第11話

 朝食をとると、町の中を散策する。

 俺の泊まっていた宿の方はとくに目立った問題はないが、なんと昨夜この町にモンスターが押し入ってきたらしい。

 おかげで町の入り口はめちゃくちゃに荒らされ、怪我人が数人でたらしい。しかし突然現れた超強い冒険者二人の手によって被害は少しで抑えられたそうだ。

 本来ならもっと、なんなら町ひとつが崩壊してもおかしくない騒動だったらしい。


 そんな大事件が起きている中、俺はぐっすりすやすやと眠っていた。おかげで体は元気そのものだが、他の冒険者が戦っていた中一人だけ安眠していたことに罪悪感を覚えた。

 仮にも今の俺は冒険者でもあるというのに、なんという体たらく。結果的にモンスターは全滅させられたらしいが、被害を受けた建物を見かけると罪悪感でちょっと気が晴れない。


「イズミ、せっかくの休みなのに暗い顔だな」

「しょうがないだろ。みんなが頑張って戦っていたのに、俺は寝てたんだぞ?」

「いいじゃないですか。なんでも噂によればイズミさまも惚れること間違いなしな絶世の美人魔法使いがモンスターたちを蹴散らしたそうですし。死者は出ていないので問題ないでしょう」

「そうだぜ、相棒。俺もよくは知らないけど美人はともかく腕のたつ剣士が頑張ったそうだから気にすることはないって」


 猿と鳥に慰めながら、俺はせめてと壊れた家の瓦礫を集める手伝いをした。

 この家は四人家族で、父親と母親。そして小さな子供の二人だ。

 子供たちは人語を理解し喋るモンスターだと思い込んでキスケとアイと遊んでいた。二人も思いの外子供には愛想が良く、文句を言うことなく遊び相手をしてくれている。

 そのうちに父親と母親と俺の三人で瓦礫を集めていく。


「私たち二人では量が多くて困っていたんです。子供たちの相手もしてくれてありがとうございます、助かります」

「いえ、騒動が起きた時は俺寝てたみたいなんで。これでもいちおう冒険者なので後片付けの手伝いくらいさせてください」


 感謝を述べる二人に首を振りながらせっせと瓦礫を集めた。煉瓦造りのこの家は建物の半分が崩壊してもう半分の建物でなんとか建っている状態だ。


「建て替えるんですか?」

「いえ、大工さんに相談したら修復できそうとのことなので壊れた部分だけ新しくするつもりです」

「ついでにちょっと家を大きくしちゃおうって相談してたんですよ」

「おお、前向き」


 家が半壊したから泣く、ではなくついでにリノベしてしまおうというポジティブ思考はなかなかのものだ。

 こういう人が幸せになれるのかもしれないと思いながら、細々とした瓦礫の破片を拾っていく。

 隣の家も他の冒険者の手を借りて瓦礫集めに勤しんでいた。


「あれ、ここの扉……」

「ああ、そこですか。それが昨夜の衝撃で壊れてしまったみたいで開かなくなってしまったんです」


 家の中にまで広がった瓦礫を拾っていると、とある扉の前で立ち止まった。

 木の造りの扉には鉄製のドアノブが付けられている。どこか物々しい雰囲気を醸し出しているように感じるのは、本来なら家の中に入らなければ見えないはずの扉が家が半壊したせいで外からでも見れるようになっているからなのだろうか。


「ここは私たち夫婦の寝室なんです。けど扉が開かなくなっちゃって。斧かなにかで壊して開けようってことになってて」

「壊しちゃうんですか」

「はい、そうしないと、ゴホッ。すみません、私ちょっと喉が悪くて」

「もしかして寝室に薬を置いているから飲めていない、とか?」

「ええ、まぁ」


 奥さんは困ったように笑う。

 木製の扉なので奥さんの言う通り斧さえあれば簡単に壊せそうだ。しかしここには斧がない。俺も斧は持っておらず、この小さな瓦礫ではさすがに壊せそうにない。


「もう少ししたら冒険者の人が来てくれることになっているので、彼らにお願いして壊してもらうつもりです。絵が無くなってしまうのは残念だけど……」

「絵?」


 旦那さんの言葉に首を傾げた。すると旦那さんは少し困った顔をして、


「寝室の扉には子供が描いてくれた私たちの似顔絵を貼っていたんですよ」


 と悲しそうに言った。


「なるほど、斧や刃物で扉を強引に壊すとこの扉の裏に貼ってある子供の描いた絵ごと壊されてしまうということですか」

「はい。ですが妻の薬を取ることの方が優先するべきですので」

「残念ではありますけど、壊してもらうつもりです」


 奥さんの薬はこの扉の向こう。しかしこの扉は昨夜の騒動で開かなくなってしまった。

 そしてこの扉の裏には二人の子供が描いた似顔絵が貼ってある。親としては子供の作品を傷つけたくないのだろう。しかし普通に考えて病気を患っている奥さんの薬を取る方が優先するべきことである。

