闇にならない闇バイト
豆木 新
シナリオ
〇住宅街・館野家・門扉前
★表札に「館野」と書かれた一軒家。特別オシャレでもない、三角屋根の二
階建て。庭と駐車スペースがついている、少し高価な物件。その家からかえで
の声が聞こえてくる。
かえでの声「なんでダメなの⁉」
★二階の窓をズームアップ。カーテンが風で揺れている。
〇同・同・凜玖の部屋
★勉強机と、大きい本棚が一つ、そしてベッドがあるだけのシンプルな部屋。
特別な装飾がされている訳ではなく、ほぼ初期状態のまんま。そんな部屋で
本を開いたまま顔の上に乗せ、ベットで横になっている凜玖。
T「館野凜玖 十八歳 高三」
★凜玖の部屋のドアを勢いよく開けるかえで
かえで「ちょっと、にい‼」
T「館野かえで 高一」
★かえでに呼びかけられ体を起こす凜玖
かえで「おとーさん説得して!」
凜玖「……自分で何とかしろよ。もう高校生だろ」
★ベットから立ち上がり、部屋の外に行こうとする凜玖と、ドアの前からどこ
うとしないかえで。
かえで「じゃあ話聞いて!」
凜玖「いやだ。どーせまた「お小遣い上げてー」って親父に言って拒否られたんだろ」
かえで「ち、違うから今回は!」
凜玖「じゃあなんで揉めてんだよ」
★かえでのバストアップ
かえで「わたし、バイトがしたいの……!」
★かえでの圧に押されて困惑している凜玖
凜玖「……バイトがしたい?」
★再びベットまで戻り、腰を下ろす凜玖
凜玖「やめとけよ、バイトなんて。ロクなことにならないから」
かえで「なんでよー……。お小遣い上げてくれないからバイトしたいだけなのに……」
★床に直で胡座をかいてぐずるかえでに、視線を向ける凜玖。
凜玖「だいたい、なんでそんなに金欲しいんだよ。毎月五千円もらってるだろ?」
かえで「そんなんじゃ全然足りないし! 水着買ったら無くなっちゃうよ!」
凜玖「……は? 水着なんて必要ない——」
★部屋のドア付近に掛けてあるカレンダーに目を向ける凜玖。カレンダーは六
月を示している。
凜玖の声「あー……夏休みか。陰キャのおにーちゃんには関係ないな」
かえでの声「なに言ってんの? にいも一緒に行くんだよ?」
★自分のスマホを確認する凜玖。バイト先からの連絡が五件入っている。そん
な凜玖の頬を指でつつくかえで
凜玖「とにかく、バイトはロクなもんじゃない。金が欲しいなら親父に頼めよ」
かえで「増やしてくれないから自分で稼ごうとしてんのー!」
凜玖「……親父はなんて言ってんだ? かえでにバイトさせない理由」
★小首をかしげるかえで
かえで「えーっと、「危ないから」しか言われてないけど?」
★呆れた顔でかえでを見つめる凜玖
凜玖M「たしかに、このバカにバイトやらせたら危険だろーな……」
凜玖「それだけかい——」
★スマホを持って、再び部屋の外へ出て行こうとする凜玖。それを追いかける
かえで。
凜玖「とにかく、親父がダメって言うならダメだろ。大人しく小遣い貯めとけ」
かえで「いやだー! 可愛い水着買いたいのー! 買ってって言ってるんじゃないんだからいいじゃん!」
★かえでの言葉にスイッチが入った凜玖の横顔。
凜玖「……分かった。そこまで言うなら見せてやる。だから目を閉じろ」
かえで「——へ? にい? なんで怒ってるの?」
★かえで視点から見た、凜玖の顔のズーム。頭に手を乗せられている。
凜玖「いいから、早く目を閉じろって」
★ゆっくりと、徐々に目を閉じるかえで。
(回想)
〇焼き肉屋・店内・カウンター
★目を閉じているかえで。凜玖の声に気付く。
凜玖の声「——かえで、目を開けていいよ」
かえで「……ん」
★薄っすら目を開けるかえで。自分の服装が違うことに気付く。
かえで「え——わたし、いつ着替えて……」
★辺りを見渡すかえで。高級感漂う焼き肉屋の内装が見える。
かえで「な……え⁉ なにこれェ⁉ なんでわたし、焼き肉屋にいるの⁉」
