第7話

 依澄のーワクワクドキドキ異世界ライフーはっじまるよー。

 嘘です始まりません。

 なぜなら俺は銀貨数枚しか持たない無職、そしてこの世界では暗殺者だと勘違いされてしまいそうなサンキエという毒使いだからです。はい。

 ハーレムはもちろんこれでは普通に生活すらできません。

 身分を隠して適当な町のレストランなどでアルバイトをすることくらいしかできない。異世界転移者なのに。

 こういうのは普通勇者とか、そうじゃなくても冒険者とかになるものではと思うのだが、この異世界では冒険者になるには出生届が必要になる。


 つまりこの世界で生を受けたわけではない転移者の俺にはそれが無く、冒険者にもなれないし、仮に必要な書類を偽造して冒険者になったところで俺が毒使いである以上はぼっち確定。

 ソロプレイしかできないので、仲間と息の合ったコンビネーションを見せることも、焚き火を前に意味ありげな表情で転移前のことをヒロインにこぼすこともできない。


 サンキエは人前で使うことができないだけで、一人ならモンスター相手にじゃんじゃんサンキエをかけられる。

 少ないお金でアイテムを購入し、サンキエの噴出口を改造したのでいくつもの状況に合わせたノズルに付け替えることも可能になった。

 けどそれを人前では使えない。そう、使えないのだ。

 つまりは俺の戦いは誰かに見られることはなく、その功績を認められることもなくただただ放浪することしかできないのだ。


 いちおう冒険者らしい剣を見にいったこともあったのだが、あまりの値段の高さに秒で逃げ帰った。

 剣などの武器は金貨からだった。銀貨しか持たぬ俺には土台無理な話だったのだ。


「そうだどうせ俺なんてモテないしいつもバイトしてばっかだし気が利かなしそんなに愛想が良いわけでもないしなにより顔が良いというわけでもない平々凡々な……普通の……毒使い……」


 この世界は毒使ってる時点で普通じゃねぇよと心の中でつっこんでため息を吐いた。

 せっかくの異世界。ハーレムルートにはいかなくてもヒロインの一人くらい欲しかった。

 だがそれは叶わぬ夢。夢のまた夢過ぎてもう諦めた。

 この異世界に来てからもう二ヶ月が経っている。

 元の世界に帰る方法はわからず、冒険者にもなれず不貞腐れ続けている。


「キキッ」


 そんな哀れな俺に同情してくれているのか、キスケだけは俺が毒使いだと判明してもなおそばにいてくれ続けていた。

 この前なんてちゃんと人でも食べられる木の実をお裾分けしてくれたのだ。最初より懐いてくれている、と言うよりも俺のことを憐れんで励まそうとしている感が強い。

 そもそも猿に毒使いなどの人の世界への理解があるかはわかったものではないが。


「キスケが女の子ならなぁ……王子様のキスで目が覚める的な」

「キキッ」


 少しふざけたらキスケに顔を引っ掻かれた。痛い。


「冗談だよ」

「キキッ」


 こじんまりとした愛らしいキスケを撫で、木の実を食べる。

 ここ最近というか数ヶ月ずっと木の実ばかりを食べている。

 一度気の迷いで倒したモンスターを食べようと思ったこともあったが、臭いがひどくてやめた。あれは肉の臭み落としとかそういうのでなんとかなるレベルではないことを直感的に理解した。あれは人が食べていいものではない。

