第6話

 耳障りな騒音で目を覚ます。

 今日は仕事を斡旋してくれるというところに行こうと思っていたのだが、騒音の方が気になって俺はまだ眠っているキスケを引っ張りつつ声のする方へ向かった。


 何人もの声が聞こえるのは町の入り口だ。

 そこには一人の少女がモンスターに囲まれていた。周囲には剣や槍などを持った男性たちがいるが、なかなか少女を救い出そうとはしない。


「なんで静観してんの?」

「そ、そんなのモンスターが怖くて近寄れないからに決まってんだろ! こんなちゃちな武器であの硬いモンスターの皮膚を切り裂けるかってんだ!」


 俺が槍を持った男性に声をかけると、彼は必死の剣幕でそう言った。たしかにこのモンスターたちは恐ろしい。だが今一番恐ろしい思いをしているのは、モンスターに囲まれているあの少女だろう。

 困っている女の子を放っておくことはできない。モテたいからとかそういう下心はほんのちょっぴりあるが、それ以前に困っている人を見捨てるのは気分がよくない。


 俺は怖がる町の人から槍を一本拝借すると、槍の先端の尖った部分にサンキエを吹きかけた。

 そして木の槍がサンキエでボロボロになってしまう前にモンスターに投げる。

 するとモンスターたちのヘイトは俺に向き、隙をついて少女はモンスターの群れから逃げ出すことができた。

 あとはこのモンスターたちをどう倒すかだが、やはりここはサンキエの出番だろう。

 剣にサンキエを付与……は駄目だ。酸で錆びついてしまう。

 先程のように木の槍にサンキエを吹きかけ、毒矢みたいにして使うのがやはり一番安全だろうか。

 一番手っ取り早いのは、俺がモンスターに近づき直接サンキエをかけることだが、相手の懐に入るということはこちらが攻撃される可能性も高くなるということだ。


 かっこよく人を助けたいが、怪我はあまりしたくない。痛いのは好きではないのだ。

 俺は安全で効果的な戦い方を思案するとやはりリーチが大事という判断に至り、槍を拝借するとひたすらサンキエを付与しモンスターに投げる。

 部活などで野球をやっていたわけではないが、コントロール力には自信があった。実は派遣のバイトとは別にお小遣い稼ぎ程度の金額で草野球の選手を手伝ったことがあるのだ。

 草野球をしている人たちの年齢は若くて五十代だったからか、抜群の体力で勝利に導いたことが数回ある。

 そしてその時になぜか昔野球部に所属していたと語る老人に投球のコツなどを散々教え込まれたのだ。

 槍投げとボールを投げるのは似て非なるものではあるが、人の命がかかっている以上文句を言っている時間すら惜しい。

 俺は老人に教わったフォームを意識しつつ槍を投げ、見事モンスターたちに命中させた。全部命中させるなんて俺には才能があるのかも、なんて自惚れるのは後にしよう。

 残りが数体になると、モンスターは勝ち目がないと悟ったのか逃げ出していく。

 周囲が安堵の息を吐いたのがわかった。


「いやぁ、にいちゃん。アンタ見ない顔だけど、本当に助かったよ」

「今日はこの町の猟師が朝早くから他所に出かけていてな。町に残った俺たちでなんとかするしかなかったんだ」

「本来ならここまでモンスターが来ることは稀なんだが……やっぱり近頃はモンスターの活動範囲が広くなってきているな。森に近いこの町でも被害が出てしまうようになるのは時間の問題だろう」


 やれやれ困ったもんだと住人たちは困り顔でため息をついて後片付けを始めた。

 町の入り口にモンスターの死骸が転がったままだと臭いなどの悪影響が出るのだろう。

 掃除は掃除でもそういった特殊な掃除は俺の管轄ではない。とくにできることはないので、俺は颯爽とその場を立ち去ろうとした。

 なぜかというと、だいたいモテるやつはこういう場面で名も告げずに去っていくからだ。


「あの……!」

「ん?」


 そっと去ろうとしたのだが、声をかけられて振り返る。そこにはモンスターに囲まれていた少女が立っていた。


「先程は助けていただきありがとうございました!」

「……いえ。いや別に気にしなくていいですよ。俺は俺にできることをやっただけなんで」


 駄目だ。かっこつけていい声でミステリアス男のように振る舞いたかったのだが、あまりにもガラじゃなさすぎて途中で普通のテンションに戻ってしまった。

 大学生にもなって厨二チックな振る舞いをするのはなかなかに恥ずい。


「私は町の外に住んでいるおばあちゃんの家に行こうと思っていたんです。けど町の近くまで来ていたモンスターたちに目をつけられてしまって。なんとか町まで逃げてこれたんですけど、あのモンスターたち武装してる人を見てもどっか行ってくれなくて。助けてくださって本当にありがとうございます。なにかお礼をしたいのですが……」