凜玖の声「——いまからかえでには、俺が焼き肉屋でバイトした時の記憶を見せてやる。記憶だから、かえでが何を喋っても周りの人間は反応しないことを頭に入れとけよー」
★自分の頭上の位置に視線を向けるかえで
かえで「ちょ、ちょっと——にい⁉ いきなりそんな事言われても分かんないよ!」
凜玖の声「大丈夫だ、すぐになれる。リアルなバイトの、シミュレーションゲームとでも思えばいい」
★周りを見渡してオロオロするかえで
かえで「そ、そんなこと言われても。わたし、ゲームやらないから全然分かんない……」
凜玖の声「ほら、集中しろよ。もうバイトは始まってんだからな? 注文溜まったら怒られるぞー」
かえで「うぅ……にい、とりあえず何したらいい?」
凜玖の声「目の前にビールサーバー見えるだろ?」
★凜玖の声の通りに、自分の手元に視線を落とすかえで
かえで「あ、これ? これをどうするの?」
凜玖の声「ビールの注文が入ったら、ジョッキにそれを注ぐ。他のお酒の注文が入ったら、それを作ればいい」
★驚き、あせるかえで。
かえで「作る……って、わたしまだ高校生だよ⁉ お酒作っていいの⁉」
凜玖の声「知らね。ま、それが仕事だからとにかくやればいいよ。じゃ頑張れー」
★焦りながら、ビールサーバーでジョッキに注いでいくかえで
かえで「ちょ、ちょっと——にい⁉ 妹を見捨てないでよ!」
★何度も失敗するかえで。それを注意する店員。
店員Ⅰ(女)「ちょっと館野くん、間違えたからって捨てすぎ」
店員Ⅱ(男)「ねぇ注文溜まってんじゃん。もっとスピード早くしてくんないと」
かえで「ご、ごめんなさい……!」
〇同・同・トイレ前
★今度はトイレ掃除を言い渡されるかえで。終わったところで、店員からの注
意が入る。
店員Ⅰ(男)「トイレ掃除に時間かけすぎ。いつまでトイレ掃除するつもりだよ」
かえで「す、すみません!」
副店長(女)「いや、謝んなくていーから。遅れた時間取り戻してくれる?」
★限界で目が回るかえで
かえでM「時間を取り戻すってなに……? どうやるの……?」
★俯き、副店長に向かって謝るかえで
かえで「……ごめんなさい。次からは気をつけます——」
副店長(女)「は? なにその態度。アンタのミスこっちがカバーしてんだけど?」
★驚き目を丸くするかえで。慌てて訂正しようとする。
かえで「え……そ、そんなつもりじゃないです! 本当に悪いと思って……!」
★わざと嫌味を聞こえるように言って、立ち去っていく副店長(女)。
副店長(女)「——マジ使えねー。誰だよコイツ雇ったの」
かえで「そ、んな……事、言わなくても——」
★トイレの前で立ち竦み、俯くかえで
凜玖の声「——これは俺の記憶だから、かえでが悪いわけじゃない。だからそんな落ち込むなって……。だけど、分かったろ? バイトなんて良いことないんだよ」
かえで「————さい」
★かえでの横顔ズーム。
凜玖の声「……いま、なんて?」
かえで「うるさい! 最後までやるって今決めたの! だから口出ししないで!」
凜玖の声「別にいいけど——どのみちもうすぐ終わるぞ?」
★腰に手を当て、鼻息を荒く呼吸するかえで
かえで「ふん! わたし、にいより強いから! 軟弱者じゃないの!」
★再びカウンターへと戻っていくかえで
凜玖の声「……さいでっか。なら、副店長には気をつけろよ」
かえで「それ、言うの遅いから!」
〇同・同・カウンター
★仕事に慣れてきたかえで。てきぱきと注文をこなしていく。
★注文の中に、別の場所にある高額なワインを見つけるかえで
かえで「すみません、副店長ー! このワイン持ってきてもらえませんかー?」
副店長(女)「はぁ? 自分で行けよ。こっちは忙しいの、見て分かんない?」
★嫌がる副店長に頭を下げるかえで
かえで「すみません、ドリンクの方もいっぱい注文来てて……。お願いします!」
かえでM「それに、そのワインの場所わたし知らないし——」
