第10話
あなたを冒険者にできますというアイイーエデの言葉に嘘偽りはなく、翌日には俺は冒険者としての登録を無事に完了できた。
ちなみに魔王も勇者もいないこの世界だが、それに準じたものはいる。それを倒すのが冒険者の役割の一つだ。
俺はそれともう何度も遭遇している。そう、魔王に準じるものとはモンスターのことだ。
雑魚から多くの冒険者が手こずるモンスターまで、この世界には実にさまざまなモンスターが存在する。
それを町の狩人や冒険者が狩りを行い、人に被害が出ないように制御しているのだ。
俺がかつて寄った町にも狩人はいたが、彼らは自身の町を守るのがもっぱらの仕事で、冒険者はどこかの町に長期滞在するというよりは世界中を飛び回ってモンスターの被害が多いところに駆けつけてモンスター狩りをする仕事だそうだ。
他にもゲームでいうところのクエストも出ていて、冒険者たちはモンスター狩りの報酬とそのクエスト達成の報酬で生活している者が多いようだ。
ついでにいうと、モンスターとの戦いが必須と言っていいほど多い冒険者はチームを組んでいることが多い。
少なくても三人以上で行動するのが基本らしい。そんな中で俺はたった一人、あとついでに二柱の神さまを連れて冒険者になった。
「イズミさまは誰かと組まなくてよろしかったので? 一人では危険でしょう。他の人を盾にできませんし」
「できてもしねぇよ、そんなこと。それに俺はサンキエ――この国では疎まれている毒使いだからな。白い目で見られるのはやだから一人でいい」
「大丈夫だ、相棒。いざというときは俺が助けてやるから」
「猿に助けられるのはみっともないから、そうならないように善処するわ」
「そうですか、それはよかった。そこいらの女と組むと言ったら吹き飛ばしているところでした」
「……冗談だよね?」
ちゅんちゅんとわざとらしい鳥の鳴き方をしてアイイーエデはそっぽを向いた。
女神さまの冗談というのはわかりずらいから本当にやめてほしい。
「イズミ、レストランの仕事はどうする?」
「さすがに急にやめたら迷惑だろうし、しばらくは続けるよ。それに冒険者として食っていけるか心配だし」
「ああ……また木の実生活に戻るかもしれないもんな……」
ちゃんと人としての生活をした後のあの生活は遠慮願いたい。
そうならないためにもちゃんと貯金しつつ、冒険者としてやっていけるかの腕試しをしていこうと思う。
「回復魔法なら私にお任せを。治療費の負担は心配なさらないでいいですからね」
「俺も戦えるけど」
「俺の! 異世界生活だから!」
「よくわからんけどイズミがそういうなら任せる」
さて、今日も今日とてもしっかり働こう。そのあとには町の外に出てサンキエ使いとしての実力を見せなければ。
初めての冒険者としての活動に胸を踊らせながら働く時間はあっという間だった。
「よし、じゃあ冒険者らしくモンスター狩りをしますか」
「俺はいつもみたいに見てればいいんだな」
「おう」
「回復は得意ですから任せてください」
「ああ、そんときはアイイーエデに任せた」
回復をするということは俺が怪我をするということになるので、あまり出番があって欲しくはないのだが、万が一があってはいやなので素直に頼んだ。
「……」
しかし返事はない。聞こえなかったというよりは無視されている。
「……アイでもいい?」
「しかたがないですね。アイでも許可します」
こいつ、意地でもあだ名で呼ばないと協力しないつもりらしい。
アイちゃんはさすがに恥ずかしかったので、アイで妥協してもらい許可を得る。
どれくらいの回復が可能なのかはわからないが、女神なのだからそうしょぼくはないだろう。
怪我ありきで戦うつもりは毛頭ないが、ヒール役が近くにいるというのはやはり安心感が違う。
