5話 森野さんが学校にやってきた!

 森野さんの課題を乗り越えた次の日、空を飛ぶとしたらどんなものになるかぽわぽわと想像していた。ほうきで飛ぶのは痛いらしいから、ほかのもの例えば掃除機に乗る? それはカッコわるい。森野さんの言ってた水の力を使って浮かせるとか。でも、あれゆっくりと浮かぶからスピードがでない。いくら魔法を使うとしても、学校に遅刻したら大問題だ。

 もっとカッコいい方法は……

「華山。おーい、オレの声聞こえているのか。先生呼んでんぞ。は・な・や・ま!」

「ふぇ?」

 呼ばれて現実に戻ると、荒猪くんが目の前に立ってまゆ毛をつりあげていた。

「たくっ、いつも母さんみたいに来い来いっていうのに。先生が呼んでんぞ。美化委員の二人職員室に来いってさ」

「先生が?」

 呼ばれることなんて今までなかったのに、何の用だろう。それも職員室で。二人ってことは、荒猪くんのサボりのことじゃないはず。そうなら荒猪くん一人で十分だ。

「ったく、去年まで呼ばれることなんてなかったのに」

「今日はサボらないの」

「呼ばれたからには、逃げるわけにはいかないだろ」

 ふんっと不機嫌になりながら、私の前を行って職員室へと向かっていく。いつも手伝ってくれればいいのに。

 職員室に入ると、大澤先生が「待ってたぞ」と手招きした。

「美化委員の二人に頼みたいことがある。去年の花だんでつくった野菜のできが悪かっただろ」

「あ、ああ! そうだったな」

 先生の言葉にわざとらしく答える荒猪くん。そりゃふだんからサボっているから野菜のできがどうだかまったく知らないものね。あの花だんは一年生の生活の授業の時に『植物がどう育つか』観察するために植えてあって、できたものを一年生が収穫する流れなの。けど、去年できた野菜は私の時と比べて、小さかったり形が悪いものばかり、去年の一年生たちガッカリしてたのを覚えている。

「今年こそは失敗しないように花だんの大改造を行うことにした。今日の放課後先生も手伝うから、美化委員の二人も手伝ってくれ。特に華山は去年も美化委員だったから、頼むぞ」

 大改造か。先生が土の掘り返しをしてくれると思うけど、すっごくしんどそう。美化委員として断ることもできないため「は~い」と返事をして、職員室から出る。

「だってよ。めんどくさいな。植物なんて水与えたら伸びるもんだろ」

「そんなことないよ。雑草抜いたり、肥料をあげたりしないと。せんさいな植物もあるんだし」

 といってもお母さんからの受け売りで、どの植物がせんさいなのかまでは知らないけれど。

「美化委員の仕事って地味だから嫌なんだよ。カッコよくないしさ。土まみれになるし」

「サッカーも土で汚れるでしょ」

「サッカーで汚れるのはカッコいいから別」

 その違いがよくわからない。植物を育てるのがカッコいいと思えるのなら、荒猪くん手伝ってくれるのかな。

 そして、放課後。さすがに先生が来るとなっては荒猪くんもサボろうと考えることはせず、つまらなそうな顔をして先生が掘り返すのを待っていた。大改造と先生は言ってたけど、やることは残っている草や根っこを捨てて、土を掘り返し、私たちが肥料と種を与えるだけ。

 待ちつかれたのか、荒猪くんが大きくあくびをした。

「ふあぁ~。こんなことして良くなるのか」

「去年この作業を見たんだけど、それで今年の野菜のできがよくなかったのだから効果ないかも」

「ええ!? なんで先生に言わねえんだよ」

「なんでと言われても、代わりに思いつくことないし」

「あっ、しまった。肥料持ってくるの忘れていた。二人とも少し待っててくれ」

 大澤先生が肥料を取りに行き、姿が見えなくなった。そのタイミングで、荒猪くんがズリズリとすり足で逃げようとしていた。

「あっ、またサボろうとしてる」

「意味ないことやってもしかたがないだろ」

 結局荒猪くんも逃げてしまい、私一人だけ。もう慣れすぎてなんの感情もわかないや。私にもうちょっと植物の知識があれば。いやそもそも荒猪くんがサボるのはいつもの事なんだから、捕まえる魔法でも覚えていれば、サボることを防げただろうに。私に力がないから足元見られるんだ。

「今日は遅いと来てみれば、やっぱりここにいた」

 ふと私に声がかけられた。そこには、森野さんが立っていた。森野さん? どうやって入ってきたんだろ。

「森野さんいつの間に? まさか空からひゅーって飛んできて」

「そんな失礼なことしないよ。管理作業員の人に華山かおりの親族の人ですって伝えて入ったわよ」

 なんて夢のない現実的な入り方。すごい魔法を使えるのだから、空から学校に入ってもいいのに、むやみに使わない性分のせい? というか私の家の人だなんてうそつかないでよ。

「課題の内容を伝えるために来たのもあるけど、今日かおりが遅いから学校を見に来たの。ここでかおりに会った時から、ここだと思って。しかしちゃんと見てなかったけどこれは……」

