4話 土なしで育てる方法
昼休みの時間。分厚い本を山のように積み上げて、渡された種がなんなのか調べていた。う~ん、これじゃない。これでもない。文字の多い本を避けて、写真が多い植物図鑑から調べているけど、載っているのはどれも木や花が咲いている写真ばかり。ようやく種のページたどりついても、どれも同じように見えて課題の種と同じものがわからない。
「あーもうぜんぜんわからない」
後は、土を使わない育て方だけど、これ文字が多いから読む気力が起きないし、給食を食べた後だからすぐに眠っちゃいそう。広げた植物図鑑につっぷすと、課題の種が目に入り、こつんと指ではじく。
私だって魔女になりたいというか、魔法がもっとうまくなりたいって毎日思ったことはあるよ。小学生になった時自己紹介で、自分が魔法使いだって自信をもって魔法を見せた時、みんなすごいすごいと大はひゃぎ。けど年が上がるにつれて私の魔法が科学技術と比べてとってもしょぼいものだと分かって、みんなあきてしまった。
火をつけたいならライターがあるし、水は水道でどこでも出てくる。念写も昔試したけど、ぼやけて何も見えなかった。実際私もお母さんもスマホやタブレットで写真を撮っている。
魔法って、今なんの役に立つの?
「やっと見つけた。中庭にいないから、どこに行ったのか探したよ。こんなに本を積み上げて、勉強に目覚めたの?」
夢の中からひっぱりだしたのは、あこだった。私が本の山に埋もれているのが珍しいのが机の反対側からにやにや笑っていた。
「別に好きで本に埋もれているわけじゃないよ。うちに住み込みしているエルフがね」
「エルフ? エルフって何々?」
昨日出会ったなぞの金髪の少女と森野さんから与えられた課題について話した。もう困って困ってとしんどいことを伝えたのに、あこの目はキラキラ光っていた。
「うらやましい! もしかして、もしかして、そのタブレットに魔法がかけられいたんじゃない。だって、一瞬で複数の魔法を使える人いやエルフなんでしょ。ぜったいそうだよ。わぁー会ってみたい」
なんであこの方が喜んでいるの!? いや私も最初はワクワクしたけど、あの冷たい態度とおばあちゃんにならないと魔女になれないと言われてしぼんじゃった。あこも森野さんに会えば心折れるよ。
「それで、課題がこの種を土を使わないで育てるんだよね」
「そう。でも植物図鑑開いてもそれと同じのが見つからないよ」
「ふふん。そういうことなら私にまかせなさい。放送のネタ集めで図書室で調べ物は得意なんだから」
そういえば放送委員の担当の日じゃない時にも、教室からいなかったけどそんな努力をしていたんだ。
私が持ってきた本の山には目もくれず、本棚から二三冊取り出して、パラパラと開くとすぐにその手を止めた。
「これかな。『土を使わないクリーンな観葉植物』」
『1:ハイドロカルチャー栽培 2:スポンジ栽培 3:セラミスグラニュー栽培』
見たことのないカタカナ文字が並べられ、頭が痛くなりだした。
でもこんなに土を使わない方法があるなんて知らなかった。
「見て、この写真に使い方載っているよ」
あこが指したページには透明な花びんの中にハイドロナンチャラーがたっぷり入った観葉植物の写真があった。これなら土を使わない育て方になる。
でもこれが正解なのかな? 森野さんの課題は『土を使わずに魔法のみで育てれる方法』だったような。魔法を出すのは誰かとなると私だ。私の出せる魔法では土の代わりになるものを出すことはできない。
「この本に載っているのはみんな水と土の代わりに育てる方法だから、魔法だけでできる育て方と違うからこの方法じゃないかも」
「そうか、難しい課題だなぁ」
やっぱりこの種がなんの植物かわかれば、育て方も見つかるのに。図書室の時計を見るともうすぐ一時。はやく片付けちゃわないと。あこといっしょに本を本棚にもどして、けどその間に長針がどんどん十二時のところまで近づいていく。あこは放送委員の仕事といういいわけができるけど、今日お昼の美化委員の仕事じゃない私にはいいわけがきかない。
だから教室までダッシュ!
