第5話

 翌日、村の人たちに礼を言って旅に出る。

 昨日のお礼と言っていくつかの銀貨を頂いたが、やはりトレースはできなかった。

 そしてなにより気になるのは……


「なんで、お前も、ついてくるんだ!」


 何度引っぺがしてもすぐに俺の肩に乗ってくるのは昨日からなぜか俺に懐いている猿のキキだ。

 チートハーレムは残念ながらできないと察して、だがせっかくの異世界なのだから現代日本では味わえないような体験をしようと村を出たのはいいのだが、どうしてかキキがついてきてしまって困っている。

 村人たちも普段森に住んでいる猿がこんなに長時間寝ぐらのある森から離れるなんて、と驚いていた。

 しかしキキを引き剥がすのを手伝ってくれることはなく、むしろ旅のお供が出来て良かったねと微笑ましそうに見られていた。


「キキ! おい、いい加減ついてくんな!」

「キキッ!」

「キスケって呼ぶぞ!」

「キキッ!」

「クソッ、猿には人の言葉は通じなぇか……」


 そもそもキキという名前自体あの村の住人たちが勝手に付けた名だ。猿は自分のことを人がなんて呼ぶかなど気にしていないものなのかもしれない。


「キキッ!」

「ああ、こら勝手にカバンの中に入るな! せっかくご好意で譲ってもらったカバンなんだから!」


 キキことキスケが入り込んだのは、村のお爺さんが昔使っていたというカバンだ。随分と値の張ったものらしく、年代物ではあるが穴が空いている様子はないので、好意で頂いた。

 この異世界に来て初めての俺の装備のひとつなのだ。いくら良いものとはいえ、猿に引っかかれたら穴が空いてしまうかもしれない。それを危惧してキスケを無理やりカバンから出そうと苦戦していると、前方からなにかがやってきた。


「……わあ」


 モンスターだった。

 俺はカバンの中からサンキエを取り出すと、躊躇なくモンスターにかけた。するとモンスターは悲鳴をあげて逃げていく。

 どうやらキスケはモンスターが近づいてきたのを察知して俺のカバンに隠れたようだ。

 いや、それなら俺にもモンスターが近づいているよと忠告してくれても良いのに、と思って相手がただの猿なことを思い出し首を横に振った。


「一体だけだったからよかったけど……荒野の時みたいに囲まれると面倒だな。サンキエのノズルってシャワーみたいに広がってないし」


 俺が持っているサンキエの容器は一点集中! という感じのノズルになっている。モンスターの目を狙うにはちょうどいいかもしれないが、囲まれた時に目を狙っていられるかと疑問に思う。

 おそらくだが囲まれたときは周囲全体にサンキエを散布した方がモンスターはこちらに近づいて来れない。

 モンスターにとってサンキエは毒だ。誰が好き好んで毒地帯に足を踏み入れるものか。


「……シャワーヘッドみたいなノズルを作るか」


 モンスターと対峙した時、俺にはサンキエしかない。ならばその唯一の武器を強化させようと考えるのは当然のことだと思う。

 いわばこれば縛りプレイのようなものだ。この世界には本来存在しないサンキエが、この世界でどれだけモンスター相手に通用するのか。

 時と場合によってはナイフなどのなにかしらの護身用の武器が必要になるかもしれないが、せっかく固有魔法をサンキエ縛りにしてしまったのだ。

 この魔法を有効活用するためにもサンキエはバンバン使っていきたい。

 そしてあわよくばなんだあいつめちゃくちゃ強いぞとか、あの人かっこいいなんて周囲からチヤホヤされたい。

 俺はまだモテ期を知らぬ大学一年生なのだ。異世界でくらいモテたっていいじゃないか。

 異世界なら家賃や光熱費の心配をしばらくの間はしなくて済むのだから、元の世界に戻って他のことに意識を使う前に誰もが羨むチヤホヤを体験したいのだ。

 まあ、どうやってこの世界に来たのかもわからないので元の世界へどうやって戻るのか、そもそも戻ることは可能なのかすらわかっていないが、それはまあこの世界で情報収集をしているうちにわかってくることだろう。

 わからない、と頭を抱えている暇があれば少しでも前に進んでいたい。せっかくの異世界を楽しみたい。

 考えなしかもしれないが、やはり異世界はワクワクする。蹲っているのは性に合わない。前進あるのみ! である。


「てわけで美少女じゃないキスケは自分の森へお帰り」

「キキッ」


 猿語はわからないが、断固拒否されたのはなんとなくわかった。キスケのやつ俺の服に意地でもしがみついて離れない気だ。このままでは俺の唯一の服が破けてしまう。


「よしわかった。キスケ、そこまで俺と一緒にいたいなら一緒に旅をしよう。だから俺の服へダメージを与えるのはやめてくれ。肩に乗っていいから」

「キキッ」


 思いの外キスケは聞き分けのいい子だった。

 俺の言葉を聞くや否やすぐに服を離すと俺の肩に飛び乗った。


「これで俺に傘下ができたというわけか。あとは犬と雉でも仲間にするか?」

「キキッ!」


 この浮気者、と言わんばかりの鳴き声とともに振りかざされたキスケの手によって、俺の頬に傷がまたひとつ増えた。


「……こんのクソ猿……」


 満足気に人の肩の上で器用にふんぞりかえるキスケを横目に俺はため息をつくと、村人に教えてもらった一番近くにある町を目指した。

 そう村の少女の恋人がいる町である。

 そこは言うほど大きな町ではないらしいが、村よりは人口が多い。そこなら無一文な俺になにかしら仕事を斡旋してくれる、ゲームで言うところのクエスト紹介してくれるギルドのような建物があるらしい。

 元の世界でもこの世界でも金に悩まされる俺はそこで少し金を稼ぐつもりだ。クエストとはようは派遣バイトのようなものだろう。それなら得意中の得意だ。なんなら勉強よりも得意なことかもしれない。


 俺は意気揚々とその町を目指して歩を進めた。ちなみにこの世界にはタクシーは当然の如く存在せず、主な移動手段は馬車や馬、他はロバらしい。

 自分で飼っている人もいるが、もちろんレンタルもできるそうだが、当然それにはお金がかかる。ので銀貨数枚しか持たない俺は徒歩で進むことを余儀なくされている。


「……これはこれで異世界の景色をゆっくり楽しめるということで!」


 何事もポジティブに捉えていこう。

 俺は町への道中をモンスターと数回エンカウントしながらも無事に歩ききった。代償として足が筋肉痛になりそうになっているのと、日が暮れてしまった。

 宿に泊まるにはお金がかかる。この町で一泊するには銅貨三枚らしいが、銀貨は銅貨五枚分の価値らしい。

 俺はケチって野宿することにした。

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