真っ先にこうしないといけなかったはずだ。


「皆は俺の回復を信じて戦ってくれてるのに、俺は裏切っちまった・・・どうかこの通りだ」


そうだよな、俺の回復を当てにして無理をしてたのに俺が回復をサボったらパーティも崩壊まったなしだ。

あげく皆を置いて1人で逃げ出した・・・さっき助けてくれたのだって討伐依頼をこなしただけだろう、勘違いしちゃいけない。

もしサイクロプスの討伐依頼が無かったら、あのまま見捨てられていても文句は言えないんだ。


「何を言ってるんだ?」

「へ?」

「俺達こそ、お前を当てにして無茶をし過ぎていた・・・あれは当然の結果だろうさ」

「別にそんな事はないけど・・・うぅ・・・ご、ごめん・・・なさい・・・」


消え入るような小さな声で、メリッサが謝った。

ええと・・・俺は・・・許された・・・のか?


「いや、俺、勝手に1人で出て行っちゃったし・・・そうだ、それも謝らないと・・・」

「それは俺達に休みをくれたんだろう?」

「は?」

「村で聞いた、俺達を気遣ってお前1人で魔物討伐に向かったって・・・」


な、何の話だ・・・身に覚えが・・・


「隠しても無駄なんだからね、子供達が全部教えてくれたわ・・・私達の事をどう思っていたのかも」

「でも、あそこまで褒められるとこそばゆいがな・・・ほら、二つ名とか」

「俺は好きだぞ『不死身のバッカス』・・・なかなか恰好良いじゃないか」


あ・・・ひょっとして、子供達に話したアレか・・・


「いや、あれはだな・・・」

「そう照れるなよ、当の俺達に伝わるとは思わなかったんだろうが・・・」

「そうじゃなくて、本当に・・・」

「ふふっ子供は正直よね、アンタもあれくらい素直になればいいのに」

「それお前には言われたくな・・・うぐっ!」

「まぁ良いじゃないか、村へ凱旋と行こう勇者殿」

「ゆ、勇者は勘弁してくれよ・・・」



どうやら俺はまだこのパーティの一員でいられるらしい。


相変わらずバッカスは最前線で傷だらけになってくるし、ザッシュは今回の『借し』を理由に金を借りてくるし、メリッサは攻撃魔法に皆を巻き込むけれど・・・結構悪くないパーティーなんじゃないかって今は思ってる。

ま、俺がいないと、こいつらどうなるかわかったもんじゃないからな。




俺の名はディック、この愉快なパーティを支える回復術士だ。

今日も仲間達は俺を当てにして無茶をする、だから俺も全力で仲間を癒すんだ。

俺が癒す限り、誰も死なせはしない・・・それが回復術士の、この俺の誇りなのだから。

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回復術士の一人旅~パーティの生命線である俺を追放するとか、あいつらどうなっても知らないぞ~ 榛名 @haruna1law

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