第9話

「はぁ、どうしてみんな信じてくれないんだろう。私は女神として何百年も人の行く末を見てきたというのに」

「この世界では動物が神として信仰されているって話あったっけ?」


 狐が神の使いとされていたように、この世界では鳥が神の――いや、この世界の人でも信じなかったのならそれはないだろう。


「あっ、言っておくのを忘れてました。私は女神ですが、女神そのものではありません。女神の使い魔だと思っていただければ」

「はぁ、まぁそっちの方が現実味はあるか……あるか?」

「ありますよ! というか本当のことですからね。私は遠くにいる女神の使い魔なんです。けどちょっと退屈なんで使い魔の神経を本体とリンクさせているので、実質私が女神です」

「女神だったり女神じゃなかったり忙しいですね。それでは俺は明日も仕事なので」

「ああ、帰らないで! ほんと、本当のことしか言ってませんから、私! 神に誓って嘘は言ってません!」

「あんたがその神さまなんじゃなかったのかよ。嘘つくなら設定とかちゃんとしようよ」

「なっ……くっ、いつもこう。いつもこうして誰にも信じてもらえない……!」


 俺に地面に引き摺り落とされた自称女神鳥は悔しそうに地団駄を踏んだ。なんだかちょっとかわいそうに思えてきた。

 動物を虐待しているみたいで気分も悪い。


「……わかった。一回その女神設定を信じるよ」

「いや、信じてませんよね? 設定って言ってるし」

「自称女神さまは俺になにをお望みで?」

「勝手に話を進めないでくれません⁉︎ あと自称は余計ですから。付けなくていいですから」

「もう帰っても?」


 あの時聞こえた声はこの自称女神鳥の声だったのだ。つまりここに助けを求める人はいない。

 ならば今日はもう明日に備えて眠りにつきたい。


「わかりました、自称でも設定でもなんでもいいです。私はただ、あなたの旅に同行したいだけなので」

「それはどうして?」

「タイプだからです」

「はい?」

「頑張る人の子を見るのが大好きなので。知らない世界で逞しく生きるあなたを近くで観察していたい」

「わあ」


 あまり関わり合いたくないタイプかもしれない。

 俺が踵を返すと、自称女神が叫ぶ。


「私を置いていって本当にいいんですか? 今はこんな姿ですが、本来の遠くにいる本体の私の体はボンキュボン! ですよ?」

「悪いが俺はボンキュボンでナイスバディなお姉さんより、ゆるふわ優しい清楚系お姉さんがタイプなんだ」

「なっ、なんですって――」

「イズミ、こいつはやめておいた方がいいぜ。見目はともかく、性格が悪い」

「こら、キーキーうるさいキースケさんは黙っててくださる?」

「キースケじゃねぇ、キスケだ」

「いや待て、なに普通に人の言葉話してんのお前」


 自称女神さまと話していると、頭上からも声が聞こえた。

 周囲には人の気配はない。それなのに俺の声とは違う男性の声が響いた。

 そう、ごく普通に、さも当たり前のようにキスケが人の言葉を発したのだ。


「あら、イズミさまは気づいていなかったのですね。あなたがキスケと呼んで連れているこれは私と同じですよ」

「……神さま的な?」

「はぁい、その通りです」

「……マジかよ⁉︎」

「黙ってて悪かったな相棒」


 ペシっと俺の頭を叩いたキスケは今までの高音鳴き声をやめてイケボを発していた。ふざけるな、これは絶対人の姿になるとイケメンなやつだろ。


「許せねぇ……」

「悪かったって。人の言葉を話す猿とか怖がられると思ったからさ」

「残念だったわねキスケ。イズミさまは私と一緒に旅がしたいってさ。諦めなさいな」

「誰もそんな話はしてねぇよ。俺はキスケがイケボなことに怒っている」

「こいつの視点おかしくてやっぱ面白えー」

「おもしれー男ムーブはやめてくれる? あなたは私よりちょっとだけイズミさまと長く一緒にいただけでしょ?」

「いいや? 俺はイズミと苦楽を一緒にした相棒だ。その座は譲らねぇよ? お前は知らないだろ、イズミの華麗なサンキエ捌きを」