★ビールサーバーの方に視線を向け、何か思いつく副店長。オーダーの紙をか
えでからひったくるように奪い取って、ワインのある場所に向かう。
副店長(女)「——ちッ。めんどくさい……」
★副店長がやってくれることに安堵するかえで。副店長を少し見送った後、再
び自分の持ち場に戻る。
★数分後、相変わらず慌ただしく動いているかえで。そこへワインを持った副
店長が戻ってくる。
副店長(女)「——はい。ここ置いとくから」
かえで「——! ありがとうございます……」
★振り返ろうとするかえで。その肘にワインの瓶がぶつかる。
かえで「ぁ————ッ!」
かえでM「落ち……」
★盛大な音と共に、粉々に砕け散るワイン。
★青ざめるかえでの前に、にやけ面で近寄る副店長。
副店長(女)「あーあ。どうすんの、これ? 二万五千円のワインが台無し」
かえで「ぁ……その……」
★無惨に零れるワインから目を離せないかえで。そんなかえでの顔を覗き込む
副店長。
副店長(女)「もちろん弁償しなさいよ? アンタの給料からねぇ?」
かえで「——ッ! そ、そもそもこんな場所に置かなければ……!」
副店長(女)「なに? なんか文句あるわけ? アンタが周りを見ないで動いたからこうなったんでしょ? 他の人たちだって見てるけど?」
★震えて声が出せなくなるかえでの耳元で囁く副店長
副店長(女)「もしかして、アンタのミスをアタシのせいにするつもりぃ?」
★思わず涙を流すかえで
(回想終わり)
〇住宅街・館野家・凜玖の部屋
★目から涙が零れていることに気付かず、かッと目を見開くかえで。
かえで「は——ッ⁉」
★涙をぬぐいながら、部屋を見渡すかえで。
かえで「あれ……? 副店長は——」
凜玖の声「もういねーよ」
★かえでの隣で、ベッドに座って伸びをする凜玖
凜玖「——どうだった? 初めてのアルバイトは」
★ベットの上で足を抱えて俯くかえで。
かえで「……実際にアルバイトしたわけじゃないし。わたし、やれるもん」
★机の上に手を伸ばし、置いてあった眼鏡を掛ける凜玖。
凜玖「ま、かえでなら続けられるだろうな。そして体を壊す、違うか?」
かえでの声「…………」
★ベッドに座る凜玖とかえでを引きで見た絵。かえでは凜玖の方を向いてい
て、凜玖は床を見つめている。
凜玖「バイトは所詮バイトなんだ。お金を稼げるとはいえ、思い詰めてまで続けるものじゃない」
★凜玖に頭を撫でられるかえで。不服そうな表情をしている。
凜玖の声「それに向こうだって、そのつもりで雇ってるわけだしな。体よく使われるだけのことに、必死になる必要ないよ」
★手を離そうとする凜玖の手を掴むかえで。
かえで「でも……夏休み遊びたい。海とか夏祭りとか、いっぱい行きたい」
★少し嬉しそうに、かえでを見ながら大きく息を吐く凜玖
凜玖「——しょーがないな。水着くらいなら買ってやるよ」
★凜玖の言葉を聞いた途端、目を輝かせるかえで
かえで「え、いいの⁉ 本当に⁉」
★前のめりで凜玖に詰め寄るかえでと、かえでの勢いに押される凜玖。
かえで「五千円超えるやつとかでもいい⁉ いいよね⁉」
凜玖「い、いや、そんなに高いやつは俺も買えない……」
かえで「つまり、いいってことだよね!」
★ベッドからおりて、凜玖の部屋から出て行くかえで。とたとたと階段を下り
ていく足音が聞こえる
かえで「おかーさーん! にいが水着買ってくれるってー!」
★迂闊だったと後悔するように頭を手で押さえ、再びベッドに倒れ込む凜
玖。
凜玖M「シフト、増やさないとなぁ……」
終わり
闇にならない闇バイト 豆木 新 @zukkiney
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
短編作品集/豆木 新
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます