2話 エルフの森野さん

 予定より早く美化委員の仕事が終わり、あこちゃんと一緒に帰り道を歩いていた。いつも週末で早く帰れる時はウキウキ気分なんだけど、あの金髪の女の子のことやどうして倉庫を開けた。誰が花壇の整備をしたのか気になっていた。

「私が来た時にはもうかおりしかいなかったよ。それにそんな目立つ子、見逃すわけないし」

 あこちゃんに金髪の子のことを話した。じゃああの金髪の子がやったと考えるしかないけど、水が入ったジョウロを持った時よろよろしていたし、一瞬で雑草を抜くなんてできるはずない。

「もしかして、その子魔法使いじゃない? かおりの使う魔法みたいにぽぽーんって抜いて」

「いやいや魔法ってそんな便利なものじゃないよ。私のお母さんもハーブの手入れは手でやっているし」

「だよね。魔法が便利だったら、毎日時間ギリギリに登校しないで、ほうきに乗って学校に来るはずだもの」

 あははと顔では笑ったけど、胸の奥がチクチク痛む。魔法使いを名乗るならほうきに乗りたいし、すごい魔法を使いたい。でもどんなにがんばってもその先に進めない。その辛さを胸の中にいつもしまっている。

 あこちゃんと別れた後、そのまま家に帰らずある場所に向かった。この街には観光名所である植物公園があって、温室とか花鳥園があって休日にはたくさんの人でいっぱいになるの。もうすぐ春になるこの時期にはいろんな花が咲くからいつも楽しみになんだ。

 学校の通学路の坂下にある植物園に到着すると、その脇にある大きな桜の樹がある。この大桜は昔はこの植物園の名物だったんだけど、花が咲かなくなっちゃったんだ。職員の人たちが色々試しているみたいだけど、まったく効果がなくて、ずっと葉桜のまま。今の季節だと葉っぱも散って細い枝が寒々しくあるだけ。

 最後にこの大桜が咲いたのは、小学校に上がる前。幼ち園の友達が引っ越しをする直前の、もみじの季節に。

 いっしょに小学校に上がったら、お花見しようと約束したその矢先だった。お父さんの転勤でその子もいっしょに遠くの町へ行かなければならなかった。

「ごめんね。楽しみにしてたのに、約束やぶって」

「だいじょーぶ。わたしまほうつかい。今から花見をすればまにあう」

 どうやって桜を咲かせるかあの時の私はわかってなかった。友だちが泣いたままお別れするのが嫌だった。その一心で知っている魔法をこの大桜に向けた。

「えっと、あったかくすればいいから、火」

 拾った枝から出た火はライターほどしかなく、降ってくる落ち葉を焦がすぐらいしかできなかった。

「えっと、えっと、お水あげればさくかな。そうだ、ゴミをそうじして」

 考えれる限りのことをやった。水をあげても、落ち葉を掃除しても大桜の枝からは一輪の花も咲きはしなかった。

「おねがい、さいて。今週だけでいいから。来週になっちゃうと、あの子、もう遠くへ行っちゃうだ」

 魔法なんて、役に立たないじゃない!

 杖を捨て、近くの水道から手で大桜の根に水をあげたりした。もう間に合わないと頭の中で理解していた。ここで終わっていたら、私は魔法が嫌いになっていた。

「桜見たいの?」

 たまたま通りがかったフードを被ったお姉さんが呼びかけた。

「うん。ともだちが、来週ひっこしひぐっ。お花見、できっ、ない」

「じゃあこれからすること内緒にしてくれる?」

 私はこくりとうなずいた。パチンッお姉さんが指を弾くと、大桜の葉が全部散り、急に暖かくなりだした。すると大桜が一斉に白い花が開花しだした。

 どういう仕組みかわからなかったけど、それが魔法で、お姉さんが魔法使いであることはわかり、大はしゃぎした。

「すごい! 私の魔法じゃぜんぜんだったのに!」

「ということは君も魔法使い?」

「うん! わたしなんどもためしたのに、お姉さんの魔法すごい!」

 私がほめると、お姉さんはフフンと鼻息を立ていた。顔は見えなかったけど、ドヤ顔だったはず。

「カッコいいでしょ。でも、この桜来年以降咲かないかもね。自然の法則をみだしたから枯れるかもしれない」

「そんな」

「私がまたここに来るまで、この桜の様子写真で取ってくれる」

「うん。約束する。魔法使いのお姉さん」

 そのお姉さんとの約束通りに、学校の帰りにこの桜の様子を見に、その時の状態を写真で撮っている。大桜は枯れることはなかったけど、いまだに花が咲くことがない。この時期ならつぼみがふくらんでいるはずだけど。垂れ下がっている枝の一本をつま先立ちで触る。つぼみはできているけど、先が固い。やっぱり今年も咲かないのかな。