 子供の絵を取るか、奥さんの薬を取るか。どう考えても後者だ。

 俺はふと、としえさんのことを思い出した。

 としえさんはよく清掃のバイトが被っていた年配の女性で、彼女もよく孫が描いてくれた手紙やら絵やらを大切にしていると話していた。

 きっとこの夫婦にとっても、へたくそだろうとどんなに似てなかろうと子供が描いてくれた絵は宝物だったのだろう。


「……いや、サンキエ使えばいけるくね?」


 命の天秤と言うには軽いかもだが、それでも大切なもののどちらかしか選ぶことのできない状況に同情して、少し悲しい気分になったがサンキエのことを思い出して俺はころっと顔色を変えた。


 このドアノブは鉄製。普通のサンキエならともかく、この世界に来てからのサンキエはその威力をかなり増幅させている。

 つまり鉄製のドアノブなど簡単に解かせてしまうわけだ。

 試しにドアノブにサンキエをかけると、ジュウっと音を立てて、そしてゴトっと派手な音を鳴らしてドアノブが溶け落ちた。


「え、ええ⁉︎」

「なんで⁉︎」


 驚く夫婦を横目にドアノブの無くなった扉を強く押してみる。すると扉は簡単に開いた。


「あっ、あった。薬ってこれですか?」

「ああ、はいそれです。って、いや、え?」


 目の前で起こったサンキエドアノブ溶かしに驚く夫婦に説明せず、薬を手渡すとキスケたちを呼び戻し別のところに移動した。


「つい人前でサンキエ使っちまった」

「お馬鹿さんですね」

「俺は相棒の後先考えないところ結構好きだぜ」


 また毒使いと騒がれるのが面倒で、俺はその場から逃げ出してしまった。

 そんな俺に猿と鳥は優しかった。


「毒など使おうと思えば誰でも使えるものですし、危険と言えば剣や銃だってじゅうぶん危険ですのに」

「まあこの国では毒殺事件が起きたばかりだし。それでヘイトが高まっているんだろ。間が悪かっただけで、イズミの力は悪くないと思うぜ」

「サンキエイコール俺ではないけどな。まあ、この世界でサンキエ持ってるの俺くらいだし、自動的にサンキエマスターになっちまうか」

「ネガティブなのかポジティブなのかよくわかんないところも嫌いじゃない」

「キスケは俺のこと全肯定してくれんじゃん」

「それくらい私でもできますけど?」


 変なところで張り合うなと笑う俺に、アイが面白い提案をした。


「というか、この国で毒がなんだの言われるのなら、いっそのこと別の国へ行ってしまっては? 別にこの国にこだわっているわけではないでしょう?」

「それは……考えたこともなかったな。他の国ってどうなっているんだ?」

「大体はどこも同じだぜ。モンスターがいて、人がいる。人々の文化や国のトップが違うだけ」

「へえ」


 俺はごく当たり前のように、転移先のこの国で多くの時を過ごしていた。

 それでもこの国以外にもこの世界にはたくさんの国がある。そこなら俺が毒使いであることを隠す必要がなくなるかもしれない。

 なかなかに悪くない案だ。


「……なぁ。もし俺がこの国を出ていくって言ったら、お前らはどうする?」


 ふと、不安になって問いかける。

 俺は今までずっとひとりだった。けれど正確にはひとりきりではなかった。頭の上にはキスケがいて、最近は肩に鳥が乗り出した。

 今更ひとりきりになるのはさすがに寂しかった。


「どうするもなにも、普通についていくだけだぜ相棒」

右肩ここは私の特等席なので」

「……神さまなのに国を出ていいのかよ」


 俺の問いかけに呆気からんと答える二人に思わず笑みが溢れる。なんて自由な神さまたちなのだろうか。


「? 出ていってはいけない理由でもあんのか?」

「もしかしてイズミさまのいた世界では国ごとによって神さまが違う、とか?」

「あー、なるほど。お前らはこの国の神なんじゃなくてこの世界の神さまってことか」

「はぁい」

「そうだけど」


 すごいな、俺はこの世界の神を二柱も旅のお供にしているらしい。これは鬼退治ってレベルではない。

 チートなのは能力じゃなくて仲間の方らしい。癖はあるものの、恵まれた仲間を連れて俺は旅を続けることになるだろう。まず目指すはここではない違う国だ。

 この国が悪いというわけではないが、キスケの言う通りサンキエマスターな俺には間が悪い場所だった。

 だから別のところへ行ってみる。せっかくの異世界なのだ、楽しまなければ損だろう。


「あの!」

「ん?」


 次の目標も決まったところで、歩き出そうとした俺を引き止める声が一つ。

 振り返ると瓦礫拾いを手伝ったお家の奥さんが立っていた。その手にはくしゃくしゃな線の描かれた紙が握られている。


「ありがとうございました! おかげで私たちの宝物は無事でした!」


 そう声を張って子供たちの描いた似顔絵を笑顔で見せてくれた奥さんに、俺は笑みをこぼして手を振ると町を出た。

 やっぱり感謝されると嬉しいものだな。


「人妻ですけど、あの人は」

「浮気か……シャレにならない方の浮気か」

「ちげぇわ!」


 俺がちょっと他の女の人と仲良さそうにしているとすぐに浮気を疑ってくる女神と、そのノリに乗っかる神に大声をあげながら俺は駆け出した。

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持ち物一つで異世界転移⁉︎ 〜のちの最強毒使いは愉快な仲間(動物)とともに疎まれたりしつつも楽しく生きることにしたようです 西條セン @saijou

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