第8話

「チッ、チチッ」

「ん?」


 並木のように定間隔に植えられた木の上でサンキエをカバンにしまうと、なにかが聞こえた気がして周囲を見渡す。

 この辺には町のひとたちが植えた木しか生えていない。モンスターの気配もなかった。


「キキッ」

「どうした、キスケ」

「キキッ!」


 キスケがなにを伝えたいのかはわからないが、俺の袖をグイグイと引っ張っている。もしかしてなにか見つけたのかとキスケの向こう側を見るが、なにもない。


「キスケ?」

「誰か助けてくださいませ!」

「⁉︎」


 俺が首を傾げると今度ははっきりと女性の声が聞こえた。

 どうやら誰かに助けを求めているらしい。しかし肝心な声の主が見当たらない。


「声はわりと近くから聞こえたからそう遠くはないはず……」


 きょろきょろと辺りを見渡すが、やはり声の主らしき人影はない。

 人っこ一人いないので木影に隠れているのだろうか。しかしなぜ隠れているのかわからない。モンスターが近くを徘徊しているのならわかるが、周囲には危険らしき危険はない。


「どこにいるんだ?」

「キキッ!」


 俺の問いかけを邪魔するかのように、キスケが鳴き声を上げる。いつもより声が大きい。木から降りようとする俺の袖を引っ張っているあたり、まるで行くなと言っているようだ。


「キキッ!」

「ここです!」


 キスケの意思が気になるところだが、もし誰かが怪我をして動けなくて困っているとしたら放ってはおけない。

 俺はキスケを定位置に戻すと木から降りた。

 声は俺のいた木から町の間の方角から聞こえた。

 場所を探りながら歩いていく。


「チチチ」


 木を一本二本と影まで確認しながら歩いていると、急に高い音が聞こえた。

 すぐそこの木の裏を見てみると、そこには羽を怪我した小鳥が倒れていた。


「うわっ、血が出てるじゃねぇか」


 俺はその鳥を両手で抱き抱えると、血の出ている翼に布を巻いた。

 ハンカチなど持ち歩いていないので服を引き裂いたのだが、まあ給料で新しい服を買えばいい。

 先程まで聞こえていた人の声が気になるところだが、急にその人の声が聞こえなくなったので、先に鳥を病院に連れて行った。


 銀貨一枚という決して安くはない治療費を払って見知らぬ鳥の手当てをしてもらった。

 医者曰くこの鳥はモンスターに襲われたようで、翼を食いちぎられそうになったところをなんとか逃げ出してきたらしい。

 羽が抜け、翼にはモンスターの歯形がついているがしばらくすれば自然と消えるそうだ。通常と同じように長時間飛ぶことはまだ難しいそうだが、ちょっとの移動くらいならできるとのことで、大事には至らないかったようで安心した。


「もう襲われないように気をつけろよ。じゃあ俺はもう一度あの木のところに行ってくるから」


 人の声が聞こえなくなったとはいえやはり心配だ。

 時刻は夜だが、もう少しだけ周囲を確認してこようと思う。

 鳥を町の安全そうなところに置きその場を離れた。するとバサバサと羽の音が聞こえて、急に右肩が重くなった。


「……なんで俺の肩に乗ってんの?」


 ちょっとの距離なら動けるとは聞いていたが、それはそれとしてなぜこの鳥は俺の肩に飛び乗ってきたのだろうか。

 これは疑問に思わない方がおかしいだろう。


「キキィッ!」

「チィッ!」

「こらやめろ、人の上で喧嘩すんな!」


 頭に乗った猿と肩に乗った鳥が互いに威嚇し合い、鳴き声を上げる。

 鳥をどかそうと手を差し出すと、丸いくちばしに突かれた。


「いてぇ!」


 キスケといい、この世界の動物はどうしてこうも暴力的なのだろうか。というよりもなぜ俺に懐く?


