6話 土の魔法

「さ、始めるわよ」

「キビキビいくぞー!」

「おー」

 土曜日なのに二人は元気いっぱいかけ声を出し、私だけやる気がないみたいだ。

「じゃあ荒猪くん花だんの土を掘り起こしてちょうだい」

「任せてください」

 うおおっと声を上げながら、シャベルで土を次々と掘り起こしていく。いつものサボり魔の彼とは思えないほど働いている。森野さんがいるからやる気を見せているのだろうけど、美人の力というのはうらやましい。

「はぁはぁ。どうですか」

「よくできたわね。じゃあここから石灰をまきましょう」

 大きく白い袋を開けると、中の真っ白な砂のようなものがつまっている。この石灰は運動会に使われるラインを引くものと同じ素材でできているの。これを土にまくことをアルカリ性にするっいうの。理科の実験でリトマス試験紙をレモンにつけると赤く、石けんに入れると青くなるのと同じだよ。

 私たちは三つに分かれて、掘り返された土に石灰をまいてそれを埋めなおしていく。真っ白な石灰を土の上に乗せて、それを混ぜると石灰の白い部分はきれいに混ざり土の中に消えてしまう。見た目ではわからないけど、これでアルカリ性になるはず。

 スコップで混ぜては平にしをくりかえす。最初は重たくなかった土も端の方までやると、だんだん重たくなり、汗もおでこからポタポタ落ちてくる。これじゃ魔法の修行じゃなくて農業の修行みたいだ。けど、森野さんの言うとおりにすればと、最後までやり終えた。

「つかれた」

「だらしないなぁ」

「さっき土を掘り返したばかりなんだからしょうがねえだろ。というか魔法でそれまけばよかったじゃねえか」

 まったく都合がいい時だけ私の魔法に頼って。

「残念ながら、今回魔法は使えません」

「使えない?」

「魔法は周囲の自然から力をお借りする。ここの花だんの土はひどく荒れているから、魔法の源を分け与える力がなくてすっからかん。それにこんなに土を掘り返した後で使ったら大変なことになるよ」

 「ちぇー」と唇を尖らせる荒猪くん。そもそも、土を掘り返す魔法自体使えないんだけどね。

「まあでも、後は種を植えれば終わりだからいいけど」

「ざーんねんでした。これはまだ来週もありますよ」

「はぁ? さっき肥料まいたじゃんか」

「石灰は肥料じゃないの。土の調子を整える胃薬みたいなもの。石灰が土になじんだら、来週肥料と種を植える作業をします」

「ええ〜まだあんのかよ」

「まあ、今日は石灰をまいてなじませるだけで終わりだから今日はここまでにしましょうか。飲み物買ってくるね」

 そういって、森野さんはふらっと花だんを離れていく。

「あの人って華山と同じで魔法が使えるのか」

「うん。私の魔法の先生。でも実力は私の数段上だよ」

「上ねえ」と荒猪くんはじっと目で森野さんが通ったろうかをじっと見ていた。さては信じてないな。でも森野さんの性格だとぱっと魔法を出すことはないだろうし……ここは私が弟子として成長した証を見せてやらないと。

「私なんてこの前より魔法がパワーアップしたんだから」

「パワーアップ? マッチからライター程度にか?」

「そんなんじゃない! 見てなさい。杖の先から水がダバダバ出てくるんだから」

 ポケットから杖を取り出して、荒猪くんのとなりにわざと向ける。もちろん荒猪くんは逃げようとしない、私の実力をあまくみているな。ふふん、ずぶ濡れになっても知らないんだから。

 杖先に力をこめると、ぶしゅぶしゅと水道のせんを一気に開けたように水があふれ出す。あれ? 水は荒猪くんのところには向かず、ぐいっと花だんのところへ吸い込まれていく。

「おいおい、どうなってんだよこれ!?」

「わ、わかんないよ」

 どんどん花だんの土へと吸い込まれていく水流。止めようとしても、まったく止まる気配がない。ど、どうすれば。それになんか杖がだんだんと重くなっているような。

「水流」

 突然、花だんちょうどを覆うほどの水のかたまりが宙に浮かんでいた。それがゆっくりと降りていく。はね返った水が私たちに返ってずぶ濡れになったが、杖からはもう水は抜き取られてはいなかった。

「まったく、魔法使ったのね」

「これはどういうこと?」

「言ったでしょ。この花だんはすっからかんだって。魔法がない土にいきなり魔法をめいいっぱい出したら、全部吸い込んじゃう。だから今日は魔法は使えないと注意したのに」

 助けてくれた森野さんは、腰に手を当ててため息。

「まったくおかげでこっちはびしょぬれだ」

「ごめんなさいね。私の魔法ですぐに乾かしてあげるから」

 森野さんが自分の杖を取り出して、この前私に出してくれた熱風の魔法を荒猪くんにかけた。

「おおっ! これが森野さんの魔法。すげえ!!」

 さっきまでうたがっていたくせに、本人を前にしたらデレデレ。ほんと調子のいいんだから。

 放送室の窓が開くと、あこちゃんが顔をのぞかせた。

「ヤッホーかおり、さっき大きい水の音が聞こえたけどまた一人で魔法失敗……って、ええっ!? 珍しい、荒猪が美化委員の仕事をやってるなんて」

「そんな大きい声で驚くことじゃないだろ」

 いや、それは驚くことだ。するとあこちゃんの視線は私の服を乾かしている森野さんに向けられた。

「ちょっちょっと待って。もしかして、本物の魔法使い!」

 ぴょんと四階の放送室から飛び降りる勢いでこうふんしていた。そして、窓も閉めず頭を引っ込めると、あっという間に中庭にまで降りてきた。

「すっっごい! これ、魔法でドライヤーになっているのよね。ほかにも魔法はできるの」

「ええ」

「すごいすごい!」

 ぴょんぴょんとウサギのように森野さんの魔法に喜ぶ。一年生のころに私が見せた時以来の喜びようだ。

「あこちゃん。私も魔法パワーアップしたんだけど」

「え? んーでもと比べるとちょっとね」

 それは静かに、そして鋭く私の胸を突き刺した「本物」という言葉。

 私の自慢の魔法はずっと本物じゃなかった?

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エルフの森野さんは魔女委員 チクチクネズミ @tikutikumouse

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