 そう言って少女は白い髪を風に靡かせて、綺麗な桃色の瞳で俺を見つめた。

 これはもしや恋の予感、というやつだろうか。つまり彼女が俺のヒロインだというのか。


「……良い。清楚系きらいじゃないよ」


 可憐な少女に見惚れていると、あの、と不思議そうに首を傾げられて見上げられた。これが上目遣いというやつか。なかなかのインパクトだ。良い。

 やっと異世界らしくなってきたじゃないかと心の中で歓喜の踊りをしていると、清掃を終えた男性がバシッと俺の背中を叩いた。


「すごいな、にいちゃん。あの皮膚の硬いモンスターをあんなちゃちな槍で倒すなんて。でもいったいどうやってあのモンスターの硬い皮膚を貫通させたんだ?」

「あいつはモンスターの中でもとくに硬い部類なのに」


 俺のことを褒め、そして疑問を口にする男性に触発されたのか他の人たちも首を傾げた。

 正直俺には最初会ったモンスターと今のモンスター、姿が違うことはわかるが皮膚の硬さなんて気にしていなかったので防御力の違いがわからなかった。

 まあそれはつまり防御率が高めのモンスターにもサンキエは効くという証明にもなったわけだが。


「サンキエ……まあ、毒みたいな」


 元の世界ならサンキエと言えば通じるだろう。なんたってサンキエは学校のトイレにも置かれているくらい知名度の高いものなのだから。

 しかしこの世界にサンキエという商品は存在しない。どう説明すればわかりやすいか考えたのだが、掃除道具で倒しましたと言うよりもこう言った方が適切だろう。

 洗剤も使い方を間違えれば毒になるのはあながち間違いではないのだから。

 だからみんなは間違えて混ぜるな危険の洗剤とかを興味本位で混ぜたら駄目だからね。本当に危ないから。


 俺がサンキエをこの世界でもわかるであろう毒に置き換えて説明すると、人々の顔色が変わっていった。

 助けた女の子は俯き、体を震わせている。

 俺はなにか変なことでも言っただろうか。どうしてみんな俺をさっきまでの感謝の目ではなく、なんとなくどこか蔑むような目で見てくるんだ?


「……毒を使うなんて卑怯な人! 最低!」

「え゛っ」


 俯いていた少女がパッと顔を上げたかと思えば、急に俺の頬をぱしんと叩いた。そして涙を浮かべながら走り去っていく。


「……は? え? ……は?」


 驚きすぎて疑問符しか出てこない。

 なぜ急に叩かれたのかまったくわからない。毒を使うのが卑怯? なぜ?

 ゲームでも毒は当たり前に存在するし、敵が持続ダメージを負わせてくるので厄介ではあるが、だからといって急に手のひら返して命の恩人を叩くか普通。

 あの少女がおかしいのかと思ったが、周囲を見てみると誰も彼もが俺を見てひそひそと話をしている。

 あまり良い目で見られていないことはひしひしと感じた。

 こうなると逃げるしかない。俺は視線から逃れるように、助けたはずの町から逃げ出した。


 町の外にいた行商人が別の町に行くと言うので荷台に乗せてもらい、ガタガタと揺られていた。


「あの」

「どうした、にいちゃん」

「この世界では毒ってどんな扱いなんでしょうか」

「はぁ? 急になにを言い出すかと思えば……」


 荷台を引く馬の手綱を握りながら、行商人は俺の問いに答えてくれた。


 なんでも半年前、この国の王様がワインに毒を仕掛けられて亡くなったらしい。

 事件自体は犯人も見つかり解決しているが、国のトップの急な死は全国民を震撼させた。

 国王を殺した暗殺者は疎まれ、独房の中で自ら隠していた毒を飲んで自死したらしい。罪を裁かれる前に。

 それが国民の怒りを余計に買い、国王と暗殺者が使った毒はとてもヘイトが高くなっているそうだ。

 というよりも元よりこの世界では、毒というものは誰かを暗殺する暗殺者、つまり人殺しが使うものだという認識らしい。

 なので毒を使ってモンスターを倒す人間など存在しないそうだ。


「いやいやそれはないでしょ……」


 毒はたしかに人にとって有害だ。だがそれはモンスターにも言えたこと。

 使い方を間違えさえしなければ毒を使ってトラップを作るなりしてモンスターの駆除に貢献できるはずなのだが、この国の人たちはかたくなに毒を使いたがらない。

 なんとも魔の悪いタイミングで異世界転移してしまったのだろう。


「ああ……違う。なんか全体的に俺の思ってたのとちがーう!」


 悲しき男の悲鳴が、なにもない草原にこだました。

 チートかと思われた固有魔法・トレースはトレースできるアイテムが一種類固定という制限付き。

 その栄えあるトレースアイテムに選ばれたサンキエはこの世界的には疎まれている毒で、ハーレムどころか好感度だだ下がり。

 唯一俺に着いてきてくれるのは可憐な美少女ではなくただの猿。

 俺にはヒロインのいる楽しい異世界ライフは待っていなかった。

 これが悲しくないはずがない。


「元の世界に帰りてぇー!」


 これならモテなくてもバイト漬けでも友人のいる元の世界の方が良い。

 心の底からそう思った。


「キキッ」


 やめろキスケ、俺の頭を殴るんじゃない。というツッコミすら空虚の中に溶けていった。

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