 ちなみにモンスターの死骸はサンキエをかけ続けていたら溶けて消えた。どこまでも酸に弱い生体らしい。

 それとも異世界に来た時にサンキエの能力が本来のものよりも大幅に増幅されているのかもしれない。


「もしそうだとしたら俺の基礎能力の方を上げて欲しかったなぁ……」


 俺は体力に自信がある方だが、それでも異常な身体能力を持ち合わせているわけではない。それは異世界に来ても変わらない。

 ただ強力なサンキエを持つ普通の大学一年生だ。

 追加情報を加えるとモテない。以上だ。


「さすがに……働こうかな」


 異世界に来てまでバイト漬けかよとは思うが、俺は肉が食いたい。

 サンキエでは動物を狩ろうにも溶かしてしまうので、狩りには向かない。だから肉を食うには店に行くしかないのだが、店で食事をするにはお金が必要になる。

 異世界でもお金に悩まされる哀れな大学生はバイトすることをやっとこさ決心した。

 ので面接をして、採用された。


 今までは清掃系が多かったが、サンキエのないこの世界でサンキエを使うのは白い目で見られるのでそれとは関係のないレストランのバイトを始めた。

 レストランのバイトのなにが良いか、それはやはり賄いが付いてくるというところだ。

 従業員価格で安く食べられるのは金に悩まされている学生にはものすごくありがたい。

 皿洗いに接客。俺にできることはとりあえずやってみて、店長からそこそこに褒められた。

 今まで派遣でいろんなバイトをしていてよかったと、これまでのバイト先の人々の顔を思い出しほろりと涙を浮かべる。


「キキッ」

「いてっ」


 温かい食事を楽しんでいたら、いつもの如くキスケに頭を叩かれて背中を摘んでテーブルの上に下ろす。


「お前のはここにあるだろ?」

「キキッ」


 俺の皿の隣の小皿に盛り付けられている肉はキスケの分だ。キスケは嬉々として肉を頬張った。

 懐の広い店長に許可を得て、キスケと一緒の食事を許されている。なんならキスケはこのレストランの看板娘ならぬ看板猿として少しずつ有名になってきていた。

 さすがに厨房の中には連れ込めないが、接客の際にずっと俺の頭の上やら肩の上にいたらそれを客が喜んでくれたのだ。

 そうして今はキスケもこのレストランの一従業員として店の入り口で客を呼び込む仕事を任されている。


「わー、見て。あのお猿さんかわいいー」

「かーいいねー」

「ねー」


 小さなお子さんから綺麗な女性陣までキスケの食事シーンを見てキャッキャと喜んでいる。

 正直なところ俺より女性陣にモテているキスケには嫉妬心が湧かないこともないが、所詮キスケは猿。

 人ではない動物に嫉妬したところでと考えて水を飲み込んだ。


「さぁ、午後も頑張りますか!」


 皿を片して午後の仕事に手をつける。

 そこにいるだけでいいキスケは優雅に食事の時間を続けていた。

 ただご飯を食べているだけでかわいいとチヤホヤされるのは羨ましいこと山の如しだが、働く手を止めるわけにはいかない。

 キスケが他の客に迷惑をかけていないか適度に監視しつつ自分の仕事をした。


「お疲れさん。ほれ、これが今月のお給料ね」

「ありがとございます!」


 店長から初給料をもらい、ほくほくで家に帰る。

 家といっても一泊銅貨二枚の安宿だが、給料が入ってから払いますというツケで泊めてもらっていた。

 一ヶ月で銀貨二十枚と銅貨二枚。多いのか少ないのかいまいちわからないが、おかげで宿代を支払うことができた。

 宿代金を払うと手持ちは減ったが、マイナスになっていなだけマシとしよう。

 銀貨は俺の仕事分だが、銅貨二枚分はキスケの分らしい。ただそこにいるだけのキスケにまで少量だが給料を出してくれるなんて、あの店の店長は本当に気の良い人だと思う。


「この金でキスケにご褒美買ってやるからな」

「キキッ」


 キスケはご機嫌に俺の頭の上で跳ねた。いつの間にかそこがキスケの定位置となりつつあった。


「……そういえばかれこれ一ヶ月はサンキエを使ってないな」


 働き始めてからは町の外に行くことがなくなり、モンスターと遭遇しなくなったのでサンキエのことを忘れつつあった。

 もしかしたらもう二度とサンキエのことは使わないかもしれない。だって今の俺にはちゃんと職があるのだから。

 サンキエでモンスターを倒しては木の実を食べる生活とはおさらばだ。カバンの奥に仕舞われたサンキエが日の目を見ることはもうないだろう。


「……と思っていた時期が俺にもありました」


 異世界での初めての給料に浮かれて普段は行かない町の反対側に来た。そしたらモンスターに襲われている人がいました。

 そこで俺はどうしたでしょう。もちろん善良な人間なのでその人を助けます。そして毒使いだとバレる前に逃げ出しました。以上。


 俺がサンキエを忘れようと、サンキエは俺のことを忘れていないらしい。定期的に出番を寄越せと言っているのだろうか。緑色の入れ物がべこべこと鳴る。


「中身が無くなったしまたトレースしとくか……」


 モンスター退治で無くなったサンキエの替えを用意しつつ、俺は木の上から町の方を見ていた。

 逃げ出す時になぜかよりにもよって町の外に出てしまったのだ。ちょっと気まずくてまだ町には戻れない。もう少しモンスター騒ぎが収まってからこっそり町の中に戻る気だ。

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