「女子にモテずに動物にモテる。それが俺の異世界ライフかー……」


 頭上と右耳近くから聞こえる鳴き声を無視して暗くなって人気ひとけの減った町を出ると、声のした辺りを捜索し始める。

 この二匹の喧嘩にかまっていたら一時間はその場から動けなくなりそうだと判断したからだ。

 あと純粋に母親の手を握って歩く子供の目が怖かった。お母さんあの人ひとり動物園してるよと言われた。してないよ。勝手にこいつらが俺の上で喧嘩しているだけだよとは言い返せない。


「しっつこいですよ!」


 本当にしつこい。町の外に出たのにまだ喧嘩をしている。まったくいつまで俺の上で遊んでいるつもりなのだろう。

 肩と頭に乗っているんだから、互いにそこをテリトリーにして不可侵条約を結べば良いのに。

 まあ肩も頭も俺の所有物というか、俺の体なのだが。


「……って鳥が喋ったぁ⁉︎」


 先程の女性の声が、すぐ耳元で聞こえてきたことに衝撃を受ける。

 綺麗なソプラノの女性の声は右耳から聞こえた。そこには先程助けた鳥がキスケと喧嘩している真っ最中だった。


「……ああ、インコか!」


 納得した。そういえば元の世界にも人の言葉を喋る鳥はいた。

 俺の知っているインコより随分と小さく外見も違うが、おそらくそれに準ずる鳥なのだろう。

 喋る鳥といってもインコの他にも何種類かいるだろうし、この鳥を俺が知らないだけの可能性はじゅうぶんある。


「インコ? 私の名前はそれではありませんよ、ご主人さま」

「ご主人さま⁉︎」

「はい。窮地に至った私を助けてくださった心優しい人の子」

「はっ⁉︎」


 喋ることができる鳥って会話もできるんだっけ?

 ぐるぐると頭の中で鳥のイメージが回転する。そしてここが異世界であることを思い出して、考えるのをやめた。


「なるほどな。ここは異世界、喋る鳥がいてもおかしくない」

「その通りです」


 人の言葉を話す鳥はうんうんと頷いた。


「えっと……電源ボタンはどこにあるんだ?」


 うちのじいちゃんの家にも喋る鳥のおもちゃがあった。あれは俺が話した言葉をそのままおうむ返しするだけだったが、異世界では会話もできるのだろう。

 というか会話するおもちゃなら今の社会でもじゅうぶん作れると思うし、たぶんどこかの会社はもう作っているだろう。人工知能というやつが搭載されているやつ。


「ちょ、レディの体を弄らないでくださいよ!」


 肩に乗った鳥を捕まえ、電源ボタンを探していると鳥がまた人の言葉を話した。本当によくできたおもちゃだ。


「私は正真正銘の鳥ですよ? お医者さまだって獣医の方でしたでしょう?」

「それは……たしかに」


 この鳥は獣医の診察を受けている。もし本当におもちゃなら獣医が気が付かないはずがない。


「え、じゃあ本当に喋る鳥ってこと?」

「はい」

「名前は?」

「アイイーエデと申します。アイちゃんって呼んでくださいね、ご主人さま」

「ご主人さま呼びはやめろ⁉︎ 俺がそういうプレイが好きなやつだと思われるだろ!」


 この鳥、なかなかに喋る。

 俺の質問に迷うことなくしっかりと答えているあたり、ちゃんと受け答えできているので本当に人の言葉を理解しているようだ。


「アイイーエデさんだったか。この世界では喋る鳥はいっぱいいるのか?」

「いいえ? たぶんそういないと思います。あとアイちゃんと呼んでって言いましたよね、ご主人さま?」

「ご主人さま呼びはやめてって言ったよね、アイイーエデさん?」

「……」

「……」

「はいはい、わかりました。ではお名前でお呼びします。ということで自己紹介をお願いします、かわいらしい人の子さん」


 売り言葉に買い言葉。俺が言い返すと互いに無言で見つめ合い、アイイーエデが先に折れた。


「俺は駒木依澄。駒木が苗字で、依澄が名前。大学一年生で掃除してたらこの世界にやってきた。ちょっと信じ難い話かもだけどわかるか?」

「ええ、あなたのその風貌からしてこの世界の人ではないことはすぐに理解しました。では私も自己紹介しますね。私はアイイーエデ。かわいらしいこの世界の女神さまです」

「……」


 しばらくの沈黙。

 アイイーエデの自己紹介を何度か頭の中で齟齬を繰り返し、やっとのことで口を開く。


「えっと、アイイーエデさんは冗談がお好きなようで」

「冗談ではないんですけど」


 ぴしゃりと否定された。


「私、以前にも何度か人に同じ話をしているんですよ。ですが誰も私のことを女神だって信じてくれなくて。こんなにも愛らしいのに」

「かわいいが神さまの基準なのか、この世界は」


 やれやれと首を横に振る自称女神にツッコミを入れる。どうやって信じろというのだ、こんな話。シスターでも信じねぇよ。

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