 森野さんが見つめる先にある掘り返された花だん。そして花だんのレンガのそばに置かれた植える予定の種と苗を見て、難しい顔をする。

「野菜ばっかりで、畑みたいでしょ」

「違うバランスが悪いの。前ここに、ヘチマとカボチャをいっしょに植えていたでしょ。同じように植えると連作障害が起きるよ」

「連作障害?」

「同じ科の植物を同じ土で育てると悪い影響ご出るの。身が大きくならなかったり、葉っぱが変色したりね」

「じゃあ、ジャガイモもサツマイモも同じイモだから連作障害になるの?」

「いいえ、ジャガイモはナス科で、サツマイモはヒルガオ科だから同じ科じゃないから大丈夫。だけど、同じ土でずっと作っているとセンチュウという虫がついて大きく育てられないわ」

 ジャガイモってナスの仲間で、サツマイモはアサガオなのか。まるで頭の中に図書室があるみたいにスラスラと語る森野さん。スゴイ。

「先生は肥料をあげれば治ると思っているみたいだけど」

「連作障害は土じゃなく、植物同士の相性が原因だから、肥料で解決にはならない。こういう場合、違う種の植物を植えるか、休ませないと」

「休ませるって、何もしないの」

「そう。植物は土の中に入っている栄養を吸収して育つの。それが長いこと同じところで育てると、土の中の栄養が空っぽになるから大きく育たなくなるわけ。肥料で補うこともできなくはないけど、ずっと吸われっぱなしなのは変わりない。魔法を出し続けるより、何もしないで休むのがいたのと同じ」

 なるほど。私も魔法をずーっと出し続けるより、少し休んでから出した方が魔法が出やすいのと同じだ。

「もちろんその中には魔法の源もいっしょに吸い上げているから、この花だん魔法がすっからかんよ」

「えっ!? そうなの。じゃあずっと土をいじっても魔法が向上しなかったのは」

「そのせいね。自然の中から魔法をお借りするのに、魔法がなければ力がつかない」

 ガ~ン。そんな、土いじりすれば自然と魔法が強くなると思っていたのに、一年も無駄に意味のないことをしてたなんて。ふと、荒猪くんの言葉が重くのしかかる。意味ないことの無力感が辛い。

「そう落ち込まないの。畑を掘り直せば魔力はちゃんと上昇するから」

「ほんと?」

「私はあなたの師匠なんだからうそを言うわけないでしょ。まずは植える種を変えないと。土を直すのは明日以降にするわ。これが課題よ。ちょうど土関係の課題を考えていたから、ちょうどよかった」

 次の課題は花だんを直すこと。前回の水だけで育てるのに比べると難しくないし、森野さんが手伝ってくれそうだから結構簡単な課題だな。

「さて、植える種だけど。ジャガイモとサツマイモは別の場所に移すとして……」

「どうしたの?」

「誰かに見られた気がした」

 誰か? 今日の放送委員はあこじゃないはずだし。先生かな? でも先生なら何も声をかけないはずはないし。

「華山、先生まだもどってないんだな。なんか手伝えることあるか?」

 突然もどってきた荒猪くんが、花だんの手伝いをしたい!? どういう風の吹き回し?

「彼クラスメイト?」

「はい! 華山と同じ美化委員の荒猪雄太っていいます!」

 森野さんに話しかけた荒猪くんの目はらんらんとして、ぎこちない。ははん、一目ぼれしたのか。このカッコつけたがり、さっきまでダルいだのあくびしてたのに。

 森野さんに初めて会った時、同じ女の子でもきれいと思えた。おまけに金髪に青い目、目を引く姿でもある。

「そうね。じゃあ先生を探してくれる。花だんの種を変えてほしいの」

「はい! わかりました!」

 ビュンと風を切るように荒猪くんは飛んでいってしまった。

「元気のいい男の子ね」

「ぜんぜん。自分勝手ですよ。いつもサボってボールをけることしか頭にないんですよ」

「ふぅ〜ん。なら明日はいっぱいこき使ってやる必要があるわね」

 楽しみだわと言いたげに魔女のような悪い顔をして、森野さんはハラリと麦わら帽子を脱ぐ。そこから表れた長い耳がピクピクと生き物のように動いていた。

 この耳どうなっているんだろう。風でゆれているわけじゃないし。そういえばエルフって人間と何が違うんだろう。私も魔法が使えるし、金髪に青い目も外国人でいるし。耳を触れば違いがわかるのかな。

「触りたい?」

「え?」

「いいのよ。私に初めてあった人は、最初耳を触りたがるわ。作りものかどうかってね。人って知らないものは触ってやっと安心するから」

 そう言うと森野さんはしんみりとした表情を浮かべた。いけないものをふんでしまったかも。

「違う違う。なんか虫が飛んでたのが目についたから」

「あらそう?」

 すぐにウソをついて、ごまかしたからか、すんなり信じてくれた。

 いつも植物のように物おじせずずしんとしている姿から一転した表情、きっと昔つらいことあったんだ。人とは違うことを信じてもらえない、特別であることを失われる怖さ。

 そして触ってみないと安心する。その言葉で思い出すのは、小学生になった時のこと。みんなが自己紹介でどこの幼ち園から来たのかや、好きなことを発表する中、私は「魔法が使えます!」と声高に答えた後。

「魔法があること信じてるの?」

 「目立ちたいだけじゃないよね」と言いたげな目でクラスの女の子が話しかけてきた。

「信じるじゃないよ。ほんとうにあるし、使えるんだから」

「もう小学生なんだから魔法とか口にしない方がいいよ」

「本当に使えるんだから! 見てて」

 杖から火を出したが「ライター持ってきちゃだめなんだよ」と信じてもらえず。次に水を出し、風を吹かせてようやく信じてもらうことができた。

 もしもあの場で魔法を出せなかったら、と思うと彼女、とは今では友達になってないかもしれない。

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