3話 エルフがホームステイしてきた

 壁が見える。朝起きると枕が私の頭を持ち上げて、体が起こされていた。その横で、オレンジの断面が散りばめられたビタミンカラーのパジャマを着た森野さんが立っていた。

「はい、おはよう。目が覚めたら庭に出てきて」

 目覚まし時計を手に取ると、まだ朝は五時を迎えたばかりだ。

「なんで朝早くに?」

「朝は生命が目覚める最初の時間。魔法が一番強くなる時間よ。ほらパジャマのままでいいから行くわよ」

 まぶたが重く、目がぼんやりと映る中森野さんの後をついていく。

 連れてこられたのはお店のすぐそばにある庭、ここはお母さんが育てているハーブを植えている。うちのお店は自家製のハーブの販売と摘みたてのハーブティーを飲むことができる飲食店でもあるの。けどお母さんもこんな朝早くから起きてなく、いるのは私たち二人だけ。

 うう、しんみりと冷たい空気が寒い。森野さんのパジャマも私と同じでそんなに厚手じゃないのに、なんで平気そうなの。

「じゃああなたの実力を知りたいから、魔法を出してみて」

「ふわ~い」

 あくびまじりに応えると、プランターの裏に隠している杖代わりの枝を取り出す。 枝の先に力をこめて、火、火、火よ出ろ。出ろ! ぶすぶすと枝の先からくすぶる音が鳴りだすと、ボッとライターの火程度のものが音を立てて出てきた。

「もっと火力出せないの」

「いやこれ以上は」

「わかった。次は、水を出して」

 ぴゅるると杖の先から糸のような細い水が飛び出す。

「次はそこの空のプランターを空中に浮かせて」

「えっと。できません。水を浮かせることはできるけど、五秒だけしか」

「ふぅ、なるほど」

 森野さんは小さくため息をついた。

「包み隠さず言うと、ダメダメ。五十年ぐらいかけないと魔女になれないかも」

 五、五十年!? そんなにかかったら、私本当に魔女のおばあさんになっちゃうよ。しわだらけで腰が曲がった自分の姿を想像してしまった。

「まだ寿命以内で魔女になれるのなら早い方よ」

「おばあさんになるまで未熟者でいつづけるのはいやだよ」

「せっかちさんね。安心なさい、私の課題をこなせばある程度は早められるから」

「ある程度って、どのくらい?」

「がんばれば十年は早くなれる」

 さっきの五十年から引いてもまだ四十年。おばあさんからおばちゃんになるのはそこまで差がないと思うんだけど。

 森野さんはポケットからピンポン玉くらいの種を取り出した。

「課題はこの種を、土を使わずに魔法のみで育てれる方法を見つけること」

「土を使わずに?」

「そうよ。簡単でしょ」

 と森野さんは自信満々のドヤ顔で答えた。


 土なしで育てる方法。育てる方法。お母さんが焼いてくれたパンを片手にずっと考えるけど、まったく思い浮かばない。

「森野さん、ヒントとか教えてくれない?」

「だめ、課題というは宿題と同じ。先生から答え教えてもらったら課題にならないよ」

 ヒントの一つも教えてもらえず冷たくあしらわれ、森野さんは黄緑色のスムージーをストローでじゅじゅーと吸いこむ。

「パン食べないの?」

「エルフは果物や野菜が主食。パンもたまに食べるけどこれだけでお腹を満たせる」

 そういうと大きいコップにたっぷり入っていたスムージーをあっという間に空っぽにしてしまった。エルフという種族はお母さんから聞いたことしか知らない、スムージー一杯だけで足りるのか、私と違ってお腹の胃が小さいのか。不思議でたまらない。私も前に一度、テレビの番組で朝食にスムージーを飲むのが流行っているからマネしたけど、すぐにお腹がぐぅぐぅ鳴って、結局朝食はパン二枚食べないと足りない。

 「さてと」森野さんがテーブルから立ち上がると、ソファーに座って大きな本を読み始めた。学校の教科書には

「もう八時になるけど、着替えないの」

「私は行かないよ。ホームステイ中は人間の学校に登校する必要はない、だから一日中本を読んで待っている」

 いいなぁ。学校に行かなくて家でゴロゴロだなんて。と、私は準備しなきゃ。二階に上がって制服に着替えていると、机の上に置いていた森野さんから渡された種に目につき、それをじっとにらめっこした。

 土を使わずにって言われても。普通に種を育てるならうちのあまっているプランターを使えばすぐ終わるはずだけど、土を使わなければプランターは使えない。

 そもそも植物を育てれば魔法の修行になるのはお母さんから教えられた。それを信じて五年生から美化委員に入ったのだけど、まったく魔法は向上する気配がない。なのに、種を育てるだけで十年も早める? 森野さんの言葉にあやしさを感じていた。

 とりあえず、タブレットを叩いて調べよう。あれ? 変だな。『土を使わない育て方』『種 種類』と打ってもタブレットが反応しない。まだ通信制限はかかってないはずなのに。

「ズルはしないように、検索に制限をかけたわ」

「ええ! じゃあどうやって調べればいいの」

「図書室の本でお調べなさい」

 本を読むの!? 私本を読むの苦手なのに。特に難しい字ばっかりの本なんて一ページで寝る自信があるのに。

「ネットも本も調べるのなら同じでしょ。ネットの方が動画で簡単に見られるし」

「私インターネット嫌いなの。文字を叩けばポンって情報が出て来るなんてあやしい。うそが混じっているかもしれない」

 そんなお年寄りみたいな理由で? 試しにほかのワードを入れてもやっぱり反応しなかった。

「かおり、もうすぐ学校に行かないと遅れるよ」

 時計を見るともう八時を回っていた。も~うしょうがない、種をポケットの中につっこんで学校で調べることにした。

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