ろうかは走っちゃだめなんだけど、遅れても先生に怒られるんだから見つからないうちに着けば。こういう時あっという間に移動できる魔法とか、本が一振りで本棚にもどる魔法とかあればいいのに。
トントンと階段を上がりながらそんなことを考えていた。ドーン! いたた。しまった誰かにぶつかちゃった。
「ごめんなさい。急いでいたから」
「華山、ボールじゃなくてオレにに謝れよ」
へっ? 顔を上げると、頭だと思っていたものはサッカーボールだった。そしてぶつかったのは荒猪くんだった。
「なんだ荒猪くんか」
「なんだとはなんだよ。自分からぶつかっておいて」
「今日美化委員の当番またサボってサッカーしていたんでしょ」
「そっちだってアボカドの種なんか持ってろうか走って」
「アボカド?」
アボカドと言えばマグロとかといっしょに食べる、外が黒くて、中は黄緑色のねっちょりとした果物。
「なんでこれがアボカドだってわかったの?」
「俺の父ちゃん健康のためにアボカドのサラダを食べるために毎日自分でアボカドを切っているから」
そうか。アボカドか。種さえわかれば、調べることができるぞ。
「ありがとう荒猪くん!」
「謝るより感謝されるって変なの」
***
家に帰ると、ランドセルを床に投げ捨ててガラリと居間のドアを開ける。そこには森野さんが今朝と同じくソファーに正座しながら分厚い本を読んでいた。それも眼鏡をかけて。
「忘れ物?」
「学校から帰ってきたの」
「もうそんな時間? 本を読んでいたらいつも夕方になるんだから、時間が経つのが早いこと」
そうとう集中していたようで、森野さんは今朝と同じオレンジのパジャマのままだった。森野さん落ち着いているからしっかりしていると思ったけどズボラなんだな。
「土を使わない育て方分かったよ」
「じゃあ答え合わせしましょうか」
本を閉じると森野さんが奥の部屋に入っていく。あそこは和室で誰も使ってなかったはずだけど。和室に入ると昨日までちゃぶ台とたたみしかなかった部屋が、理科室にある試験管やフラスコがちゃぶ台の上に置かれ、たたみには植物図鑑のような分厚い本が積まれていた。ここに
ちゃぶ台の上に乗せられていたフラスコを押しのけると、ビニールの箱が現れた。
「この箱には魔法がかかっているの。植物を入れて、ふたをしたら成長する速度が早くなる仕掛けよ。即席だからそんなに長く持たないけどね」
見た目はただの箱にしか見えないけど、タブレットのように見た目ではわからない魔法がかけられているのだろう。課題の答えを出す。
あまっていた牛乳ビンの中にいっぱいに水を入れたものを置くと、そこに水の中に落ちないようつまようじを刺した種をビンのふちに乗せる。そして箱の中に入れ、森野さんが箱のふたを閉じた。
透明のビニール箱をじっと見つめていると、茶色の種の下から白い根っこがにゅるにゅる生えだした。水しかないのに根っこはしっかりと伸びている。普通こんなに早く根が出ることはない、これが森野さんの魔法なんだ。しばらくするとぐんぐん伸びていた根っこはまるで停止ボタンを押したように、急に成長が止まってしまった。
「魔法がつきてしまったわ。けど正解。よくできました」
「やった」
思わず声が出ちゃった。しかし森野さんは私とは違い、喜ぶような声はなく箱の中からビンを取り出し、じっと中の水をにらんでいた。
「でも百点満点じゃない。この水、水道水ね。私の課題は魔法でと言ったでしょ。どうして魔法を使わなかったの」
森野さんの冷たい目がギロリと私に向けられた。……だってしかたがないよ。私の魔法ではちょろちょろとしか出ないし、このビンいっぱいになるまで十分はかかるだろうし、それよりも水道の方が早く出せるし。
「水道水の方が早く森野さんに見せれたし。それに私の魔法だと遅いから」