これなら怖がることなく全力で腕試しができそうだ。
俺は近くのモンスターが巣を作っているという森に行き、数多のノズルを付け替えつつ戦況に応じた戦い方をしていく。
木の実生活をしていたときのおかげで自然の中での立ち回りはなんとなく把握できた。
地形を利用しつつモンスターを狩っていく。
狩ったモンスターは角などの一部を持っていけば冒険者ギルドでそれに応じた報酬をくれる。つまりモンスターを溶かしすぎては駄目なのだ。
サンキエの量を調整して弱体化させ、報酬をもらうために体の一部を頂きつつ狩りをしているとあっという間に夜になった。
「思いの外怪我をしていませんね」
「そうだなー、結構余裕だったかも」
「いいことじゃないか」
「うん」
今回の狩りで怪我したのは肘の擦り傷だ。モンスターと戦っている時に木で擦ってできてしまったもの。それ以外に目ぼしい怪我はない。
結構冒険者向いているのではないかと思えてきた。
冒険者ギルドの建物は年中無休で働いている。町に帰るとさっそくそこにモンスターの一部を渡して報酬を得た。
ちなみにこの持ち帰る報酬はモンスターの部位ごとに値段が変わるらしい。なんでも受付のかわいらしいお姉さん曰く、希少性の高い部位や武器の素材になる部位などを持ち帰る方が報酬は良いようだ。
希少な部位について俺は詳しくないので、戦いの最中に頭上から教えてもらいながら獲ってきた。
今回でもらえたのは銀貨三枚分。初めてにしてはわりと良い出来だと褒められた。
キスケやアイも褒めてくれたが、正直な話受付のお姉さんに初めてでこの量はすごいですよと褒められたのが一番嬉しかった。
「一日フルで働いて、夜まで冒険者するのはさすがに疲れたわー」
「今日はゆっくりおやすみした方がいいですよ。お茶を淹れますね」
「おお、鳥がくちばしを使って器用にお茶を淹れている」
アイは自身の体より大きなティーポットを器用に扱ってお茶を淹れてくれた。匂いからしてなにかの紅茶のようだ。
基本的に飲めたらなんでも良い派の俺はありがたく紅茶を啜る。
「どうです、美味しいですか? 私お手製の疲労を軽減するハーブティーなんですよ」
「……オイシイデス」
紅茶じゃなくてハーブティーだったらしい。コーヒー派でも紅茶派でもない俺にはハーブティーという概念そのものがなかったので失念していた。
「あまり好きじゃない」
「あなたには聞いてないわ」
俺の飲んだハーブティーのカップに残ったお茶を舐めてキスケが呟く。アイは相変わらずキスケには冷たい態度だ。
「ふぁ、腹減ったけど……それ以上に眠いや」
「時間的にも寝ちまった方がいいんじゃねぇか。この時間じゃ店はやってないだろうし」
「私がこの姿でさえなければ……愛情たっぷりの手料理を振る舞ったのに……!」
「相棒はやく寝たほうがいい。こいつの手料理は不味いって噂だから」
「そうするわ」
毒使いが毒のように不味い料理を食べて死ぬわけにはいかない。アイには申し訳ないが、今後もし本方の姿で出会う機会があったとしても手料理を振る舞ってもらうのは絶対に遠慮しておこう。
俺は相棒の助言を得て眠りについた。
住人が悲鳴をあげて逃げ惑う。
犬は迷わず路地裏に姿を消し、寝ていた狩人は叩き起こされた。
現在依澄の住んでいる町の中にモンスターが侵入してきたのだ。
長年モンスター除けを担ってきた町の前の並木たちはボロボロに切り裂かれ、枝が折れたり酷いものでは根が抉られて本来土の中にある根っこが地上に露出している。
「助けて、死にたくない!」
「はやくこっちに来なさい!」
助けを求める人の声に、寝ぼけ眼の子供の手を無理やり引いて町の中心へと逃げる家族。