「あら、また会ったわね」

 すってーん! いきなり後ろから呼びかけられて、足先のバランスをくずして今日で二度転んでしまった。後ろ回りで倒れると、そこにはあの金髪の女の子が私を見下ろしていた。

「お久しぶりです。えっと」

「森野エリよ。で、手を取らないの? そのままでいる気」

 上から目線で手を出す森野さん。好きでこの状態でいるわけじゃないのに。手を取って起き上がる。赤い夕日に照らされた森野さんのきれいな金色の髪がより美しく見えた。まるで魔女みたい。ふと森野さんが被っている麦わら帽子が、魔女の三角帽子に見えた。

 「その子魔法使いじゃない?」あこの言葉を思い出す。私もお母さんも魔法で大したことができない。だけどもし、森野さんが本当にすごい魔法使いなら……私も。

「森野さんがいなくなった後、花壇がきれいになったんだけど。もしかして森野さん」

「私の魔法で全部済ませたけど」

 まさかの即答!?

「何驚いているの」

「何も言わずに消えちゃったから、隠したかったと思って」

「早く用事を終わらせたかったから。魔法使った方が早くできるでしょ」

 つんと当たり前のことでしょという顔で不思議そうに見た。森野さん本当にあの短時間で、雑草抜きも水やりもカギを開けたのも全部一度にできちゃったの?! こんなすごい魔法使いがいるなんて。お母さんでもできないすごい魔法、どんな感じだろうと心がときめいた。

「あの魔法見せてもらうのって」

「何をしたいの」

「えっと、火を出すとか」

「ここの入り口見なかったの、火気厳禁。もしも火が気に燃え移って、火事になったら危ない。それに私は魔法は必要な時にしか使わない主義なの」

 私もこうふんして忘れていたのも悪いけど、ネチネチと言わなくても……なんかお母さんに怒られているみたいだ。

「ところで、森野さんはどうしてここに」

「この桜を見に来たの。大桜はこの町の名物だからね。でもこの様子じゃ、今年は咲きそうにないね」

「触ってもないのに?」

「見ただけで分かるわよ。そんなんじゃ、あなた魔女になれないよ」

 森野さんは金色の髪をひるがえして、スタスタと植物園の門を出ていった。

 魔女になれないって、そりゃ私の今の実力だと……あれ? 私が魔法使いなの森野さんには話していないはず。もしかして……私有名人とか? いやいやそんなはずないか。

 色々なぞが多すぎる森野さん、いったいどこに住んでいるんだろうと電柱の後ろに隠れながら、あとをついていく。というか、これ私の方が一番怪しいんじゃ。

 森野さんの足は早く、角を曲がるともう次の角に入ろうとしている。もうちょっとゆっくり歩いてよ。あまりのペースの速さにもうへとへとになる。

 そして図書館の横を過ぎると『魔法使い華山のハーブティー店』というほうきに乗った小さな魔女がお茶を飲んでいるのが描かれた看板が掲げられたお店の中に入っていった……って、私の家だ!

 おそるおそるよそのお店に入るように、ドアをゆっくり開けて森野さんを探す。私のお店は夜の七時まで開けているのだけど、もうお店の電気は消えているし、イスもテーブルの上に上げてお店を閉める準備をしているようだった。

「かおりじゃない。お客さんかと思ったわ」

「どうしたのまだ時間じゃないのにお店閉めているみたいだけど」

「今日は大事なお客さんが来ているから、早めに閉めないと。かおりにとって大事なことだから人だから」

 お母さんは急かすように私を家に上がらせると、ダイニングテーブルに森野さんがハーブティーが入ったカップをまるでお嬢様のようにきれいに持ち手をつまんで飲んでいた。

「おかえり、このお茶お母様からいただいたわ」

 ゆったりとつくろいでいる様子に驚いたのもそうだけど。外で被っていた麦わら帽子を外されて、ぴょこんとウサギの耳のように横に長い耳が飛び出していた。

「耳? 耳がウサギ!?」

「あら、エルフを知らないの」

 エルフ? そうだ。昔お母さんから、魔法が人間の手で使えるようになったのはエルフという種族から教えてもらったという昔話を思い出した。

 人より数は少なく、金色の髪に横に長い耳がある種族、それがエルフという種族だ。

「あなたのお母様から頼まれたの。うちの娘が魔女になれる素質があるか見てほしいって」

「魔女に!?」

「そうよ。そもそも魔女というのは私たちエルフから認められた魔法使いがなれる職業よ。だからあなたが魔女になるための修行をホームステイ中つきっきりでするから覚悟なさい」

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