第4話

 目が覚めた村で好意で食事をいただき、その礼として畑仕事を手伝わさせられた。しかし普段からいろんなバイトを体験していた俺にはたいして苦にはならない。

 安全な場所に連れてきてくれたお礼も含めて、元の世界でいうところのカボチャによく似た野菜の収穫を手伝った。

 自慢ではないが、重いものを持つことは苦手ではない。野菜を傷つけてはいけないという緊張はあるものの、荷運び自体は楽なものだ。


「あー、あの木がいっぱい生えてるところが森ってやつか」

「そうそう。昔はあの森にはモンスターなんていなかったんだよ。けどここ最近森の中までモンスターが現れるようになって……どんどん生息地を増やしてるって感じだな」


 男性の話を聞くに、モンスターは元々人里から離れた場所に巣を持っているらしい。けれど最近はその巣から離れて、人里近くまでやってくるようになるわ人は襲うわで、小さな村だろうと一人はモンスター退治ができる猟師的な人員を配置しているらしい。


「キキッ」

「うわっ、俺に土を投げてきたクソ猿⁉︎」


 カボチャを持ちながら森を見ていると、なにかがこちらに走ってきて、勢いそのまま俺の顔に衝突してきた。

 鳴き声、そして目の前を覆う茶色の毛並みからして猿であることは間違いない。それが俺に土を投げてきた猿と同個体なのかの見分けはつかないが。


「おお、キキじゃねぇか」

「ふごふご」

「おいおい、キキ。離れてやんな、息ができないってよ」

「代弁どうも」


 男性が猿を引き離してくれたおかげで前がよく見える。さっきまでは本当に眼前が茶色一色だった。獣臭いし息できないし、この猿は俺になにか恨みでもあるのだろうか。


「そいつ、キキっていうんですね」

「そうそう、キキッて鳴くからキキ。わかりやすいだろ?」

「無駄にかわいらしい名前だこと」


 俺がジトーっとキキと呼ばれた猿を見つめていると、男性が笑う。


「まあそう言ってやるな。お前さんが森の近くで倒れていたのを教えてくれたのはキキなんだがらよ」

「え……そう、なのか?」

「キキッ!」

「ありがとう命の恩人。お礼にサンキエやるよ」

「キキッ」


 感謝しただけなのに顔を引っ掻かれた。痛い。


「サンキエ? もしかしてお前さんが倒れてた時に大事そうに握りしめていたあの緑色の水筒みたいなやつのことかい?」

「そうです。別に大事そうに握りしめた覚えはないけど」


 顔についた猿の毛を払いながら頷く。

 外にいる女性と目が合った。


「猿が教えてくれたんだよ。アンタが倒れているって」

「ありがとな!」


 礼をいうと顔に泥を投げつけられたが、これは気にしないで、困っている人がいたから僕たちは当然のことをしたまでだよと言っているのだろうと無理やり自分に言い聞かせて、殴りかかりたくなる衝撃を堪えた。


「はははっ、じゃあ次はあっちの畑の手伝いを頼むぜ」

「まだあるんすか⁉︎」


 ここはこの世界では田舎の方らしく、広大な土地のほとんどは畑として使われている。

 その中でも彼らの所有する畑は村で一番の大きさと量を誇っているらしい。

 あっちの畑、こっちの畑、終いには別の村人の畑の収穫を手伝い、すべてが終わった頃にはすっかり日が暮れていた。


「キキッ」

「なんでこの猿がここに……」

「あっははは、気に入られたようだねぇ。畑作業中もずっとアンタの近くをうろちょろしてたから」

「猿にモテても嬉しくない」


 顔を覆い俯いた俺の肩に乗っている猿がペシペシと頭を叩いてきた。我慢できない痛みというわけではないが、なぜ俺が叩かれなければならないのかという順当な疑問が湧いた。


「キキッ」


 猿が鳴き、手を差し伸べてくる。その手のひらには木の実が乗せられていた。


「……もしかして、俺にくれるのか? 一日中頑張って農作業を手伝った俺のことを労ってくれている……?」

「それはよかったですね。ですがそれは人は食べないほうが良いですよ。毒性のあるものではないですが、かなりえぐみがありますから」

「やっぱクソ猿だった」


 嫌がらせしやがってこんちくしょうと猿ことキキの頭を小突く。というか、キキという名はこいつには相応しくないと思う。

 村人もこの猿はオスだと言っていた。ならばキキというかわいらしい名前よりもオスっぽい名を俺は推奨したい。


「まぁ、今日はうちで休んでいくといい。捨てられて、元々の家の位置もわからないんだろう?」

「はい」


 そういうことにしているので頷いた。

 その日は女性の作った食事を四人、となぜか俺のそばから離れない猿と一緒にとり、寝かされていた空き部屋で眠りにつくことになった。

 ここが異世界ならハーレムとか……と思ったが、今のところ少女以外の若い女性と出会えていない。この村で唯一若い女性である彼女はどうやら別の町に恋人がいるらしいし、俺の入る隙はまったくない。


「……どうせ添い寝してくるんならかわいい女の子がよかったな」


 そうポツリと言葉を漏らして、当たり前のようにベッドの一部を占拠する猿をジト目で見つめて瞼を下ろした。

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