町の入り口にまで侵攻してきたモンスターの数はおよそ三十体ほど。その外の並木辺りにはもっとたくさんのモンスターが集まっていた。
これほど大規模なモンスター侵攻はそうそうない。
言葉通りの緊急事態。
冒険者ギルドは町にいる冒険者たちに緊急クエストを出し、招集させて狩人たちとともに事態の鎮静に挑んでいるが、あまりにも数が多く押され気味になっていた。
「ひっ、もう無理だ! 弾切れだ。俺はもう戦えない!」
この世界に置いて比較的新しく威力の高い猟銃を持った冒険者が悲鳴をあげて後方へ下がろうと振り返る。
弾の無くなった銃はただの鈍器だ。同じ冒険者仲間が弓や魔法で援護しながら戦えなくなった冒険者を後方へ下がらせようとするが、モンスターの数が多くサポートにまで手が回らないようだった。
数で優っているモンスターの侵攻に弾が無くなり戦えなくなった冒険者が巻き込まれる。
「た、助け――」
モンスターの、人の頭ひとつ分はある大きな足が冒険者を踏みつける――ことはなく、足を上げたまま数秒止まるとそのまま背後に倒れ込んだ。
「あっ、ああっ」
「邪魔です。さっさと逃げるなりなんなりしなさい」
「言い方。やっぱりお前性格悪いな」
「うるさいお猿さんだこと」
隣に立つ美人をジト目で見る男は長い髪を後ろで結えている。その手には剣が握られており、刀身は月の明かりを受けて銀色に美しく光っていた。
美人な女性は手に杖を持ち、その杖で隣の男を小突く。しかし男はどこ吹く風だ。気に留める様子はない。
「あ、ありがとうございま」
「邪魔」
「だから言い方を考えろって。お前のその気に入った相手以外は雑に扱うところみんなからダメ出しされてただろ」
危ないところを助けてもらった冒険者が礼を言おうとする。しかし女性に言葉を遮られた。
それを男性が嗜めるが、女性は聞く耳を持たない。
「私反省しないタイプの女神なので」
「こんの駄女神! だからお前は駄女神なんだよ! そんなんだから他の神々から怒りを買って幽閉されてんだろ」
「でもこうやって一時的になら姿を顕現することができますし、とくに気にすることないですわ」
そう口論をしつつ、二人いや二柱の神々は町の中に侵入したモンスターをものすごいスピードで片付けていく。
とある冒険者が皮膚が硬くて切れないと言ったモンスターを、男はなんてことなく当たり前のように二つに切り裂く。
怪我をした冒険者に回復魔法をかけながら、突進してくるモンスターを女神は魔法で蹴散らした。
その威力は冒険者の中ではトップクラスと言っても過言ではない力だ。
一体、十体、二十体。二柱の登場でどんどんモンスターの数が減っていく。
数の差をものともせず、暗闇で見えずらい町の中を二柱は駆けてモンスターを全滅へと追いやった。
「す、すごい……」
「なにあの人たち……あの数のモンスターをあんなにあっさりと倒しちゃうなんて、いったい何者なの?」
二柱の活躍のおかげで出番が無くなった冒険者たちは遠くから放心して、彼らの戦いぶりを見ていた。否、見ることしかできなかった。
モンスターの数にも圧にもいっさい負けない、止まることのない攻撃はあっさりとモンスターの侵攻を止めて町に平穏を取り戻させた。
「ハッ、悪いが相棒はお疲れなんだ。ゆっくり休ませてあげたいんだよ」
「そうですよ。あなたたちはうるさい。彼の睡眠の妨げをしないで。せっかく彼のそばにいると面白い光景が見れそうなんだから」
そう言い残すと二柱はスッと姿を消した。おそらく宿に戻ったのだろう。
その場に取り残された人たちはただただ困惑することしかできず、彼らが神々だということには誰も気がついていなかった。
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