「……じゃあこの中に水を入れてみなさい。もちろん魔法で」
湯のみがちゃぶ台の上に置かれる。そして彼女の手には私が使っていた杖も用意されていた。これを魔法で満杯に? 量的にはさっきの牛乳ビンと変わらない。森野さんは「さあ」と催促する。まるで先生に算数の問題を聞かれているみたい。
ええい。やってみるか。杖を取り上げて、湯のみに向けて「水出ろ、水出ろ」と魔法を唱える。びちゃ、びちゃ、びちゃと歯切れが悪い音を出しながら、今まで出したことのないほどの水が出てきた。
「ほら、水道の水なんか使わなくてもできるじゃない」
「今朝はちょろちょろっとしか出なかったのに」
「水で育てると水の魔法に影響を与えるの。元々この町は自然の力の一つ水の力が強く、植物が育ちやすい。かおりが魔法で水を浮かせれるのはその水の力が強いから。素質の芽が少し開いた感じかな」
土いじりが大事というのは、こういうことだったんだ。それに水の才能があったなんて、あっ!
森野さんのパジャマや顔がびしょぬれだ。さっき水を出した時加減がわからなくて水がかかってしまったんだ。
「ごめんなさい、ずふぬれにして。体寒くない」
「平気よ。これくらいならすぐに乾くし」
「だめだよ。まだ寒いし、風邪引いちゃう」
急いで洗面所からタオルとドライヤーを持ってきて、タオルを森野さんの頭の上に乗せてドライヤーのスイッチを温風にして乾かす。
金色の髪と横に長い耳が温風でゆらゆらとただようのを見ながら、私はためいきをついた。
「落ち込まなくても、少しずつ練習すれば制御できるから」
「ううん。違うの、魔法って今の時代役に立つのかなって思って。森野さんの魔法はすごいのが使えるけど、私の魔法はたぶんがんばってもちょっと便利なぐらいで大して役に立たないだろうし」
持っているドライヤーが魔法の無力さを表している。水を出す時頭と手で考えながら制御した。でも水道の蛇口は頭の栓をくるっとひねるだけで強くも弱くもできる。このドライヤーだって、何も考えなくても、スイッチ一つで温かくも冷たくもできる。そこまで苦労して魔法を使う必要があるのだろうか。
「別に役に立たなくてもいいじゃない。魔法って私だけが使えるステキでカッコいいもの。水道もガスもみんな使えるけど、どうやって使えるかまではみんな知らないでしょ。けど魔法はどの自然の力を借りて、どうやって念じるかまでも知っている。それが魔女という存在」
「借りるね」と私の杖を取ると、杖の先から熱い風が吹き出した。みるみるうちに、ぬれてしまった服が乾いていく。
「見て、これが服を乾かす魔法。でも時間は長く持たないし、加減を間違えると服を燃やしてしまう。ほかの魔法も、今の科学と比べると負けてしまったものが多い。でもみんな大事な大事な私が学んだ魔法」
自信に満ちた笑みで返した。それは昔あの大桜を咲かせたお姉さんのことを思い出した。そうだ。私が魔法にあこがれたのは、便利とかじゃない。魔法が使えるのがステキだから覚えたんだ。
今の魔法だって、ドライヤーがあればすむ。でも仕組みも構造も考えずコンセントを入れてスイッチを押すより、杖を振って乾かす方がカッコいい。
「で、私の課題まだ受ける?」
こくりと私はうなずき返した。
「やります魔女になる修行。まずはほうきに乗って登校を」
「それはやめておいた方がいい」
「なんで? もしかしてほうきに乗る魔法がないとか」
「あるけど、使わない方がいい。あれ長く乗っていると痛いのよね。いろいろと」
森野さんは思い出したかのように、お尻のあたりをさすった。そんなに不便なんだほうきで空を飛ぶの。
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