「はぁん、この私に知らないことがあるとでも?」

「人にちょっかいかけるのが好きなだけの駄女神だろ」

「あなたは猿の姿になって自然界に溶け込んで遊んでいるチャラ神でしょ」

「やめろ、人の上で喧嘩するな」


 ぴょんとまた俺の肩に飛び乗ってきた駄女神ことアイイーエデと、何ヶ月も一緒にいたのに本当は神さまだったらしいキスケが頭上と右肩で喧嘩を始めた。

 俺は二人を摘むと、


「二人とも神さまなら一人でやっていけるな、じゃあな相棒」


 そう言ってその場に下ろして今度こそ踵を返した。


「待って、本当に悪かった!」

「もうこんな猿と喧嘩はしないから!」


 背後から二人の声が聞こえるが、俺は無視して宿に帰った。

 普通の動物ならともかく、中身神さまな動物二匹を連れて行動なんてごめん被る。

 来月からキスケ分の給料が減るのは少し残念だが、知らんふりをしておこう。


「イズミさま、私を連れていけば冒険者になれますよ」


 ピタリと足が止まる。


「女神権限で冒険者登録をできます」

「詳しく」

「私は女神ですので、イズミさまを冒険者として登録するのくらい容易です。出自を誤魔化すことも不要、私のことを女神の使いだと理解している教会が一つだけありますので、そこの後ろ盾あえあればあなたは明日にでも冒険者になれるのです」


 何百年もいろんな土地をふらついているキスケにはできませんけど、とアイイーエデは付け加えた。


「イズミさまは見るに今の生活に満足されていない様子。そして冒険者に興味があるようなので、その冒険者になるお手伝いをさせていただきます」

「よし、肩に乗って良し」

「はぁい!」


 アイイーエデは嬉々として俺の右肩に飛び乗った。


「ちょっと待ってくれよ、それは酷いじゃないか! なんでそんな駄女神はよくて俺は駄目なんだよ。なぁ相棒!」

「わかってるって、ほらキスケもさっさと定位置に戻れ」

「っ、おう!」


 結局俺は女神を肩に、頭上に神を乗せて宿に帰った。

 チート付与してくれないなんて、この世界の神はどうなっているんだと思ったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 チートではなく神そのものが旅の仲間になってしまうとは。


「中身は神さまとはいえ、猿に鳥か。あとは犬が揃えば鬼退治に行けそうだな」

「はい? なんです、浮気ですか?」

「俺というものがありながら浮気とは」

「はいぃ? 猿がなにかほざいてますねぇ」

「あん?」

「やります?」

「喧嘩したら窓の外に放り投げるからなー」

「俺たち!」

「仲良いでーす!」


 おとなしくなってくれたようでなによりだ。

 だが本当、ここまできたら中身が神の犬が出てきてもおかしくないかもしれない。そうなったらその時は本当にひとり動物園になってしまう。

 いや、そもそもひとり動物園ってなんだ。と冷静になりつつ、無言で威嚇し合う神々を眺めた。


 使い魔の鳥に取り憑いている女神、アイイーエデ。

「アイちゃんって呼んでください。あと鳥だけにみたいな寒いこと言わないでくださいね」


 猿の姿をした神さま、キスケ。

「俺は別に使い魔に乗り移っているわけではないけど……なんなら今、人の姿になろうか?」

「絶対イケメンなので遠慮します」


 二柱の神さまと異世界転移してきたサンキエ使いの俺が出会ったのは偶然か必然か。

 それは彼らにもわからないことらしいが、俺はアイイーエデのおかげで冒険者になれる。

 そうしたら異世界生活を楽しめると、俺は若干興奮しながらベッドに潜った。


「おやすみ相棒」

「おやすみなさいませ、イズミさま」

「おやすみぃ」


 俺が深い眠りについたあと、この二柱が喧嘩を始めたことを俺は知る由もなかった。

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